消えない涙

尾長律季

第1話

 ここには誰もいない。私を知っている人も、私が知っている人も、誰もいない。私は、ひとりぼっちだ。どこにも居場所がなく、ただ通りすがる人を眺めては、羨ましがるだけだ。

「おい。何しているんだ。」

知らない男が声をかけてきた。

「別に。あなたには関係ない。」

「いや、違う。ここは俺の家のベンチだ。関

係は、一応あるだろう。」

この人は、何を言っているのだろう。私と同じような身なりをして、俺の家だって言うのか。しかも家なんて見当たらない。

「馬鹿にしないでおくれよ。あなたの格好を

見れば、私と似た境遇だってすぐに……。」

「そうか。」

私の話を遮ってそう言うと、手招きをしてから歩き出した。一体どこへ行くのだろう。人気のない場所へ行きそうだったら、一目散に逃げ出さなければならない。というより、こんな男について行って良いのだろうか。怪しい以外の何者でもないこんな男に。そんなことを考えていると、男が急に止まった。どうやら目的地に着いたらしい。

「ここだ。」

「は?」

男が指差す方には、ベネチアにでも建っていそうな赤い家があった。二階建てで、ベランダには、服が大量に干してあった。

「あなたの家……?」

「おう。」

「意味がわからない。」

男は、こちらに目を合わせると、何も言わずに家の中に入って行った。着いてこいということだろうか。

「ちょっと、待って。」

男は歩くのが速すぎて、私の声など聞こえていないようだった。家の中に入ると、お風呂場に案内された。

「入れよ。」

「入れ……は?入るわけないだろ。大体、ベンチのことも聞いていないし、私を置いていくなよ。急になんなんだ。」

「聞きたいことがあるなら、お風呂に入って

からだ。質問はいくらでも受け付ける。とりあえず、入れ。バスタオルと着替えは後で用意しておく。じゃあ。」

なぜ。なぜだ。本当に意味がわからない。ピシャンと閉められた引き戸をただ見ることしかできなかった。

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消えない涙 尾長律季 @ritsukinosubako

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