第41話 レスクバローシュ家


 フェルタンの案内で貴族街に馬車を走らせる。


 たどり着いた先はかなりの大邸宅。

 どこもかしこも、豪華すぎる装飾をこれでもかと見せびらかしていた。


「ここは?」

「王都ルミスメリーの一角ですな」

「おい、いきなり乗り込んで大丈夫なのか?」

「あの方は先ぶれなど気にしません。客なら誰でも喜びます」


 その言葉の通り、門番は大した確認もせずに俺たちを中へ入れる。しばらく客間で待たされていると、激しい足音がドタドタと近づいてきた。


「バリエ! 貴様まだ生きておったのか!」

「お久しゅうございます。王子」

「今はこの我が当主だ。陛下と呼べ、陛下と」


 現れたのは艶めく金髪と輝かしい容貌の男。38歳、いや40歳ぐらいか?


 顔の造りは上質だが、顔つきはダメだな。

 意地の悪さが表に出ている。


「王子? 陛下? フェルタン、こちらの貴人は……」

「聞いて驚け。この我こそが! ボフミール・レスクバローシュその人である!」

「レ、レスクバローシュ!? ブフロムの王家ではないかっ!!」


 思わず半立ちになってしまう。

 ボフミール・レスクバローシュは満面の笑みになった。


「正式な名乗りはもっと長いがな。名も知れぬ客人よ、貴様の貧相な家名と称号に配慮してこれで済ませてやろう。王の慈悲というものよ」

「感謝いたします、陛下」


 レスクバローシュ家。

 アルヴァラ王国の隣の隣のそのまた隣、北の列強ブフロム王国の旧主である。


 旧主、すなわち以前の主。

 彼らは正式な王家ではない。元・王家だ。


 反乱を起こした貴族連合に負けて我が国へ亡命してきたのは知っていたが、まさか堂々と王都に住んでいるとは。


「それでバリエよ。貴様、今は何をしておるのだ?」

「こちらの伯爵令息、エスト・ヴェルデン様にお仕えしております」

「お仕えだぁ~~? 騎士に叙任されたと?」

「はい。ありがたいことに」

「ぷっ、クハハハハ! まさか貴様のような役立たずを召し抱える阿呆がおるとは! エストとやら、そなたの両目は節穴であるな!」


 ボフミールが高笑いする。

 媚びを売るように使用人たちも一緒に笑った。

 ひとしきり笑った彼は急に冷たい顔になる。


「……貴様ら、何を笑っている」

「へ? こちらの坊ちゃんを」

「この場でかの者を笑う資格があるのは我だけだ。騎士や平民ごときが伯爵家の一族を見下すとはなんたる無礼! 誰ぞある! こやつらを火あぶりにせよ!」


 別の家臣たちが客間へ入り、慈悲を乞う者たちを連れていく。

 ややあって、外から悲痛な叫びが聞こえてきた。


「不愉快にさせてしまったな」

「とんでもない。ブフロム王の寛大さに感謝します」

「うむうむ。我はブフロムの正当なる所有者。務めは心得ておる!」


 この男、王という言葉に過剰反応するようだ。

 先ほど叫んでしまったときにではなく王家というワードが出てきたことで、命拾いしたのかもしれない。


「改めまして、ヴェルデン伯爵家の嫡男にして政務代行、エストと申します」

「よくぞ参った。礼儀を心得る客はいつでも歓迎するぞ」


 フェルタンが立ったまま目礼する。


「陛下、本日お訪ねしたのは他でもありません。エスト様と相談のうえ、陛下が失ったものを取り戻す機会をご用意いたしました」

「我が失ったものとな?」

「まずはホールへお越しください」


 連れだって玄関ホールへ移動する。

 俺たちの持ち込んだ箱が丁寧に並べてあった。


「こちらをご覧に」

「なんだなんだ?」


 ボフミールは箱を開くと、無邪気な笑顔で狂喜した。


「まさか! まさか、まさか!」

「ワイバーンの素材でございます」

「素晴らしいぞ! しかし、ただの献上品ではあるまい。引き換えに何を望む?」

「地位や称号などの高望みはしません。貨幣との交換にて」

「ほう、わきまえておる。相場はいくらだ?」

「竜素材を一頭丸ごと、それもこの品質ですからな……競りに出せば100万クーラは下りますまい」


 俺はぎょっとしてフェルタンを見る。

 4億8500万円だと!?

 希少品は自由価格とはいえ、セヴランの話じゃ1億で売れたら万々歳だぞ!


 いくらなんでも吹っ掛けすぎだろ!


「あー、それは何ドレンになる?」

「67万ドレンほどかと」

「安い!」


 安いの!?


「こたびは陛下への挨拶も兼ねておりますからな。エスト様は、ご子息様へのお祝いとして30万ドレンにまで値引きするつもりだと」


「半値にするだと? エストよ、そなたの心遣いは嬉しいがな。貴族たるもの己を安売りしてはならん。格を下げれば、足を引っ張りたい者どもの手が届くゆえな」


「ハハッ。お言葉、胸に刻みます。なにぶん若輩者ですゆえ、よろしくご指導ご鞭撻を賜りたく」


「うむ! 若者は目上から学ぶがよいぞ!」


 よくわからないが殊勝に頭を下げておく。

 誰であれ、自分に礼儀正しい若者は好むはず。


 フェルタンが小さく親指を立ててきた。


「我もボレスラフめの竜狩りの儀は心懸かりであった。常なら6歳で執り行うところ、8歳になってもまだ弓を持てずにいる。ツテを当たっても竜だけはな……」


「それは、なんとも」


 フェルタンが痛ましげな表情を作る。

 ボフミールは彼の肩を叩き、家臣たちを集めて宣言した。


「今日、旧知の者が幸運を運んできた。これも神のお導き。王たる我は名誉を値切らず! このワイバーン、まとめて150万ドレンで獲得するぞ!」

「な、な、150万ですと!?」


 家臣たちは度肝を抜かれた表情になる。


「竜狩りの者に褒美を惜しめばレスクバローシュの名が廃る!」

「おお!」

「さすがは陛下……!」

「我らが将! 我らが王!」

「ブフロム王、万歳! ボフミール国王陛下に栄光あれ!」


 なんか屋敷の騎士たちが感涙にむせびながら叫び始めた。

 よくわからないが流れに合わせておこう。


「アルヴァラの貴族、ヴェルデン家のエストが陛下にお喜び申し上げます!」

『アルヴァラ万歳! ブフロム万歳! ボフミール国王陛下に栄光あれ!』


 取引はつつがなく進んだ。


 帰り際、息子を抱っこしたボフミールがフェルタンを指差す。


「やつの頭を見よ。青いであろう」


「そうですね」


「その昔、バリエの髪はまばゆい金髪だった。この我よりも目立つほどに。こやつは傭兵風情の分際で、不届きにも騎士に取り立てよなどとほざいてな」


「…………」


「罰を与えた。錬金術師に作らせた色褪せの薬を流してやったら、ほれ。こんな地味でくすんだ青に変わったのよ。ククク、あれは傑作であった」


 フェルタンは感情の読めない営業スマイルでやり過ごしている。


「役に立たぬと捨てた子犬が、こんなに良い客を連れてきた。神の思し召しというのはわからぬものよな」

「まこと」

「我はエストを気に入ったぞ。またいつでも訪ねてくるがよい」

「ありがたき幸せ。では」

「うむ。下がってよい」


 俺たちはレスクバローシュ邸を後にした。


 帰りの馬車内は空気が重い。


 同乗させたフェルタンは無言のまま遠くを眺めており、ヴァレリーも心配そうに彼をうかがっていた。


「フェルタン」

「はい」

「役立たずな家臣などいない。役立たせない主君がいるだけだ」


 手を伸ばして彼の髪をワシワシする。


「恥辱に耐えてヴェルデン家を助けたお前の忠誠、決して忘れないぞ」

「ハハハ。親爺は生きてるだけで馬鹿にされるもの。自分は平気ですぞ」

「そうは言うが」

「若い頃は、何も知らない愚か者でしてなあ」


 彼は懐かしむように目を細める。


「忠実に励めば騎士へ取り立てられるという約束でした。ところが6年間も奉仕したのに音沙汰なし。他の貴族も同様に」


 ああ……。

 契約社員の闇ってやつだ。


 3年働けば正社員になれるとそそのかされ、いざ3年が経つと反故にされる。勤続年数の欄に2年と書かされ続けるのだ。断ればクビにされて放り出される。


 黙って働いても、用が済めば不採算部署へ異動させられ部門ごと整理される末路。


「30年。言葉を守ったのは閣下のみ。積年の苦労を救ってくれたヴェルデン家への恩は決して忘れませんぞ」


 フェルタンは長年の無念をにじませて言った。


「私も! 私も忘れません!」


 隣では、ヴァレリーがうずうずしながら頭を傾けていた。




 俺たちは妹の屋敷へ戻る。

 横づけされた車列の規模に、セヴランが腰を抜かした。


「ひゃ、ひゃ、150万ドレンですって!?」

「亡命したといえども、かつての王家。財産はうなるほどあるのです」

「しかし150万ドレンですよ? フェルタン殿は商いの天才だ!」


 少年のように興奮するイケメン。


「そのドレンってのは何なんだ?」

「ブフロム王国の通貨です。価値はクーラに対しておよそ1.5倍」

「1.5倍? ってことは」

「225万クーラとお考えを」

「225万クーラ!?」


 ユリアーナとハモる。

 10億9125万円……。

 1億で売れれば御の字なアイテムが約11億。


「ふぇ、フェルフェル! これ大丈夫なのか? 返してきたほうが良くないか!?」

「ご心配なく。アルヴァラとブフロムでは竜の重みが違います」

「竜の重み、ですか」


 彼はセヴランへうなずく。


「かの地は大国ゆえに金が有り余っており、名誉や地位ほどの価値を持ちません。そして竜狩りは建国の逸話にまつわる重要事項。むしろ払い値が高ければ高いほど家の名誉となるのです」


「無視できない伝統文化」


「左様。あちらだと貴族の子弟は竜狩りの儀を行います。広間へ飾った竜の頭蓋に、竜の素材で作った弓を空撃ちする儀式ですな。これをせねば弓の修行が許されず、弓を引けない貴族に対して騎士は忠誠を誓いません」


「なるほど。勉強になります」


 一同が感心する。

 異国を渡り歩いた騎士というのは博識だ。


「ともかく想像を絶する成果を得た。セヴラン!」


「はい!」


「王都内を探し回って最高級に豪華な屋敷を借り上げろ。誰もが羨む衣装を用意し、王家が主催するような舞踏会を開く。予算に糸目はつけない」


「最善を尽くします」


「ユリアーナはテルメー城のお歴々に噂を流せ。近々、エスト・ヴェルデンが大規模な舞踏会を開くつもりだと。フェルタンはニコラ司祭と一緒に大聖堂を巡り、惜しみなく寄付をしてこい。リーザは俺と一緒に手紙の返事を書くぞ」


「わかった!」


「各自、行動に移れ! ヴェルデン領の興亡は皆の働きにかかっている!」


「ハッ!」


 勢いよく席を立ち、それぞれが食堂を出た。

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