第23話 山地の魔物討伐戦・1
崖に沿って緩いくの字が描かれている地点で味方が戦っている。
数は……60はいるぞ。
伝令を出してからさらに増えたのか?
2番隊はすでに半数がやられていた。
残った者も痛手を負い、先頭に立つ者が奮戦して敵を押しとどめている。
バケツ兜の猛者。なかなかやるな。
3番隊は2番隊の救援に入ろうとしているが、落石の撤去に手間取っているようだ。敵はゴブリン。それから体が大きな謎の種族。赤黒く毛深い頭の横から後ろへと角が伸びている。両者とも鎧を着こんでいた。
「あれがアンロード……」
「ディケランだ」
隣のクザンが反応する。
「おかしい。もっと遠方にいるはずなのに」
「研究は後だ。一列に並べ、味方を援護する! 目標は大きいほう!」
俺は射手を並べて剣を振り下ろした。
「放て!」
一斉射撃が顔に刺さるがディケランなる魔物たちはものともしない。
なんて生命力だ!
「俺がやる!」
クザンは6本の矢を立て続けに射った。どれも美しい軌道を描いてディケランの目に吸い込まれる。もがいたデカブツはゴブリンを巻き込みながら転落した。
「やるじゃん」
感心している間にさらに4回の
これも目に刺さり、敵の損害が拡大した。
「銀等級のクザン、大物は任せるぞ!」
「おうよ!」
「他の者はゴブリンを狙え!」
言い残して前方へ走る。
3番隊へ指示を出して岩をどかす。
「あの者を死なせるな!」
俺は隙間を縫って2番隊をかき分け、最前線へ躍り出た。
奮戦していた猛者が仰向けに倒れている。その喉を掻っ切ろうとするゴブリンたち。剣を投げて1匹殺し、2匹目のナイフを蹴りでズラす。
飛びかかってきた3匹目に落とされないよう岩肌に背を付けると、ゴブリンが急に脱力した。後頭部に矢が刺さっている。
「フッ」
クザンのドヤ顔はここからでもよく見えた。
いい腕だ。前衛枠なのに弓を構えている点はスルーしておこう。
猛者を引っ張って後方へ下げる。
3番隊が残敵の掃討にかかった。
俺は沈黙している猛者の胸を押す。
「おい。おい! 息はあるか?」
「はい、閣下。その、どうかご容赦を……」
バケツ兜の奥から返ってきたのは女の声だった。
「あ。すまん」
手を放して詫びる。
「抜群の働きだった。褒美は期待しておけ」
「!」
「少し休んでから後続の部隊に合流しろ」
「ありがとうござ――じゃなくて、感謝いたします!」
バケツを撫で、クザンの元へ向かう。
「5人分の働きをする射手とはクザンだったのか。助かったぞ」
「気にすんな。謝礼はたんまりもらうからよ」
俺は笑い、彼の拳に拳を打ち合わせた。
◆
その後、全隊を一列縦隊で駆け抜けさせる。
坂を上った先、多少開けた場所でシモンが待ち受けていた。
「閣下! ご無事で!」
「よくぞ前方を確保してくれた。いい仕事だ」
「なんの。さあ、こちらで水を」
「誰かジョリを呼んでこい」
ジョリだけでなく他の面々も集まってきた。
「なに、ディケランだと!?」
「マスター、こりゃ明らかにおかしいぜ。連中はザルデーレ王国側のダンジョンにしかいないはずだ」
「待て。いつも言ってるだろ。はず、という決めつけは命取りだと」
「けどよ」
「確かに異常事態だ。考えられるとしたら」
彼は言葉を切り。苦渋をにじませた。
「あちらで大襲撃が起きたのかも」
「吐き出されたディケランが流れてきたのですか?」
「可能性は高い」
「クソッ」
クザンが石ころを蹴った。女冒険者も悲痛な顔。
うーん。深刻っぽいけど、その大襲撃ってのがどれぐらいヤバいのかわからんな。
「ギルドマスター。その大襲撃というのは厄介なのか?」
ナイスだ、シモン。
「ええ。多数の魔物が出現するだけでも脅威ですが、なんといってもダンジョンの主まで解き放たれるのがまずいんです」
「ディケランは階層の深いダンジョンにしかいねえ」
「ってなると」
「ボスも相応にやべえはずだ。それに――」
「ゴブリンはもちろんのこと、ディケランも鎧なんて着ていません」
ジョスランが額を抑えた。
「例の魔物と手を組んでるってわけか」
「おそらく。いや、ほぼ確実にな」
「でも、主がこっちにくるとは限らんだろ?」
「過去の大襲撃でも、深層の魔物はボスに従ってる」
沈黙が流れる。
頭をかいたジネットがこちらを向いた。
「撤退しますか?」
「それはない。話が事実だとすれば、なおさら放置はできん」
「危険すぎます。我が主君、ケアナ公に代わって撤退を進言いたします」
「ダメだ。一戦もせずに退くわけにはいかない」
きっぱりと断言する。
このまま帰れば骨折り損のくたびれ儲け。
財政破綻へ一歩前進だ。
そりゃあ死は回避したいよ。
けれど、死ぬより苦しい状況を長期的に味わってでも、ってのは違う。死んだように生きるのは命を捨ててるのと同じ。問題解決のために前進して死ぬなら、それだけはしょうがない。
これ以上の兵を動かすのは無理。
旗主たちの反乱に対処できなくなる。
長期戦になった場合、不満を溜めた兵の反乱も怖い。
数が多ければ多いほど内外に弱みが増えていく。
手持ちの駒でやるしかない。
「ジョリ。ギルドへ依頼を発注する」
「内容は?」
「友軍の遺体回収だ。野ざらしのまま獣のエサにはさせられない。遺体ひとつあたり70クーラ出すから一筆書いてくれ。伝令に届けさせる」
「わかりました。ギルドの者も案内につけます」
仏になったのは35人。
118万……四捨五入で120万クーラの出費。
赤字のまま帰ってたまるか!
コンコルド効果と言ってられない事情もある。
この状況を放置したら悪化の末にさらなる安全保障費がかさむのは明白。
今がベストだ。今が最もたやすくて柔らかい。
たとえ勝てずとも痛撃を与えて数を削るべし。
どれだけ精神的にキツくても。
他人から間違っていると揺さぶられても。
言い訳を探さず、“否定される正解の道”を選ぼう。
そのためにも、ふるいにかけるべき連中がいるな。
俺は志願兵を呼び集めて睥睨する。
山は不気味なほど静かで、誰かの荒い鼻息さえ聞こえた。
「状況が変わった。敵の援軍は詳細不明。撤退は終わりの始まりを告げる角笛だ。これはもはや魔物討伐ではない。アルヴァラ北地の存亡をかけた決死の戦である」
騎士志望たちに浮ついた雰囲気はない。
全員が道の脇によけられた死体の山を目の当たりにしている。
「我がほうは確実に劣勢。傷ついた寡兵で勝てるかも不明な強敵へ挑まねばならず、そのうえ何が出てくるかもわからん。皆の大半が死ぬ。帰りたい者は下山しろ。後ろ指は差さない。俺だって逃げたい。破滅を避けるのも勇気だ」
改めて全体を見渡す。
「皆、目をつむれ。8つ数える。退く勇気を持つものは己の心に従え」
…………8つ数えた。
誰も身じろぎひとつしない。
いいだろう。
俺は俺の生存確率を上げてくれる者に対して最大限の誠意を支払う。それが死にゆく者たちならば、なおさらだ。
剣を抜き、杖のように立てて柄を両手で握る。
「愚か者どもめ、その場にひざまずけ」
一瞬ざわつき、すぐに静寂が戻る。
ひとり、またひとりと武器を立ててひざまずいた。
深呼吸してアコレードの文言を唱える。
「この地に恵みの雨はない」
『この地に恵みの雨はない』
「降り注ぐのは穢れた
『降り注ぐのは穢れた魔涎』
「されど破格の騎士がいる」
『されど破格の騎士がいる』
「その剛勇は敵の盾を砕き」
『その剛勇は敵の盾を砕き』
「その忠誠は敵の士気を挫く」
『その忠誠は敵の士気を挫く』
「恩寵に満ちる剣の守護者」
『恩寵に満ちる剣の守護者』
「立て、アルヴァラの騎士よ」
厳かに告げると復唱を終えた皆が神妙に立ち上がった。
「仮叙任だ。正式な式は勝利の暁に」
返事はない。
騎士たちの双眸には、ただ万感の思いが宿っていた。
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