第6話 対話(物理)


 凡人にすぎない俺に優れた能力はない。

 だが優れた偉人たちのやり方は知っている。


 目をつむり、地球の先人へ祈りを捧げた。


「謎かけをしよう。あるところに鳥がいた。18年もの間、まったく鳴かず、まったく飛ばなかった鳥が。その名は何だと思う?」


 ユリアーナたちが気まずそうに黙り込む。

 そりゃそうだ。


「答えはヴェルデン家のエスト。つまりは俺だな。暗愚で無能な下らない小鳥……誰もがそのように思っている。思われるように努力を重ねてきた」


 一同が当惑する。

 もちろんそんな事実はないが、相手にそう思わせるのが重要だ。


「だが!」


 力を込めて肩を怒らせる。


「鳴かないからといって鳴けないわけではない。ひとたび鳴けば、歌声は諸国の心臓を凍りつかせるだろう。飛ばないからといって飛べないわけではない。ひとたび飛べば、その羽ばたきは大陸中を揺るがす竜巻を招くだろう。そして人々は思い知るのだ。己が見識の脆さと浅薄さを」


 ゆっくり、朗々と語る。

 努めて気負わぬ心持ちで。当たり前の話を言い聞かせるように。


「今これより、俺は本来のエスト・ヴェルデンに戻る。侮る者は祈りを済ませろ!」

「…………」


 兵の半分は眉唾の大言壮語だと感じているが、残りの半分はいきなりの処刑劇も相まって雰囲気に呑まれているようだ。よしよし。


 呑まれている者のひとりへ顎をしゃくる。


「お前は何のために武器を取った?」


 兵士はこちらの剣をチラ見し、背筋を伸ばした。


「……金のためです」

「お前は?」

「略奪ができると思って」

「お前」

「実家から逃れるため」

「そうだ。この世のほとんどの者は利益があるから動くのだ。ケアナの白鷲みたいな超人など、めったにいるものではない」


 びくびくとこちらの顔色をうかがう兵士たち。

 俺はその我欲を認めるように微笑みかけた。


「俺は許そう。その醜さと浅ましさを」


 彼らは魂が抜けたように腰を抜かす。


「だがヴェルデンの民に向けることは許さん。愛しき民は我が家の財産。俺は俺の個人的な利益を保つために、民衆を慈しみ、保護することを改めて宣言する!」


 広場は相変わらず静まったままだ。


 ほとんどの聴衆は何が起こっているのか理解が追いついていない様子。ならばこれ以上なくわかりやすい形で示してやろう。


「ともがらよ、ヴェルデンの息子たち! 今から俺が示してやろう。我らを裏切る者の末路に身分階級の別はないと! さて、忠義の騎士はどこにいる?」

「ここにおります!」


 ユリアーナが一歩前に出た。


「ヴェルデン家の次期当主として命じる。逆賊どもの首を刎ねよ!」

「かしこまりました! 皆の者!」

「ハハッ!」


 彼女の家臣たちはガストンに与する一派を引きずり、次々に首を刎ねていく。俺は最後に残ったガストンの前に立ち、両手で頬を挟んで目線を合わせる。


「さらばだ」


 胴と分かたれるガストンの首。

 その目は、眼球が潰れそうなほど充血していた。




「これより逆賊の一味を討ち果たす! 進め!」


 ケアナ城とガルドレードの部隊、都合700名の軍勢をまとめて出陣する。


 事の顛末を父へ報告したが、特に興味はなさそうだった。悪人というよりも典型的な貴族の1パターンだ。税さえ上がってくれば他のことには無関心。


 母と妹は最初こそ驚いていたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。肉親の俺が自分たちを殺すわけがないと判断したのだろう。


 この辺にも取るべき措置はあるが……。

 まあ、今のところは後回しでいい。


 優先すべきは油断が期待できない者たちだ。油断していれば経験豊かな者もたやすく始末できる。ゲーリックのようにな。警戒されると相応に手こずる。


 ガストンの腰巾着が少なからず逃げている以上、ここからは速度が明暗を分ける。


「閣下、見えてきました」

「あれがホロール城」

「ガストン卿の実家、ラノア家の居城です。狼煙台城とも呼ばれていますね」


 あだ名の通り、岩山の頂上にある山城だ。

 遠目には巨大な狼煙台に見えなくもない。


「チッ、すでに臨戦態勢だな」

「逃げ込んだ者たちから話を聞いたのでしょう。どのように攻めますか、閣下?」


 皆の手前か、ユリアーナは俺のことを閣下と呼び始めている。


「力攻めは避けたい。あれは持ってきているか?」

「……はい。ですが、本当にやるのですか?」

「味方の犠牲を避けるためだ」


 彼女は渋い顔をしている。

 不名誉な戦いをしたくないのだろう。


「君は部隊を後方へ下げ、敵の援軍に備えろ」

「無用です。私とてこの企てに加担した身。今さら汚名を恐れたりはしません」

「ケアナの兵は先日から強行軍続き。今のうちに休ませておけ。主君が率先して動かなければ、彼らもここから離れないだろう」

「むむ。ご配慮に感謝します」


 ユリアーナは一礼し、部隊を率いて離脱する。ガルドレードを制圧してからさらに1日かけて行軍しているわけだし、本人は意地を張れても部下たちは限界だろう。

 俺は衛兵隊のリーダー格に話しかけた。


「さて、お前の名はなんと言ったかな?」

「ジョスランと申します」

「衛兵隊長……ではなかったはずだよな?」

「あ、はい。隊長は先ほど死にました」

「なぜお前が皆をまとめていた」

「ええ、まあ。自分は頼りがいのある男でして、日ごろから若いののケツを拭いていたら自然と問題が持ち込まれる立場になったんですよ」


 彼は見たところ40歳代だ。見るからに冴えないタイプで、あくまで印象だが、そこそこの責任を抱えて疲れ切ってるザ・中年のおっさんって感じ。


 聞いてもないアピールが真実かどうかは要確認だ。


「ではジョラン」

「ジョスランでございます」

「あの箱の中身を棒で突き刺して、城壁からよく見えるように並べてこい」

「お任せください」


 ジョスランは重い足取りで兵士たちの下へと向かい。


「なんじゃこりゃぁあああああ!」


 敵陣にまで響くほどの悲鳴を上げた。

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