新たな問題

第31話 BBQにて


 騎士の叙任式から2週間が経過。

 財政問題の急場はどうにかしのいだ。


 ウィスカンド冒険者ギルドとの協議により、ヴェルデン家にはアンロードの討伐分として2134万円、加えて追加報酬の1200万が支払われた。


 発注した遺体回収依頼の報酬もあちら持ちだ。


 戦果には引き合わないが、どう頑張ってもこれがギリギリらしい。財政破綻を避けるとなれば、一度に払えるのは3300万ちょいが限度だと。


 察するに事実だろう。


 内容が内容なので払いを渋るとギルドが不名誉を買う。同じく財政的な理由で金策をしていた身としては、納得するしかなかった。


 代わりに魔物の素材は山盛りもらってきた。

 こいつを売りさばくのも一苦労だが……。


 喜ばしいことに、クラトゥイユ男爵は自身の状況をちゃんと理解していた。

 俺に礼金を支払い、志願兵たちの叙任費も全額負担すると申し出たのだ。


 うむうむ。殊勝なり。

 調査が入ったときに実績がないとヤバいもんな?




 叙任式でかかった費用を推測してみよう。


 武器は時価かつ流動的すぎて不明。

 軍馬は1頭でおよそ600クーラ。

 鎧は400から1500近くとまちまち。

 刀礼用の品を買い上げるなら1200クーラは硬いか。


 29万1000円+58万2000円を61人分。馬が1775万ぐらいで、鎧兜は3550万ほどかあ。


 これに俺が請求したマント、装具、祝宴の費用3500万が乗っかる。122人の従者に武具と馬も準備せねばならない。


 武具は低グレード、馬は荷馬だとしても……。


 8325万+従者セットが3550万ぐらい。

 合わせて1億1875万。

 武器の分を考えると1億5000万はいくか?


 ワ、ワァ……。


 しかも祝福として金銀や豪華な贈答品を惜しみなく与えるわけで。


 オ、オエー、ゲロゲロゲロ……。

 総額なんて考えたくもねえ!


 当然の話だが金銭感覚は現代基準じゃない。

 平兵士の年給がおよそ35万円とかの世界だ。

 年給424万の城勤め騎士は超絶エリートだ。


 正式な叙任にはアホみたいな額がかかる。

 そりゃあ生涯を従騎士で過ごすわけだよ。



 しかし、クラトゥイユ男爵はなかなかの財貨を貯め込んでいたな。

 もしくはヴェルデン伯爵家が散在しすぎなのかもしれないが。


 現実問題、散財もすべてが悪ってわけじゃない。雇用増加や商業活動の誘因、人脈の構築などに貢献してくれる面がある。


 要は収支バランスがおかしいのに、何の手も打たないのが間違いなのだ。


 予想通りに世界がゲーム的な何かであれば、この無策な散財癖が原因で財政破綻……からの悪いところにお金を借りたり、さらなる重税を敷いたりするんだろう。


 それが飢餓なり土一揆なりを招き、主要キャラの関係者が死ぬ理由になって恨まれる、と。断罪されるやつにありがちなバックストーリーの出来上がりだ。


 俺は覚醒する前も後も処刑しまくってるから手遅れかもしれないが。

 論争で身を守れるよう、最低限の筋だけは通さねば。




 シモネス教会城を出てすぐの草地。


 俺たちは解体させた肉を金網に乗せてバーベキューに勤しんでいる。新規に雇った騎士や兵士の行軍訓練がてら、シモンを誘って狩猟をしたのだ。


 俺たち自身のささやかな祝勝会でもある。


 狩猟は足かけ2日間に及んだ。

 収穫はまずまずだ。


 シモンはもてなしにこだわりがあるとかで、牛を潰し、低温で丸一日かけて蒸し焼きにしたものまで提供してくれた。


 ……成果がしょぼかった場合に備えたのかな?


「空腹で獲物を食べ尽くしたら悪いですからね」


 冗談めかしながらも、さらっとこういう気遣いができるんだよな。初期の印象が強すぎたが、戦は強いし儀礼も心得ているし、恨みさえ絡まなければデキる男だ。


 そんなわけで、俺、シモン、ジョスラン、それから新たに騎士へ叙任したフェルタンの4人で、肉を焼いては皆に振る舞っている。


 フェルタンは志願兵2番隊の五十人長だった。

 聞けば、バリエ家なる騎士家の出身だという。


 三男坊で、家長の監督下だった男兄弟にしては珍しく妻帯者だ。ジョスランに己の部下の選抜を任せたら推薦してきた。


「待った、その肉は俺が食べる用だから」

「まだ焼いてるので? こだわりますねえ」

「こちらの鉄板で野菜も準備中ですぞ?」

「気が利くな!」

「皆さんよく食べれますね……」


 ジョスランは青い顔をしている。

 何人かの兵たちもだ。


 それもそのはず。


 俺たちの視線の先では、もうひとり別の肉が焼かれている。上半身を裸に剥かれたマルク・リブランだ。彼の絶叫と焼きごてが肉を焦がす香りを楽しみつつ、バーベキューは和やかに行われている。


「皆で狩ってきた肉を焼く匂いは格別ですなあ」

「……ほどほどにな」

「む、口出しは無用です」

「おもちゃは大事に長く使えって意味だ」

「なるほど!」

「あがあぁああああっ!」


 あいつ、イケおじだったのに相当やつれたな?


「皆もよく覚えておけ。敗北がいかなるものか」


 兵たちは真剣にうなずく。


 そんな中、我関せずとばかりにもしゃもしゃと肉を頬張る少女がいた。


 新人騎士のヴァレリーだ。

 あのバケツ兜ちゃんの中身である。


 彼女は抜群の働きをしたため、満場一致で俺の身辺警護係に推薦されたのだ。


 空色の髪に愛らしい顔。

 頭が撫でやすい位置にある。


 小柄な体躯と俊敏でしなやかな所作にはどことなく猫っぽさがあり、狩猟後の余興で開いた模擬戦ではシモン以外のほぼ全員に圧勝した。


 観察に気づいた彼女は肉を後ろに隠し、それから悲しみに暮れた雰囲気でおずおずと差し出そうとしてくる。手振りで不要だと伝えた。


「しっかし、先の戦は骨が折れたな」

「少なくない死者が出ましたね」

「……なあ、シモンはヴェルデン家の兵たちについてどう思う?」

「率直に言っても?」

「もちろん」

「他家に比べてかなり弱いほうでしょう。中核をなしていたボルダン派の奉仕援助が失われた今、旗主たちが結託して反旗を翻してきたら厳しいかと」

「だよなあ。急いで強化せねば」


 先の戦を思い出す。

 アンロードの正面は自己研鑽に余念のない従騎士主体のため持ちこたえたが、側面の衛兵隊が簡単に突破されて致命打になった。


 いずれは軍全体を改善したい。

 俺は肉を噛みちぎりながら話す。


「兵もだが、俺自身も成長せねばならん」

「と、言いますと?」

「こたびの戦で教訓を得た。勢い任せに中途半端なことをしてはいけない。やっぱり逃げるときはとっとと逃げねばダメだ」

「戦略的撤退ってやつですか」

「不要な意地を張ったら家臣が大勢死ぬ」

「死んだ者たちは満足そうでしたがね」


 指揮官の判断ミスで死んだのに?


「だといいが」

「セドリック殿の件といい、閣下は騎士の矜持をくすぐる才能がおありだ。私も死ぬときは閣下に看取られたいものです」


 騎士たちは誇らしげにうなずく。

 ……仕える側と死なれる側には感情的なアンバランスさがあるようだ。


 シモンは話題を変えた。


「ところで。最近、ケアナ公とはどうなんです?」

「あん? どうって?」

「何か進展があったのかなと」

「なんか戻ってきてから口も利いてくれなくなった。用があるなら直接こいって言うから足を運んだら、城門を閉ざしたまま帰れ~って怒るし」

「閣下、やっぱりあの場でジネット殿の名前を出したのはまずかったんじゃあ……」

「おーおー、怖いことをなさる」


 ??

 なぜそこでジネットが出てくる?


 俺はジョスランたちに目で説明を要求した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る