第21話 自由騎士(ニート・フリーター)
俺は領地へ伝令を飛ばした。
情報収集と調練をこなして4日を過ごす。
ウィスカンドから馬で1時間の距離にある哨戒砦へ移り、冒険者にアンロードの出現区域を偵察させ、騎士たちを率いて下山した魔物と戦いながらイメージをつける。
5日目にはシモンの部隊が到着した。
要請に従い、選りすぐりの者が30人だ。
「シモン。わざわざ出向かせてしまったな」
「なんのなんの。最近は遊びに夢中でしたから、たまには動きませんと」
彼は明らかに顔色が良くなっている。
病は気からというが、人間、気分が晴れればこうも変わるものなのか。
ほぼ同時刻にガルドレードの部隊も到着。
率いているのは役人のセヴランだ。
セヴランは俺が直々に指名した。
「閣下。ご命令通りに100人を選抜しました」
「馬には慣れたか?」
「はい。一時期は行商をしておりましたので」
「それはいい。今回の役目には適任だな」
「と、おっしゃいますと?」
俺はセヴランを招くと声をひそめる。
「出陣中、ウィスカンドに残って冒険者ギルドの報酬設定、冒険者経済の流通網、魔物素材の相場について調査してもらう」
「……ほほう」
「何日で片付くかは未定だが、短期間には変わりない。やれるな?」
「お任せを。戦利品はいずこへ売りますか?」
割り振った仕事から次の手を読む。
やはり彼は仕事ができる男のようだ。
俺は上機嫌でその肩を2回叩く。
「フォルクラージュ侯爵領」
セヴランなら、向こうの市場価格もある程度は調べておいてくれるだろう。
安易に領内で素材を売るのはなしだ。
意図を勘違いされ、領主への配慮で平均とはズレた価格を提示される。巡り巡って税収に響くため、必ず外で調査し、外へ売る必要があった。
6日目。
160人で訓練と魔物狩りをしていると、角笛の音が聞こえてきた。
「ジョスラン! 変わりないか!」
「シモン様もお元気そうで」
ジョスラン率いる20人。
そして――
「ご指示通り、志願者をまとめてきました」
「閣下、あれは……」
「自由騎士だ。いや、自由騎士もどきかな」
ジネットは首をかしげた。
ジョスランの後ろをぞろぞろとついてくる戦士たち。その多くは軽装だ。
ギャンベゾンの上に肩当や胸当てをつけるか、ちょっとした軽鎧、革装備などを着用するか。平服に剣と盾だけの者もいる。
彼らは自由騎士――を自称するニートやフリーターの群れだ。
この世界の自由騎士とは、特定の主君を持たずに遍歴の旅をしたり、何らかの求道的な生き方をしたり、宮廷と戦場を渡り歩く騎士たちを指す。
そのスタイルは一種の理想、一種の名誉と考えられ、しばしば物語になっている。
己をそんな自由騎士になぞらえるのが彼ら。
名前はイカしているが実態は物悲しい。
貧乏や就職難で騎士になれない者たちだ。
正式な騎士の身分になるためには、貴族や教会の高官、それらと面会できるクラスの有力者たちから叙任される必要がある。
しかし、叙任の支度は金がかかる。
とにかく金がかかる。
まず剣やランスなどの武器、鎧兜を始めとする装備一式、軍馬、ふたりの従者、従者の装備一式と馬を用意せねばならない。
加えて叙任式自体にも格式にふさわしい衣装、意匠を凝らした贈答品、やたらと豪華な祝宴などの費用がかかる。
用意できなければ叙任を受けられない。
戦場で王が直々に、とかでない限りは。
鎧、馬、人件費……すべてが高騰中のご時世にあって、これらを自前で用意するのはとても難易度が高い。あまりに厳しいので従者はひとりでいいとする地域もあるが、それでも高い。よそでマウントを取られたくないから皆も正式な数にこだわる。
こういった事情から、騎士の家系に生まれたにもかかわらず、生涯を従騎士のまま終える者も大勢いた。
しょうがないね。
鎧、高いからね……。
最近は何でも高くて困っちゃう。
では、騎士になる者は全員が金持ちなのか?
そんなことはない。
自前の封土を持たない騎士、封土が裕福でない騎士にはパトロンがいる。富豪だったり、教会だったり、自由騎士の場合は不倫相手の貴婦人だったり。
貴族や城主が家臣の子を叙任させるため、すべての費用を引き受けることも珍しくない。叙任する側にとっては気前の良さが名誉になり、どちらにとってもメリットのあるシステムだ。
貴族はたまにスペシャルなお気に入りを叙任させることもある。
あるといっても、騎士志望者の総数を考えると、自らがその幸運に浴せる可能性は宝くじの一等を当てるよりも低い。
まあ、そんな世情もあって世の中には騎士になりたいけど叶わない者が大勢いる。彼らは誇りや夢を捨てられず、労働に身をやつすこともない。家の近所でゴロゴロしたり、戦争を探してうろついたり、遍歴の自由騎士を称しながら冒険者の真似をしているうちに野生のプロハンターになったりする。
俺は彼らを戦力に使おうと考えた。
そこでジョリに命じてあちこちの宿屋へふたつの噂を流したのだ。
『伯爵令息のエスト・ヴェルデンが魔物討伐隊の志願者を募集している』
『魔物討伐は表向きの名分。実は内乱で欠けた騎士の補充こそが真の目的である』
ヴェルデン領内にも同じ噂を流した。
先の粛清はすでに余人の知るところ。
ホロール城の財貨をユリアーナへプレゼントした結果、俺の人物像は“イヤなやつだが味方には気前がいい貴族”となっている。
活躍すれば
その数およそ150人。
「傾聴!」
「我が名はヴェルデン家のエスト。貴族の義務を果たすため、山中に巣食う不届きな魔物を討ち滅ぼす。名誉ある戦士たちよ、よくぞ集まってくれた。自ら同道して槍を捧げんとする見上げた志……必ずや神のご加護があるだろう!」
自由騎士もどきたちが盛り上がる。
「俺にはわかるぞ? 皆がなぜここへきたのか。何を期待しているのか」
ゴクリ。そわそわ。ワクワク。
わっかりやすい反応だ。
「煙に巻くのが賢いやり方だろうが、俺はあえて言葉にしよう。こたびの遠征で見どころのあった者たちは、我が名において叙任式を執り行う! 望むならガルドレードへ連れ帰っても良いぞ!」
「……ッ! ウオォオオオオオ!」
一拍置いてから爆発的な歓声が上がった。
「だが全員とはいかない。神に祈り、神の思し召しを受け入れることだ。狭き門だとわかっていても、あえて挑む勇気がある者はいるか!?」
志願者たちが武器を掲げる。
大仰にうなずき、全員に牛肉とワインを振る舞った。
俺も鬼じゃない。
役に立つ者は登用するさ。
しかし、騎士の給料は高いから全員を雇うのは不可能。
大多数は夢と希望の粉砕が確定している。
悲しき就職活動の始まりだ。
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