飢饉と騒乱
第46話 秋
アルヴァラ王国に秋が巡ってくる。
ユリアーナたちはすでに帰還した。
今度は俺が王都に居残りだ。
900万クーラ、すなわち43億6500万円をゲットした俺は、王都の屋敷を引き払い、即座に近隣諸侯との交渉に取り掛かった。
重点的に狙うのは土地の大半が麦の耕作に適さない場所。
特に山岳地帯を領する貴族たちだ。
なぜなら、ソバが栽培されているから。
穀物の確保は急務だが、王国のどこから麦角菌が広がっているかわからない現状、よそから麦を買うのはリスクが高い。かといって米もトウモロコシもない。
しかしソバはある。ずずずーっと食べる麺類ではなく、ソバの実のほうだ。
勢い込んで打診してみるも結果は微妙な感じ。
山の諸侯のうち、半分が断ってきた。
ヴェルデン家の評判が悪いのもあるが、山男たちは純朴で、腐敗や高慢を嫌う者が多い。彼らが想像する俺は魔族を討った功労者ではなく、振る舞いの悪辣なイキったボンボンのままなのだろう。
「覚醒からまだ半年も経ってないしなー」
過去のエストが築いた負の遺産が、こんなところに刺さるとは。
そんなわけで。
ソバだけでなく、マメも買う。
マメは時期によって野菜にも穀物にも変わる祝福されし作物。土地だけは余っているからマメも作っています、という地方から大量に買い上げた。
硬くなったエンドウ豆、ひよこ豆を手に入れ、穀物問題は無事にクリア。
野菜、干し肉、塩漬け肉、燻製肉に加え、ブドウ、イチジクなどの果物、チーズと牛豚などの家畜も膨大に買い入れる。
これらは安定的に供給されるか不透明。
あるうちにまとめ買いしておく。
食料にかける費用は、すでに購入した分と、冬にかけて使う分、合わせて800万クーラ……38億8000万円。かなり余裕を持たせた。
きっと時間が経過するほどに社会問題が広まるだろう。輸送馬車が襲撃される可能性も見込み、車列と護衛の手配にも1億4550万を確保する。
残りは3億8800万円。
ワイバーン素材を売却した残金と会わせて6億5000万。
2億を蔵へ入れ、2億は政務の予備費へ。もう2億は使途を定めないものとしてホールドしよう。残りは使い道を決めてある。
「それじゃあ、元気でな」
「お兄様も」
作業を処理した俺はリザベットに別れを告げ、ヴェルデン領へと帰還した。
◆
俺は領主館の裏庭へ足を運んだ。
果物がずらっと天日干しにされている。
「調子はどうだ?」
「閣下」
日陰では、手ぬぐいを頭巾にしたセヴランが果物を砂糖漬けにしていた。同じ作業に駆り出されたメイドたちの視線が彼に釘付けだ。
近くでは魔法使いが果物へ熱風を吹かせ、父上たちが作業風景を絵に描いていた。
「予定よりは順調です」
これは何なのか?
ドライフルーツを作っている最中だ。
冬に向けて長期保存の効く食料を用意する一環で、冬季に果物を安定供給する方法を考えた結果こうなった。
飢民へかける食費が並の半額とはいえ、穀物、野菜、果実、たんぱく質をバランスよく摂取させねば健康を害してバタバタ死んでいく。
世話するからには最低限の待遇を。
中途半端だと、救ったにもかかわらず逆恨みされる結果に終わる。
「魔術師様をお借りできたのが大きいですね。伯爵……アルノー先生のおかげです」
「父上……」
セヴランは言い直した。
無言の圧を送っていた父上は、満足そうに視線をキャンバスへ戻す。
最近、父上は館の者たちに己を“伯爵”ではなく“アルノー先生”と呼ばせている。
きっかけは王都から帰還した後の報告。
摂政とのやり取りを伝えた結果、彼は返還する金額が300万クーラで済んだのは自分の描いた絵がお気に召したからだと受け止めた。
そして大得意になった。
己は900万クーラの価値を持つ芸術家だ……!と勘違いを始め、有頂天になって画家・アルノーの側面を強く押し出すようになったのだ。
周りも触発されてすっかりその気に。
黄金のアトリエなどと自称し、作品制作や創作論の研究により一層熱中している。
政治から離れれば離れるほど充実していくな、この人。
かつてガストンを殺した際、実権を握らせてくれなかったらそのまま一緒に殺すつもりだったのだが。まさかこんな展開を迎えることになるとは……。
和気あいあいな集団から目を逸らす。
「その作業を終えたら、いつものように物資を司祭へ届けさせろ」
「心得ております」
現在、ニコラ司祭は人気爆発状態だ。
彼が王都へ向かった話が先に広まり、それから俺の配給が始まったためか、平民の間では妙な認識が定着した。
ニコラ司祭が王都へ向かい、命懸けで偉い神官様へ直訴した。そのため害虫卿はこってり絞られ、反省の証を示すために食糧を配らされている、というものだ。
それで留飲が下がるなら問題ない。
都合がいいので放置中だ。
司祭はかなり嫌がっているようだが。
もちろん俺もタダでは起きない。
衛兵と役人を現場へ派遣して、配給の手伝いがてら情報を集めさせている。表向きの名目は二重取りの防止だが、住所、氏名、職業、家族構成、居住年数、人間関係などを自ら吐かせ、自前の戸籍台帳を作ってしまう算段だ。
こういうときこそセヴランを使いたいのだが……。
「セヴラン様。あのー、よくわからないことが」
「またですか。どれ、見せなさい」
「次はこちらもお願いします!」
「私も! 私もです!」
「その次はこちらで仕上がりの確認を」
「あ!」
「ずるい!」
記録をつけてみたところ、彼がいるのといないのとでは、女たちの働きが3倍も変わってくることがわかった。しばらくはニンジンとしてぶら下げておこう。
こうして秋の序盤は食料づくりに励んだ。
つかの間の平穏も長くは続かない。
凶報がもたらされたのは秋も深まってきた頃合いだった。
「旗主たちの管理地で例の病気が確認されたとのこと」
「やはり」
「狂人や精神錯乱者、重篤者、死亡者などが続出しているようです」
アルヴァラ王国の中部から東部にかけては謎の奇病が大流行中。
残念ながら、我がヴェルデン領でも少なからぬ地域が被害を受けている。
一方、俺が麦を焼いた直轄地は無事だった。
神がニコラ司祭へ奇跡を与えたのだ、いやいや、ニコラ司祭が傲慢な害虫卿を躍らせて人々を守らせたのだ、などと噂が横行し、奇病は神の罰という見解が爆発的に広まった。
こうも簡単に噂が広まるのは危険信号だな。
落ち着いたら各地のスピーカー野郎を探し出して処罰せねば。
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