第22話 軍議
全軍で合同訓練を行う。
志願兵たちは15の組に分けた。
それをさらに3つの組へ統合する。
傭兵歴や従軍経験のある者をまとめ役に据え、行進、整列、陣形変更などの基本的な動きを練習させる。
情報によれば敵は強力。
デカくて強くて武装も重厚。
何人が生き残るだろうか。
何人が、死ぬかもしれない戦いだと考えているだろうか。
彼らの振る舞いをチェックしているとジョリが姿を現した。
噂を聞きつけたのだろうか。
「早いな。期日は明日だぞ」
「ずいぶん数が集まってるようなので情報共有にきました」
「ついでに様子を見てこいって?」
「ハハハ。まあ、街の衆は不安がってますな」
参事会や他のギルドにせっつかれたか。
街の近くに、他家の軍隊と武装したごろつきが300人以上いるんだもんな。
「ちょうどいい。軍議を開くからお前もこい」
主だった者をテントに呼び集める。
「はあー。指揮官も外で寝とるんですか」
「命を預ける者たちよりも豪華な待遇は求めない。同じものを食べ、同じ地面で荷を枕にし、同じ敵と肩を並べて戦う」
「ほう……」
「ふむ」
騎士志望者たちが尊敬のまなざしを向けてきた。
兵と共に汗を流す。
紀元前400年の呉起からWW2の各国将校まで、何千年も用いられて成功してきた心理テクニックだ。
こんなことで心動いてくれるのなら、俺だって喜んでやるとも。
これが現代人なら、ブラック通り越してダークな部下たちがさらなる文句や因縁のオンパレードを投げつけてくる。
「さて、皆いるな」
ジョスラン、シモン、ジネット、セヴラン、ジョリ、それから2人の冒険者と3人の騎士志望が机を囲んだ。この3人は組頭5人をまとめる五十人長だ。
「まずは敵の情報だ。ジネット」
「ハッ。斥候によれば、敵は山の中腹で集落を築き、入り組んだ地形に木の壁を立てているとのこと。数は少なくとも200。射手が複数確認されております。立地上、戦いの最中に別の魔物が乱入してくる恐れもあるかと」
「山攻めか……こいつは骨が折れそうで」
ジョスランが感想を述べる。
「対する我が隊は330名の規模となっております」
「ギルドマスターよ、冒険者たちのほうは?」
「そのう、今のところ30人……」
「集まりが悪いな。やる気あるのか?」
「申し訳ありません」
シモンが突っ込むとジョリは恐縮した。
「30人のうち弓や魔法を使う者、正面衝突よりは小回りの利く戦い方をする者は何人いる」
「およそ半分ですが、単独で5人分の働きをする射手がいます。20人とお考えを」
「ではこうしよう。前衛15人を3人ずつに分け、俺、シモン、各五十人長の横につける。基本は対魔物戦闘の助言を行い、必要と判断したら前に出て戦え」
「分けるのですか?」
「集団行動には向かないだろう」
「手柄を奪う気か!?」
鼻っ柱の強そうな若い冒険者が口を挟む。
はい、まったくその通りでございます。
剣を抜きかけるジネットを抑え、彼と視線を合わせた。
「名前は?」
「クザン。銀等級の冒険者だ」
銀、銀ねえ……。どうなんだろ。
「銀等級のクザン。冒険者たちは魔物狩りの達人だが、こたびの敵は軍勢だ。多勢が相手では力を発揮しづらいはず。貴重な技術者で専門家の貴様らを無駄死にさせるわけにはいかない」
「言葉で騙そうったってそうはいかねえぞ」
「単純な役割分担だよ。冒険者は生きて情報を持ち帰るのが仕事。貴族や騎士は戦場で死ぬのが仕事の一部ということだ」
「……そうかよ」
「そうですとも!」
「閣下のおっしゃる通り!」
五十人長たちが当然とばかりに賛同する。
「話を戻そう。残りの後衛は独立部隊とする。魔力の管理や射撃の工夫にこだわりがあるだろうからな。追加の参加者が出たら退路の確保を手伝え」
「助言と遊撃に退路の確保。承りました」
ジョリが顎をなでる。
入れ替わりでシモンが手を挙げた。
「どのように進軍します?」
「道幅を考慮すると50人ずつの6分隊で進むのが妥当だろう。残りは20人を後衛冒険者の護衛につけ、10人を退路の維持に充てる」
「視界が悪いと先手を取られやすい。もっと細切れにして狙いを分散させるべきでは?」
「敵は1体ごとがオークより強いと聞く。集結する前に各個撃破されるのが怖い」
彼は納得して口を閉じる。
今度はジョスランが尋ねてきた。
「敵が拠点に籠ったらどうします?」
「梯子も用意してあるが、基本は火攻めにしたい」
「わかりました。油を増やし、射手には矢を使い切らないよう伝えておきます」
「他には?」
「魔物は夜に強い生物です。日中の行動で体力を使い果たさないようにご注意を」
冒険者の女へ皆がうなずいた。
「明日の夜明け前に山へ入る。先頭はシモン」
「お任せを」
「追加の情報があれば明日に伝える。今日は酒を飲まずに早く寝ろ。以上、解散!」
メンバーがぞろぞろとテントから出ていく中、冒険者の女が振り向いて深々と頭を下げた。
どうした?
腕組みするとジョリが笑いかけてくる。
「嬉しいのでしょう。存在価値を認めてもらえて」
「嬉しい?」
「貴重な技術者で専門家だと」
「ああ……」
「我々は社会に不可欠な厄介者ですからね。罵られこそすれ、善良な人々から褒められる機会はなかなか。それが貴族様に認めてもらえた。若いのには効きますよ」
「そんなものか」
冒険者というのも気楽な稼業じゃないらしい。
そうだよな。ヤクザや半グレですら社会的な承認を求める。人はどこかで己を正当な存在だと認めてほしいのだろう。でもって、正当感を脅かす存在は必死で貶める。
◆
翌日の未明。
部隊は進軍を開始した。
「進め! 魔の尖兵を打ち払え!」
日の出前とはいえ、夏の空気はじんわりとぬるい。山道にはむせ返るような生命力の香りが充満していた。
シモンの隊を先頭に、騎士志望、騎士志望、エスト、ジョスラン、騎士志望、遊撃隊の順で動く。遊撃隊を除いて1~6番隊と呼称している。
各部隊は一定の距離を保ち、隊形を崩さぬようにゆっくりと歩いた。
やがて道幅が狭まってくる。
カーブも増えてお互いの姿が見えなくなり始めた。
二列縦隊に変更し、岩肌に手をつきながら日の出を拝む。
背後のジネットが額の汗を拭いた。
「ここで奇襲を受けたらまずいですね」
「だな。いかにも上に潜んでそうな地形だ」
「落ちたら崖下に真っ逆さま。足を踏み外さないようご注意を――」
そのとき、前方で大きな物音と悲鳴が聞こえてきた。
「やっぱりきた!」
「敵襲! 敵襲! 落ち着いて対処するぞ! 伝令!」
「ここにッ!」
「前の3番隊に追いついて状況を確認してこい! 行け!」
「ハッ!」
「ジネット、後方部隊を確認してこい。混乱してたら落ち着かせて、念のため6番隊に後退地点を確保させろ」
「ただちに!」
彼女は小走りで後ろへ消えていった。
「焦るな。深く息を吸え。盾を上に掲げて衝撃に備えろ!」
前方から誰かが走ってくる。
「3番隊より報告! 2番隊が魔物と交戦中! 魔物どもは岩落としを仕掛けてから駆け下りてきました!」
「数は!?」
「30ほどかと! 我が隊が救援に向かっております!」
「よし、射手はついてこい! 他の者は距離を開いてゆっくりと前進。追加の奇襲に注意しろ!」
俺は部隊の弓兵を率い、山道を駆ける。
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