第7話 進軍と厄介な事情


 ホロール城はあっさりと陥落した。


 ジョスランに並べさせたのは、600人分の首と100人分のバラバラ死体だ。


 そのうえでガストンおよびラノア家の悪逆非道をなじり、ついでに俺の悪評も少しばかりおっ被せ、兵たちには門を開いて攻め手に加わるよう呼びかける。


 門はすぐに開き、俺たちは城内へ乗り込んだ。


 代を重ねてラノア家に仕える者たちは最後まで踏みとどまる。彼らはラノア家の先代を守るように円陣を組んで討ち死にした。数にして100人ほど。


 投降してきたのは150人前後だ。

 思った以上に数が少ない。


「他の者たちは?」

「逃げました」

「貴様らは逃げなかったのになぜ降った?」

「お赦しを。ラノア家の古参に捕まって逃げれなかったんです」


 降兵に問うとそういう事情らしかった。

 本来なら500人で立てこもる予定だったとか。


「ジョスランはいるか」

「お呼びで?」

「降った者たちの処理を任せる」

「わかりました、部隊の先頭に加えて次の戦いに――」

「違う違う。まとめて殺せ」

「はあ、なるほど! ……えっ?」


 ジョスランと肩を組み、耳元でささやく。


「あれは兵士ではない。ガストンの影で悪行を重ねてきた罪人である。エスト・ヴェルデンの名の下に、衛兵としての職務を果たし、民を虐げた代償を支払わせろ」

「お、お任せを!」


 ジョスランは投降兵たちへ埋葬のためと偽って穴を掘らせ、そのまま後ろから突き殺し、蹴落とした。おわぁ……。あいつ、わりと容赦ないな。


 投降兵を殺すのは一長一短だ。

 現状、兵は足らないし、この噂が広まれば俺からの降伏勧告を受け入れる者は激減するだろう。だが、軍を起こす際に掲げた大義名分は一貫しなければならない。


 それに彼らを加えたところで、命令に従わず略奪ばかりするのがオチだ。




「蔵から武器や防具を持ち出し、必要なものは更新しろ」

「金目のものはどうします?」

「ガルドレードへ運んで……いや、ここに置いておく」


 ヴェルデン家の蔵へ送ったら家族に着服される。


「ジョスラン。お前はここに残り、100人を率いて留守を守れ」

「自分が、ですか」

「頼りがいがあるんだろ?」

「……わかりましたよ」

「ああ、金の持ち逃げなど考えるなよ。逃げたら追っ手をかけたうえで、毎日ひとりずつ類縁や知人を処刑する」


 顔を引きつらせるジョスランにホロール城を託し、場外でユリアーナの部隊と合流する。


「ラノア家の本拠をあんなに早く陥落させるとは」

「安全だと錯覚する者は備えをおろそかにするものだ。他の城はこうもいかない」


 ガストンのその一族は権勢を誇っていた。

 まさか攻められるとは思っていなかっただろう。攻められるとしても準備期間はあると考えていたはずだ。


 彼らの失敗を笑うべきではない。

 自分が同じ轍を踏まないようにしなければ。


 俺たちはガストンの与党といえる有力者たちに狙いを定め、4日でふたつの城を攻め落とした。要害の守護者や軍事に関心のある家でもない限り、詰める兵はせいぜい100から150程度。


 しかも主力中の主力はケアナ城の宴で俺が毒殺している。彼らはヴェルデン家への奉仕を名目にガストンの周囲を固めていたが、それが仇になったのだ。


 抵抗は弱い。心理的な逃げ道を作ってやれば脱走者が続出し、支え切れなくなったところで一気に門を破った。


「ここまでは順調だ。ここまではな」

「ええ。問題は――」

「リブラン家」


 俺たちはうなずき合う。


 リブラン家は拝命城主の家系。城主といっても貴族から任命されて忠誠を誓う旗主ではなく、いわゆる城伯だ。地球の西洋になぞらえればカステランに当たる。


 アルヴァラや諸国の内制が未発達だった時代、国の防衛効率を強化し、ついでに地域を監視させるために各地へ城砦を築くのが流行した。まだ領地の概念が未発達で、貴族の領地=大ざっぱなエリアのうち管理できる私有地と思われていた時代の話だ。


 当初は王と貴族、両者にとっていい感じのシステムとして機能したらしい。


 王家は信頼できる者を配置して国への義務を果たさせ、貴族からしても手の届かない範囲の制御を代行してもらえる。いわば厄介なネズミを片付ける自動掃除機だ。


 ところが時代が下り、戦乱や混乱が深まり、王権が弱体化するにつれて城伯たちの帰属はあやふやになっていった。


 彼らは貴族に取り込まれる者、自立を深める者、引き続き王家に従う者などに別れたが、名目上はあくまでも国と王家に仕える存在である。


 日本の戦国時代で例えるならば……俺たち領主が大名。領内の旗主たちは一門衆や身内扱いの重臣。豪族や有力者が被官の国人衆。で、城伯は応仁の乱以前に幕府から土地を与えられた近所の幕臣だ。


 話を戻そう。

 リブラン家はガストンに接近して領内を荒らしていた。


 だからといって安易に始末すれば、王の家臣を殺したという名分が生まれ、王家や周辺貴族家からの総攻撃を受けるかもしれない。少なくともただでは済まない。


 彼らの行動が独自の判断ならまだいいが。

 仮に王家の意を受けて動いていたら、どう転んでも厄介な展開になる。


 料理の手順に工夫が必要だ。


「ガストンを殺してからすでに5日。そろそろ情報が広まる頃合いだ。領内の家臣たちも身の振り方を考えて様子見をしているだろう」

「苦戦すれば侮られるでしょうね……」

「かといって力攻めで潰せば弱みを抱える」

「いずれにせよ反乱の火種になると。いっそ取り込みますか?」

「いや、リブラン家はガストンに近すぎた。ヴェルデンの敵を葬ると宣言した以上、彼らに甘い顔をすれば内外からの支持を失う」


 そのために落とした城の一族をひとり残らず処刑しているのだ。


 どうしたものか……。

 いや、待てよ。


 俺は、エスト本来の記憶からを思い出す。


「閣下、どうなさいますか」

「完璧は望めない。殺して苦しむか、殺さずに見放されるか。二択ならばやるしかない」


 ユリアーナは目を伏せる。

 この先に待ち受ける厳しい展開を想像したのだろう。


「ユリアーナ、3日か4日ほど全軍の指揮を任せる。リブラン城を包囲したら、損害の拡大を抑えつつ遠巻きに射掛けろ。夜間は軍を3隊に分け、ひと晩につき三度みたびの偽装攻撃を行え。敵を眠らせるな」


「了解しました。そちらは?」


「俺は状況を打開するために策を仕掛けてくる」


「打開、できるのですか」


 彼女の肩を軽くたたく。


「手を下すのが、必ずしも我々である必要はない」

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