第66話 最初の一歩は大変です
翌朝、駅に行くと優子が待っていた。
「おはよ、悠斗」
「おはよ、優子」
いつもと同じように一緒に改札に入りいつもと同じように電車に乗って隣同士で吊革につかまる。
何も話さないけど優子と一緒に居ると心が落ち着く。この雰囲気にはやはり気持ちが揺らいでしまう。
学校の最寄り駅に着くといつもは優子が先に行くのに今日は並んで歩いている。でも俺は何も言わない。少し歩いていると
「悠斗」
「なに?」
「戻れないかな?」
「俺も同じ気持ちだけど、陽子ちゃんの事を思うと出来ないよ。だから…塚野さんと付き合ってみる事にした」
「えっ?!」
そうか、悠斗はやはり妹の事を気にしていたのか。
「陽子の事が大丈夫ならいいの?」
「そんな事出来ないだろう」
「陽子と話してみる」
「でも俺は塚野さんと付き合うぞ」
「ふふっ、彼女と上手く行く自信有るの?」
「正直無い」
「分かる。悠斗の事は良く分かるから。矢田さんや遠藤さんとも無理でしょ」
「分かっているな」
「うん」
もうすぐ校門だ。
「悠斗、先行くね」
「ああ」
優子もそう思っていたか。陽子ちゃんと話してみるとは言ったけど難しいだろうな。
さて塚野さんとどうやって付き合っていこうかな?取敢えず図書委員にでもなるのが手っ取り早いんだろうけど、性格的に出来ない。取敢えずは今日の放課後だな。
午前中の授業が終わって大吾とお昼を食べようとしたところでみんなの視線が教室の後ろのドアの所に集まった。
何だと思って見ると、えっ!桂さんだ。
「あっ、悠斗さん」
彼女がそそくさと寄って来ると
「悠斗さん、お昼ご飯一緒に食べましょう。悠斗さんの分も作って来ました」
「「「「えっ?!」」」」
これには俺だけでなく、教室にいた生徒全員が驚いた。
「何を驚いているんですか。昨日悠斗さんの家に伺った時、言いましたよね。友達からでも良いです。でも将来は私の夫になって下さいと」
「「「「えーっ!」」」」
―ねえ、聞いたよね。夫って。
―うん、間違いなく聞いた。
-学年、いえ七尾高校のマドンナ桂美優さんが…。
-ついに!
-おい、聞き間違いじゃないよな。
-ああ、俺も聞いた。
-俺の夢は何処に…。
「悠斗さんの教室は賑やかですね」
あなたが原因ですよ。
「桂さん、いきなりは…」
「いいではないですか。悠斗さんが十八になれば結婚するのですから。それに美優と呼んで下さい」
-俺、死んだ。
-俺もだーっ。
「桂さん、もっと自重してくれないと嫌いになりますよ。それとお昼は大吾と一緒と決めているんです。邪魔しないで下さい」
「えっ?!そ、そんなぁ」
「今日は仕方ないですけど、明日からは来ないで下さい!」
桂さんがショックでお箸を床に落としてしまった。仕方なく俺はその箸を拾ってから、バッグの中に入れてあった予備の割りばしを渡そうとしたところで、彼女はお弁当を仕舞うと教室を出て行ってしまった。
「悠斗、言い過ぎじゃないか」
「あの位言わないと。俺はもう心に決めた人がいる」
「「「「えっ?!」」」」
矢田さん、塚野さん、遠藤さんが期待と不安な顔で一杯になっている。優子をチラッと見ると何でもない顔をしている。まあ、優子は知っているからな。
私は悠斗さんにお箸を拾って貰ってからお弁当を蓋して直ぐに自分の教室に戻ってしまった。
あんなにはっきり言われるなんて。悠斗さんは私の気持ちを分かって言っている。確かに私ははっきりと言いましたけど、それは彼を好いている他の三人にカウンタを当てる為だった。
でもそれが裏目に出てしまった。挙句、明日から来ないでくれと言われた。何という失態。
これでは昨日やっとスタートラインに立てたと思ったのにペナルティを貰ってと同じではないですか。
不味いです。とにかくよく考えて行動しないと。
悠斗の奴、心に決めた人が居るって言っていたけど、少なくとも桂さんじゃなさそうだ。となるとこの三人の誰か?
気になるのは悠斗の言葉に驚かない人が一人いた。渡辺さんだ。まさか彼女を選んだんじゃ。
俺は、大吾がお昼を食べ終わると直ぐに
「大吾、ちょっと良いか」
「ああ、構わないけど」
人気の少ない階段下に行ってから小声で
「大吾、塚野さんと付き合う事にした。彼女には今日の放課後、言うつもりだ。それから矢田さんと遠藤さんにもはっきりと言う」
「悠斗、渡辺さんは?」
「優子はこの事を知っている」
「やはりな。塚野さんか。お前彼女と付き合えるのか?」
「やっぱり大吾も分かっているのか?優子と同じだな」
「当たり前だ、何年の付き合いだと思っている。しかし渡辺さんも分かったとは…良いのか渡辺さんじゃなくて」
「陽子ちゃんの事があるからな。優子が話してみるとは言っていたけど」
「そうか。当分大変そうだな」
「取敢えずこれで行ってみるよ」
「悠斗が決めたんならそれでいいけど」
教室に戻ると矢田さん、塚野さん、遠藤さんが俺をジッと見ている。何か言いたそうだけど無視した。
放課後になり、俺はいつものように図書室に行って受付に座っている塚野さんに小声で
「今日一緒に帰って下さい」
と言ったら彼女思い切りの笑顔を見せた。
遂に決めてくれたんだ。私なんだ。早く予鈴が鳴って欲しい。
やっと予鈴が鳴った。返却された本を書棚に戻すと急いで図書管理システムを終了してPCをシャットダウンした。
もう彼以外に残っている人はいない。図書室の中を一通り見て落とし物とか汚されていないか確認すると
「悠斗さん、終わりました。今から職員室に鍵を返してくるので昇降口で待っていて下さい」
「分かった」
俺が靴を履き替えて昇降口で待っていると、走る様に塚野さんがやって来た。急いで履き替えると
「準備出来ました」
帰ろうとか言わないの?
「帰ろうか」
「はい」
いよいよだ。心臓の高鳴りが彼に聞こえそうなくらい大きい。彼が歩くのを止めた。私も止まると
「塚野さん、俺と付き合って下さい」
「は、はい!」
やったぁ。私の勝ちだ!
「今日はこれだけ言いたくて」
「あの矢田さんや遠藤さんには?」
「明日、君と付き合う事に決めたとはっきり言うよ。だけど、直ぐには収まらないだろうからそれだけは勘弁して」
「分かっています。あのじゃあ、今度の土曜日とか会えます?」
「土曜だけじゃなくて、毎日一緒に帰るよ」
「やったぁ!」
「えっ?」
「あっ、ごめんなさい。あまりにも嬉しくて」
「そ、そうか」
優子だったら静かに頷くだけなのに。
駅まで行くだけでも塚野さんは賑やかだった。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
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新作公開しています。読んでくれると嬉しいです。
お馬鹿な彼と恋愛不向きな私の恋愛模様
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