パスタはアルデンテより伸びきった方が好き

@A_TGC

一話完結

私は現在26歳の会社員。うだつの上がらないサラリーマン。毎日会社に来てはしたくもない営業スマイルを周囲に振りまき、周りに媚びながら仕事する日々。本当に疲れる。毎日心が削がれていくのを肌の潤いが教えてくれる。


 幼少期は片田舎に住んでいた。勿論私は運動が苦手な事以外は極々平凡な子供。大して特筆すべき点がない人間だ。だからかもしれないが、テレビで見る「色」付けされた人間がいる都会が好きだった。私の頭の中での都会で暮らす人々の情報は、朝のニュース番組で流れる渋谷のファッションとスイーツの映像、そして今を時めくホワイトカラーのインタビュー映像。これでも、インターネットが黎明期だった当時は、私にとっては貴重な資料だった。今思えばこんな断片的な情報じゃ何の意味もないのだが当時の私にとっては唯一の情報元であり、私の心のよりどころだった。朝学校に登校する前にせわしなくご飯をかきこみながらハリボテの都会に胸を膨らませ、「色」のついた自分を想像した。


 居場所が変わるだけで自分に「色」がつき、順風満帆な生活が送れると当時は本気で思っていたのだ。


 中学生に進学ししばらくすると、小学生とは違い、周りの人間に「色」が付き始める。だが、なんの特技もなかった自分には「色」が付かなかった。「色」のない私はより一層都会への憧れが増していく。自分でも短絡的な思考だと思う。田舎は子供の数が少ないから、誰かが気にかけてくれるというメリットもあるのだが、学生時代の私には何もかもが窮屈に感じ常に周囲から見張られている感じしかしなかった。「色」のない自分は何かのせいにしたかっただけなのだ。私はこんな窮屈な場所で終わる人間じゃない。私にスポットライトが当たってもいいはずだ。そんなことを夢想するようになった。


今風に言うと「自己顕示欲」ってやつだ。


でも成長するにつれて嫌でも気づく。


そう私は、「色」のない人間だということに。


 この世界がダメなんだ。そうだ!都会に行けば何か変わるかもしれない。私の浅い考えを実行に移す転換期が来た。大学進学の時期がやってきた。勿論私は東京の大学を志望した。進路指導の先生には「東京の大学なんか行ってどうする。」とお決まりのことを聞かれたので私は当たり障りのない夢を語った。それから程なくして、念願の東京の大学に進学した。この場所なら私は何者になれる。いままでは私の取り巻く環境がダメだっただけで私は悪くない。そんな淡い希望を背負い上京した。


 最初はちょっと楽しかった。お気に入りの服を着て、街を練り歩いた。心はまるでプチブルジョア気分(笑)。自分は何者にも成れていないのに。でも大学に通いだすと少しずつ分かってくる。幼少期から都会に住んでいる人たちはみんなしっかりしていた。都会の魔物に慣れてるから自分の人生について本当にちゃんと考えていて、勉強も恋愛もどちらも適度に取り組んでいた。それに引き換え私は勉強も不甲斐ないし、サークルには熱も入らず、学科に居た意中の人にも告白できない臆病者であり、不器用な人間だった。そしてだらだらと無為の大学生活を過ごし、ついに大学3年生を迎える。人生の一大イベントである就活が始まった。「色」のない私は社会から容赦のない洗礼を浴びた。大学の同期は早々に内定を確保したらしい。


 しかし、私には内定は出ない。当然一番遅く内定を獲得した。


 劣等感でいっぱいだった。


 卒業後、営業系の会社に就職しサラリーマンになった。仕事ではコミュニケーションが何よりも大事だ。仕事を円滑に回すために笑顔を続けた。私の心を少し犠牲にすればいいのだ。しかし、副作用として体に響いてくる。摩耗していった。電池みたいに心も交換できたらいいのに。


商談に向かう度、「レールから外れると厳しくなる。だから頑張れ。」

自分にそう言い聞かせ続けた。





帰宅と同時にベットになだれ込む。

スマホの電源を付け、ふとインスタを立ち上げる。

同級生は大学卒業後結婚して、育児にてんてこ舞いらしい。幸せが画面から溢れてくる。

他人の幸せはなぜこうも目を背けたくなるのだろうか。

昔はもっと素直に喜べたはずなのに。


そんな投稿を横目に眠い目を擦りながら立ち上がりコンロの火を点け、夕飯の野菜を茹でる。

今日はキャベツをいつもより気持ち多めに入れた。




食器を片付け一息ついた。


部屋にため息が冷たく響き渡る。



いつものルーティンをし、睡眠の態勢に入る。



アラームをセットしたその時だった。




..........................................................................................................




緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください。




..........................................................................................................





けたたましいスマホの音が4畳半に鳴り響く。



「もしかしてここで終わりなのかな。」



そんな恐怖が頭を駆け巡る。



急いで頭を守るため、無我夢中で机にしがみついた。部屋中が軋み、大きく音を鳴らす。




怖い。



怖いよ.....



無情にも横揺れが続く。









「やっぱり、まだ死にたくないよ....」




30秒後ようやく揺れが収まった。


どうやら思いが通じたらしい。



急いでテレビをつけてみると、最大震度は5弱程度と表示されていた。



自治体からもらったハザードマップを見る。どうやら、津波に関しては大丈夫そうだ。


「助かった...」


散乱した部屋を片付ける。



1時間かけてようやく一通り片付けが終わった。ほっと一息ついて布団にダイブする。


ずっと「色」のない自分が嫌だった。


そのたびに自己嫌悪を繰り返してきた。



こんな「色」のない私を受け入れてほしいという身勝手な思いでいっぱいだった。


でも今日は不思議と力が体から湧いてくる。


情けないな。






夜が明けた。




平常運行〇


平常運行〇


平常運行〇




急いで支度して家を出る。





通勤中求人サイトをチェックする。

「今度はもっと南の暖かい職場もいいかも」

話題になった漫画と同じことをした。


昔の自分が好きらしい。



スクロールを続ける。

なかなかいい職場は見つからない。気長に探すか。






結局、自分は何者にも成れず、世間の言うような王道を歩めなかった。

でも、今日くらいは自分にエールを送ってもいいような気がする。



仕事帰りの電車から太陽が差し込んだのでふと窓を覗くと夕闇が無機質なビルが黄金に輝いている。

昔の自分が見たら、素直に感動するだろうな...。



今日はおいしいワインでも買って帰ろう。




おわり

台湾の花蓮市にて震度6強の地震がありました。

被害に遭われた方に対し、心よりお見舞い申し上げます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パスタはアルデンテより伸びきった方が好き @A_TGC

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ