第20話 ウィスカンド
俺はクラトゥイユ領で唯一の都市、ウィスカンド市を訪れた。
クラトゥイユ家には求心力がない。
流されてきた経緯が経緯のため、この地の民衆から支持されなかったのだ。
彼らも肩身が狭かったのだろう。
街から離れた場所に身内を集めて集落を作った。今のウィスカンドには名ばかり代官がいるのみで、ほとんど市参事会が自治しているという。
「これがウィスカンド……」
小さいながらに目を引く街だ。
防御機能に重きを置いた造りをしており、防壁がなかった時代の名残なのか、民家は石垣で囲われているものが多い。
「堅いな。5倍の兵でも攻め切れないぞ」
「閣下。不穏当な発言はお控えを」
よそ行きモードのジネットも堅い。
特に堅牢そうな施設――ウィスカンド冒険者ギルドの中で、俺はギルドマスターと対面した。
蛇の道は蛇。
餅は餅屋。
魔物のことなら冒険者。
今回の目的に彼らの情報と助言は不可欠だ。
「ようこそお越しくださいました。お噂はかねがね」
「どんな噂かな?」
「……大いに活躍なされているそうで」
ギルドマスターは軽率な発言を悔いる。
初老だが精悍さを保つ、いかつい男だ。
「私はジョリと申します。本日は何用でしょう?」
「ヴェルデン領の政務代行として魔物の動向を知りたい。どんな調子だ?」
他家の領地でこの言動は普通なら無礼だ。
しかし、ヴェルデン家はやらかし貴族の監視を担当する使命も帯びている。
「今のところ小康を保っておりますが、楽観視はできません」
「何か懸念事項でも?」
「近頃、山の中腹に手ごわい魔物が定着しまして。東の山脈から流れているものと思われますが、その影響で山頂付近のダンジョンへの遠征を控えております」
「ふむ。それはどのように問題なのだ?」
「ダンジョンを放置していると魔物が溢れかえって大襲撃を招くんです。流れ者を恐れて下山してきた連中には対処できていますが……このままダンジョンの様子を確認できない状況が続くと危険かもしれません」
「なるほど」
俺は広げられた地図の記号を目でなぞった。
「その手ごわい魔物について聞かせろ」
「はい。我々冒険者は、やつらをアンロードと呼んでいます」
「アンロード? 聞き慣れんな」
「平地ではあまり見かけませんからね。オークよりも一回り大きい獰猛な種族で、統率のある集団行動を取ります。魔物の中では技術が高く、冶金を行い、自前の鎧に身を包んでいる厄介な種族です」
「まるで軍隊だ」
「まさしく。普通は日の差さない奥地や地下深くに集落を築いているはずなんですが……」
何らかの理由で東の山脈から降りてきたってことか。
「規模は?」
「150。いえ、200はいるんじゃないかと」
「多いな。根城にされたら他の魔物まで跋扈しそうだ」
ジョリは眉間にしわを寄せながらうなずいた。
「ウィスカンド支部を根城にする冒険者もおよそ200人。無理に攻めて痛手を被ったら取り返しがつきません。魔物はアンロードだけじゃないですからね」
「わかった。説明ご苦労」
思ったよりも厄介なのが出てきた。
どうしよう。帰ろうかな……?
連れてきた護衛は30人。
ウィスカンドの冒険者たちがどれほどのものかは知らないが、彼らを加えたとて、オークよりもデカくて強い、軍事行動をする魔物たちと戦うのはキツいだろう。
勝ったとしても損害が……。
あ、でも、その分だけ人件費が浮くのか?
いやいやいや、その考え方はマズいぞ。
「討伐報酬を引き上げ、よそから腕利きを募ってみては?」
「厳しいでしょう。腕っこきはどいつもこいつもフォルクラージュ侯爵の領地に行きますから」
「ああ。山脈側のほうが儲かるのか」
「デカい獲物にも不自由しませんしね。一応、1体討伐するごとに220クーラ出すと触れ回っちゃいるんですが」
「!」
体がピクッと反応してしまう。
220クーラ。10万6700円ぐらい。
200体すべて殺せば2100万を超える。
おお。いいね。
恐ろしい魔物の群れが銀貨の山に見えてきた。
俺はさも悩んでますといった表情を作る。
「むむ。むむむ。危険に対して引き合う額かは疑問だが、放置しておくわけにもいくまい……相分かった。この件には我らも手を貸そう」
「はあ。大きな声じゃ言えませんが、この件に関して男爵様はあまり乗り気じゃありませんよ?」
「それも含めてどうにかするのがヴェルデン家の役目だ。ジョリとやら。貴様は7日のうちに使えそうな者どもを集めろ。そうだな、最低でも80人は用意せよ。3日間の行軍を見込み、兵糧は各自が自前で用意するように」
「や、その、いきなりですな。冒険者たちはバラバラに行動してます。目ぼしい連中の予定がつくかどうか」
「その場合は案内のみでいい。あとな、男爵領のあらゆる宿屋に広めたい話がある」
「広めたい話」
「ある者たちをやる気にさせる魔法の言葉さ」
俺はジョリに耳打ちすると席を立った。
そのままウィスカンドを出てクラトゥイユ家の居館へ戻る。
「このようなわけで、山中に巣食う厄介者を追い払う運びになりました。家臣たちを呼び寄せますので、その旨どうぞご了承ください」
「待ちたまえ! いくらなんでも危険すぎる!」
「危険でない戦などありません」
「そのような雑用は下郎にやらせておけばよいのだ。何も君が自らしなくとも――」
「雑用ではありませんよ、閣下」
俺はクロードの目を射抜くように見つめる。
「高貴なる者の義務です」
会釈してから広間を去った。
廊下から玄関ホールへ入ると、思わぬ人影に出くわした。
「あっ」
「おや」
美少女は“しまった”という顔になる。
亜麻色の髪に薄緑の目。
どこかあどけなさの残る顔立ち。
庇護欲をそそる、小動物感の漂う容姿。
癖に刺さる人にはたまらないだろう。
彼女はマリーヌ・クラトゥイユ。
14歳のいかにも花盛りな令嬢だ。
形の上では我が婚約者である。
……俺の中では元がつくけれど。
向こうもこちらが嫌いだから意見は一致する。
彼女は散歩から帰ってきたところらしい。
外出用のドレスに青いケープを羽織っていた。
「レディ・マリーヌ」
「ご、ごきげんよう、エスト卿……」
「お加減が優れないと聞きましたが、快調のようで何よりです」
「その、これは」
「先を急ぐのでこれにて失礼」
「えっ?」
軽く一礼してすれ違う。
館外へ出るとジネットが身を寄せてきた。
「おい、いいのかよ」
「何が?」
「マリーヌ様は将来の妻なんだろ?」
「ケアナのダンジョンで聞いてたろ。婚約はそのうち破棄するって」
「うぉい! あれ本気だったのかよ!?」
何を今さら。
俺は困惑の影に嬉しさがチラつくジネットを無視しつつ、山の難敵、アンロードを討伐する手立てへと意識を向けた。
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