人形ごっこにとっての怪獣

黄間友香

第1話

 釣子つりこのアパートの温度が一定に保たれているのは、人形やぬいぐるみたちが生活しやすいようにするためらしい。ちょうど長袖一枚で十分な感じ。私は玄関先で早々コートを脱いだ。今はついていないけど、梅雨時や夏はコーっと音を立てている除湿機が何台もある。妹の部屋には、ベッドタウンの縮小版のように、大小様々なドールハウスが置いてある。前に来た時よりも、家と家の幅が少しだけ狭まったような気がする。庭付きの家が増えたからかもしれない。

「また増やしたの?」

「ううん、レイアウト変えただけ。新しい家族はそんなに引っ越して来てないよ。もうイチゴ町はパンパンだからね」

 床に敷いてあるマットは、イチゴの模様をしている。でもね、次の町はすでに工事中なんだ、と釣子は嬉しそうに笑った。私はそれは流石に止めて、と言いかけて口をつぐんだ。

 釣子は、お茶取ってくるね、と言って台所へ行ってしまった。台所にも、ミニチュアのキッチンが何セットかあり、実際に水が出てくるようなものもある。人形の中でも、料理やお茶を入れるのが好きな子たちと、一緒に準備をするのだろう。しばらく時間がかかると思って、私はイチゴ町をじっくり見るためしゃがみ込んだ。外からの空気を感じたのか、どのドールハウスもドアは閉じられ、明かりもついていない。それでも、中からこちらを伺っている人形たちの気配がする。敵意はないのだと伝えたくて、私は床一面の小さな町に向かって、小さく手を振った。人形たちの中には、外からの人を怖がる子もいるから、挨拶はきちんとして欲しいと釣子に言われている。

 ドールハウスに住めないような大きなぬいぐるみたちは、ガラス戸の棚に住んでいて、そこには小さなテーブルと椅子があったり、キッチンセットが一通り置いてあり、ぬいぐるみたちが生活に困らないように最大限の配慮がなされていた。釣子の持つ人形たちは、それぞれの家と家族を持ち、私が想像できないような壮大なストーリーの中を生きている。子どもの夢を詰め込んだようなアパートだ。

 テーブルの椅子の内、二つは子供用のものだった。釣子が昔から持っていたぬいぐるみは、釣子の家族として食事を共にしている。一つはメルちゃん、もう一つはゴン吉というウサギのぬいぐるみが座っている。ゴン吉は、釣子が昔から好きだったぬいぐるみで、体は釣子の汗と涙とよだれを吸い取って薄茶色をしている。昔の写真を見ると綺麗な薄ピンク色をしているのに、ピンクの要素はどこにもなかった。私はゴン吉に視線をむけた。ビー玉の目は、いつも優しい茶色をしている。釣子の受け売りだけど、頑張ればそう見れなくもなかった。

「ゴン吉、随分賑やかになったんだね」

 少し嫌味っぽい言い方になってしまったかもしれない。大人になってからする人形遊びは、自分が昔やっていたことを思い出すというより、頭の中にある様々な大人としての恥を砕くことから始まる。人形と対話する、ということを、大概はゴン吉で練習するようにしている。釣子の家にきた瞬間、きちんとお人形遊びをしないと、追い出される。両親はすでに出禁を食らっているから、何かあると私が行かなければいけなかった。機嫌を損なわれると困るので、手を伸ばしてゴン吉の耳を撫でた。触ると毛玉だらけのぬいぐるみは、特に気にしてなさそうだった。幼い頃の釣子はゴン吉を引きずって、家中を練り歩いていたから、ちょっとやそっとのことでは怒ったりしないのだろう。

 人形たちと無言で見つめあっているだけだったから、釣子がようやく来たときには少しだけホッとした。ゴン吉には子供用のコップ、メルちゃんには哺乳瓶。そして私の前にはペットボトルが置かれた。これは外から来た人間用と言われているようで、なんとも言えない気持ちになる。

「奈魚(なお)が今日来ると思ってなかったから、コップないの」

 釣子はピーターラビットのティーポットとミニチュアのコップを持っている。一口ぐらいしか入らないミニチュアのカップに紅茶を注ぐと、甘い匂が部屋全体に広がった。

 おお、と人形たちが感嘆の声をあげる。釣子の裏声ではあるけど、本当に別人のような声で言うから、一周回って芸が細かいと感心してしまう。人形たちは甘いものが好きという設定なのだったら、バラエティパックの一口チョコでも持ってくるんだった。

 私はカバンから、ハンカチに包んだレッサーパンダのシルバニア人形を出した。釣子の家から持って帰ってきたのと全く同じままだというのは言わないでおく。

「この子、私の家はあんまり好きじゃなかったみたい。ずっと家に帰りたいって泣いてた」

「え、そう? 奈魚のことすごい気に入ってたみたいだけど」

 前に遊びに来たとき、妹にこのレッサーパンダを渡された。神妙な面持ちで差し出されたときには面食らった。

 ずっとこの子が奈魚の所に行きたいって言ってるの。奈魚のこと大好きになっちゃったんだって。お人形ってね、自分の好きな人のそばにいられるのが一番嬉しいことなの。私も大好きだから、行かないで欲しいってお願いしたんだけど、奈魚はいつ来るのかってずっと訊いてくるんだもん。だから、この子が好きな人のお家に渡すのが、私の役目だなって思ったの。私のことも大好きだけど、奈魚がニコって笑ったときに、すごく目が優しくなって、この人ならとびきり一番大事にしてくれるってピンと来たんだって言われたら、奈魚にあげるしかないじゃん。

 そんな熱烈なことを人から言われたことはしばらくない。大好きという言葉も久しぶりに聞いた。大きいを付けずに、気軽に好きだと言われることはあっても、純粋な好意を(釣子からの翻訳を受けた人形の言葉ではあるけれど)目の前でスルーしてしまうのは憚られる。ほとんど泣きそうになっている釣子を慰めながら、なんとなく持って帰ってきてしまった。でも、その言葉の効力は釣子の家の中でしか続かない。人形は釣子の部屋をでた瞬間から今日に至るまで、カバンの奥底にずっといただけだった。レッサーパンダの人形が、本当にそう思って釣子の心地いい部屋から出たのだとしたら、ひどいことをしてしまった。小さくてどこにでも持ち歩けるという利点は、特に邪魔ではないのでそのまま忘れさられてしまうことでもある。一応、適当に誤魔化す理由を考えてきたけど、釣子の家の中では罪悪感が募る。

「遊びに来たときと、実際に家離れて一人ぼっちになるのだと違うじゃん。やっぱり家族と一緒にいたいんじゃないかな」

 頑張れば、悲しんでいるように見えなくもない。布に巻かれてずっとカバンのそこに放り込まれていたら、釣子の家の方がずっといいだろう。

 釣子はレッサーパンダをそっと手のひらに乗せて頬擦りをした。人形と釣子の二人にしか分からないこそこそ話で、お互いの再会を喜んでいる。こんなに人形に感情移入したことなんてないかもしれない。私は息を殺して見守った。

 レッサーパンダとの話が終わったのか、釣子はレッサーパンダのために小さな椅子とテーブル、小さなカップを持ってきた。

「これね、小さい子たちをお茶会に誘うように買っちゃったんだ。かわいいでしょ。海外からの取り寄せだったから、すっごい待ったの」

 キラキラと目を輝かせながら、ディテールの美しさを釣子が語り始める。ミニチュアの可愛さよりも、海外から取り寄せた特別なものは一体どれぐらいの値段がするのかの方が気になった。

 釣子がレッサーパンダに耳を近づける。

 うん、うんうん。そうだね。そしたら大丈夫だね。聞いてみようか。

 レッサーパンダに笑いかけると、釣子はカップを口元に持っていって人形に飲ませる。また変なお願いがくるのだろうか。私はペットボトルのお茶を一口飲んだ。

 ゴン吉はだらりと体を椅子に預けている。メルちゃんは哺乳瓶を持っているけど、自分で飲めるほど上に上がっていなくて、ミルクは底に溜まっている。

「今、ちょっと話てたんだけどね、この子、確かにちょっと家族と離れ離れになるのは寂しかったみたい。気持ちだけが先に行っちゃって奈魚の家に行っちゃったけど、弟がまだ赤ちゃんだから、離れ離れになるのが悲しかったんだって」

 だったら最初から志願してくるなよと言いたくなる。ムッとしたように見えたのだろうか。釣子はレッサーパンダのことをちらりと見た。

「ねぇ、奈魚とこに家ごと引っ越しできる?」

 レッサーパンダの家族の家は、赤い屋根の二階建てで、四人家族だ。可愛い人形の家が自分のごちゃごちゃした部屋にあると考えるだけでお腹いっぱいだ。

「無理。うち汚いし。それにこの子——」

 名前が出てこなくて焦る。赤いワンピースを着ているからそれに関連した名前だっただろうか、それともレッサーパンダを文字ったものか。

「レクシ。L-E-X-Iでレクシだよ。レクシったら自分の名前も言わなかったの?」

 釣子がレッサーパンダを立たせて顔を覗き込む。英語のスペルまでやけに細かい所にもこだわるのが、釣子らしい。

「そう、レクシ。レクシって教えてくれたけど、私が全然覚えられなかっただけ。ほら私、カタカナの名前覚えるの苦手じゃん」

「ああ、奈魚は世界史全然ダメだったもんね」

 たとえ『はるか』とか『りさ』とかいう名前でも、覚えられなかったと思う。

「レクシは良くても家族は引っ越ししたくないと思う。まだ赤ちゃんもいるのに、いきなり引っ越しとかするのは難しいんじゃないかな」

 釣子は私の言葉に納得したようで、レクシを家族の元へ帰宅させた。ドールハウスの小さな扉が開くと、お父さんはテーブルのそばで手を広げて立っており、お母さんはベッドに寝ている赤ちゃんを見ていた。釣子はお母さんをレクシの方に向けると、頭を掴んでトットットッと歩かせる。感動の再会。レクシとお母さんは熱い抱擁を交わしてくるくると回る。おかえり、とまろい声で釣子が言う。ただいま、と甲高い声で釣子がいう。釣子は二人をそのままにして、ドアをそっと閉じた。

 釣子はそれからいくつかの家を開けて、人形を微調整した。その度に少しずつ人形たちのドラマは進んでいく。全ての家の事情を記憶して、ワンシーンごとに進ませている。私は大きくため息をついた。


 釣子が全部の人形を動かすのには時間がかかる。時々次のシーンをどうするか考えこんで、手が止まることもあった。私は唇を湿らせて、咳払いをした。

「全然違う話なんだけどさ。お父さんたち、もうお金出してあげられないって」

 緑の屋根に向かっていた手が止まった。私はこれを言うために今日来た。

 釣子は今、両親と私の仕送りを主な収入源にしている。会社を辞めたのは、社会人になって三年目の時だった。一度、半年も立たない頃にもうできないと投げ出そうとしたのを家族で止めた。まだ研修も終わり切っていないのに辞めるのは時期尚早だと言うと、釣子は恨めしそうな顔をしたけど、会社の愚痴を家で言わなかった。三年経って辞めたときは、家族の誰にも言わず、医師の診断書を実家のテーブルに置いた。休養中に始めたドール集めですぐに今までの貯金を全て使い切ると、釣子はお金の無心をしてきた。

 釣子ががこんなに辛い思いをしたのは、辞めたいと言う釣子の言葉を受け入れずに全然辞めさせてくれなかったからで、もっと早く仕事に見切りつけてれば、すぐに働きに出た。そうやって釣子が免罪符を振りかざすと、私たちは何も反論できなかった。

 バイトなら大丈夫だろうと勧めても、バイトするぐらいなら人形たちの生活を見ている方がずっと楽しいと言って、辞めてしまった。お金が全部人形に消えていくのは、慰謝料のようなものだ。釣子の精神的苦痛を和らげるために必要なのは、沢山の人形とぬいぐるみと、時間だった。ずっと働かずに仕送りができるほど、うちの家族は裕福ではない。いずれ伝えなければいけないことだった。釣子がポカンとしている間に畳み掛ける。

「ほら、来年お父さんが定年でしょ? 再雇用してもらってもう少し働くって言っても、今まで通りの給料じゃないし、老後のお金も考えないといけないからさ。来月の三月で仕送りなくなるから、それまでになんとかバイトでも仕事でも見つけて、生活費は自分で払ってもらうって」

「なんで奈魚がその話するの?」

 不意に表情が全部抜け落ちて、釣子が大人の顔になる。人形に見られているような感じがして、背筋に悪寒が走った。

「自分が全然連絡しないからでしょう。私も半分出してきたけど、お父さん辞めるんだし、私ももうかなり限界来てるんだよね」

「なんで、やだよ! 私が働けないの知ってるじゃん。今更バイトはじめようって言っても、無理だよ」

 外からの風を持ち込んでいく。イチゴ町には似つかわしくない話題だ。ざわざわ、ざわざわ、と不穏な空気が、釣子の口から作り出される。

 釣子ちゃんが外に出て働かなきゃいけないってこと? そういうことだよね。そしたら私たちはずっと動かないでいるってことでしょ。そんなの耐えられない。釣子ちゃんには僕たちとずっと遊んでて欲しい。私も! 

 釣子が絶え間なく小声で喋っているのが嫌でも耳に入る。釣子がピンクのドールハウスのドアを開ける。釣子が休養中、一番最初に買ったバービーがイチゴ町のトップを仕切っている。釣子が何かをするには、そのバービー人形にお伺いを立てる必要があるらしい。人形の胴体を掴んで耳に近づける。

「うん、やっぱり難しいなぁ。バービーちゃんも、まだ私が外に出るのは早いって言ってるし。本当ごめん。働くのはできないかな……」

 ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。釣子の頬をはっ倒したくなる。釣子が人形を盾にするのなら、両親と私はお金を持ってくるしかない。現実的でもっと切実な問題は、もうどうしようもないところまで来ている。

「いや、できないとかそういう話じゃなくて」

「だってみんなが私に出て言って欲しくないっていうんだもん」

 しれっとそんなことを言う。思わず乾いた笑いが口から漏れた。

「いい加減にしてよ。いつかは働くかなと思ってこっちは今までなんとかしてきたけど、いつまで経っても人形じゃん。なにそれ。私が好きなものを買えないでいるのに、あんたは買っていいってどういうこと? 日がな一日人形遊びしかしてないやつに、なんで貢がなきゃいけないの」

 私の怒りに対して、立ち上がったのは釣子ではない。釣子はレクシを取り、その後ろに隠れるようにして喋る。

「釣子ちゃんをいじめないで!」

 甲高い声でレクシとして喋っているのは釣子だ。努力しても、私は人形ごっこには入りこめずにいる。頭の中で煮えたぎるような気持ちと、馬鹿にする冷ややかな気持ちが順番に浮かんでくる。

「私、カバンの中に入れられて、ずっとそのままでお財布さんやハンカチさんと一緒に押し込められてすごく悲しかったんだよ。外の空気もいっぱい吸ったけど、息苦しくてとっても怖かった! 釣子ちゃんがもう、私たちのことを見てくれなくなるなんて……。あんな所に釣子ちゃんがずっと行っちゃうなんて、私耐えられない!」

 レクシのことを睨みつけた。その先にいる釣子のことも。釣子の手首をつかむ。レクシをものすごい力で握りしめていた。指を一本ずつ剥がして、手の中から無理やり人形を奪い取ると、ドールハウスがあるところに向かって思いっきり投げた。釣子が小さく悲鳴を上げる。

「人形に代わりに言ってもらうことしかできないの? ねぇ、それで私が『あぁ、そっかぁ私が悪かったね、ごめんね。もう働かなくていいよ』って言うと思ってる? ふざけないでよ。お父さんとお母さんがどれだけ心配してると思ってるの? ただ引きこもってるだけじゃなくて人形遊びをしてる大人に、金だけやっててもしょうがないよ、もう限界なの! 元気なんでしょ? もうとっくに治ってるんでしょ」

 釣子はもうとっくに病院通いを辞めていた。代金を送ったところで病院には行かずにコレクションに変えられてしまう。

「奈魚ちゃん、その言い方は狡いよ。釣子ちゃんがうまく答えられないことを見越してそういうこと言ったよね。僕は昔から奈魚ちゃんのことを知っているけれど、そんなことをするような子じゃあなかったでしょう」

 私はゴン吉を釣子の手からひったくって、テーブルの上に叩きつけた。弾みでティーカップから紅茶が溢れて、ゴン吉の耳を濡らしていく。

「ゴン吉に向かってそういうことするの? お姉ちゃんだって昔ゴン吉と一緒にたくさん遊んだじゃない」

「遊んでない」

「遊んだよ! お姉ちゃんも好きだったでしょ? 思い出してよ」

「私はいつもあんたがやりたいって言うからやってたの!」

 自分が持っていたぬいぐるみは、釣子と人形遊びをする時にだけ使われた。私のものだったけど、一人遊びの時は釣子が使っていたし、私がいない間に母がぬいぐるみを使って釣子と遊んでいたこともある。小学校に上がると早々に捨てた。

 イチゴ町、釣子が大事に拡大してきた町。私の両親と、私の金が、こんなものになってそこに存在している。

 私ははイチゴのマットが敷かれたリビングへ行くと、一番端の家を思いっきり蹴った。プラスチックのカシャカシャという家具の倒れる音がする。家をなぎ倒していく。蹴っても倒れなかった家は、手で倒した。窓から人形が飛び出してきた。人形の表情は変わらない。人形はどんな風に扱われても悲しくはならない。

「こんなもの! こんなものやってる暇あるなら働けよ! 何でいい大人が人形ごっこなんてしてんだよ!」

 爪先が痛い。何かのパーツが足裏に突き刺さる。それでも壊さずにはいられなかった。こんなものがなければ今できたことが、山ほどあった。夢中で壊していると、釣子に後ろから羽交締めにされた。釣子は私よりも身長が高い。振りほどこうとしてうまく行かず、足が持つれる。あ、まずいと思った瞬間、凄まじい音がした。屋根のパーツは外れ、何かの部品が背中に突き刺さっている。かわいそうに、と他人事のように思う。釣子が集めていた家々は、大災害に見舞われた。子どもが買っていたら、もっと一つ一つの家のドラマは進み、家族は潰されなかったかもしれない。天井は、アパートの殺風景な白いものだった。ここに空でも貼り付けられていたら、もっと発狂したかもしれない。

「帰って! お姉ちゃんもう帰って!」

 釣子の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。床に寝転んでいる私を引っ張り上げると、肩をぐいぐいと押して玄関まで押しやろうとする。私は前のめりになりながら釣子の家を出た。


 外はすっかり夜になっていた。一気に寒さが身体の芯まで入り込んでくる。釣子の家を出る時は、いつも誰かの子守りをした後のように、ぐっとエネルギーを吸い取られてしまう。背中を触ると、ピリッと痛みが走る箇所があった。あの人形たちは、私のことを一生恨むだろう。そういえば私は、昔から人形ごっこなんて好きじゃなかった。相手が動かす人形に合わせて自分の持っている人形を動かすよりも、突如現れた怪獣として町をなぎ倒していく方がしっくりくる。そうやって時々釣子が丁寧に並べたテーブルセットをなぎ倒して泣かれた。きれいに並べられた家、次のシーンになるまでじっと出番を待つ人形たち。そういう小さなものを破壊するのが、昔から私の役目だった。

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