第65話 桂さんはお気に入り
日曜日。俺は午前八時半には起きて朝食を摂って自分の部屋で待っていた。何故か梨花も出かけていない。
午前十時になるとインターフォンが鳴ったのでカメラで一度確認してから玄関のドアを開けた。あの時とは全く違った桂美優さんが立っていた。
白地に紫色の花柄のワンピースに薄いニットのカーデガン。唇にはピンクのルージュ。長い髪の毛を後ろ首元辺りでまとめて、また緩やかに流れている。
後ろには俺と同じ身長位のきっちりと紺のスーツを着込んだ男の人とその隣には綺麗な女性が立っていた。
「柏木君」
「桂さん」
後ろからお母さんの声が掛かって
「悠斗、上がって頂きなさい」
「あっ、済みません。上がって下さい」
「お邪魔します」
俺は三人をリビングに連れて行くと長いソファーの方に座って貰った。お母さんがお茶菓子を持って入って来るとお父さんも一緒に入って来た。
最初に桂さんのお父さんが
「桂大輔(かつらだいすけ)です。隣に居るのが妻の慶子(けいこ)です。
この度は柏木悠斗君に美優の命を助けて貰い、言葉の表しようも有りません。本当にありがとうございました」
三人で頭を下げている。お父さんが
「頭をお上げください。息子が役に立てて良かった」
「おい」
桂さんのお父さんは奥さんの方に促すと
「これはベルギー王室ご用達のケーキです。どうぞお召し上がりください」
「これはご丁寧に」
大きな箱が出された。なんか凄いな。
「次にこちらですが気持ちの一つです。お納め下さい」
こっちも大きな箱だけど、お菓子じゃない様な。
「これは?」
「はい、我が家に伝わる金の鳳です。娘が嫁ぐ時に持たせる品です」
「あの、それはどういう意味で?」
「はい。あの時、悠斗君に助けて貰えなかったら、娘はここに座っていなかったかも知れません。
娘はあの時以来、悠斗君をたいそう気に入ったらしく、年齢が来たら嫁いでも良いとまで言っています。
娘とも話しましたが、心は固くどうしても悠斗君の妻になりたいと言っております。
ですからこの度は、これをお納めして頂きたく…」
「ちょっと待って下さい。悠斗お前の気持ちも同じなのか?」
「いや、俺はまだあの時、桂さんを知ったばかりで…」
「悠斗さん、ホテルのフロントで言ったじゃないですか。お付き合いくださいと。最初は友達からも良いです。でもいずれは私の夫になって下さい」
「えっ…!」
そこまで思って、あの時言ったの?
「娘もこう言っています。ぜひお納めください」
「ですが…」
「悠斗君。娘から聞いた所によると成績は優秀で一年からずっと学年一位を維持していて、武道の心得も有り、暴漢から救われた人も何人もいると聞いています。
こう言っては申し訳ないですが、私から見てもしっかりしておられる。娘を嫁がせる男としては申し分ないと思っています。
もちろん、悠斗君の気に入らない所が有れば直させます。どうだろうか悠斗君。結婚を前提に娘とお付き合い頂けないか」
参ったぁ。こんな事を言われても理解のしようがない。
「済みません。桂さんのお父さん。まだ桂さんの事は全く知らないのが現実です。どんな人かも知らない人と結婚を前提にお付き合いする事は出来ません」
「悠斗さん、最初はその前提は無くても構いません。友達からで良いです。悠斗さんが多くの女性から好意を寄せられているのも知っています。でも私はあの人達には負けません。必ずあなたの心を引き寄せて見ます」
「どうする悠斗?」
「桂さん、友達からは良いですけど、必ずあなたを選ぶ保障なんて無いですよ。それを理解していてくれるなら」
「それでも構いません」
桂さん家族はそれから三十分程いて、桂家の事とから色々話してくれたけど、俺にとってはそれ以前の話だ。金の鳳は流石に辞退した。
玄関まで送ると大きな黒塗りの車が停まっている。ずっと停まっていたのかな。三人を送った後、家の中に入りお父さん達と話した。
「悠斗。桂さんの娘さん、美優さんだっけ。どうするんだ。親が子の恋愛ごとに口を出すのは気が引けるが流石に不味い様な気がするんだが」
「正直な話だけど、陽子ちゃん、矢田さん、塚野さん、遠藤さんとは付き合う気は全く起きていない。
友達なら良いと言っているけど、それじゃあ駄目みたいで俺も困っている。もう面倒くさいんだ。恋愛って言う奴が。
あえて一番いいとすれば優子だよ。やっぱりあいつが一番しっくりくる」
「「「えっ!」」」
「悠斗、あの子はお前を裏切ったんじゃないの。いつの間に」
「お母さん、確かに優子は俺を裏切った。それから俺は優子とずっと距離を取り続けて来た。
でも優子が何故そんな事になっていたのか、なぜ俺がそれに気が付かなかったか。よく考えてみれば俺が馬鹿だったんだ。
それに気付いてから優子に、話す事位は良いけどそれ以上は無理だと言ったんだ。それでも彼女からは話しかけても来ないし距離を取り続けて来た。
ある時、偶然優子と会って川べりを歩いた時があった。何も言わずに長い間二人で歩いていた。
でも俺の心と体が彼女を拒否しなかったんだ。むしろ居心地の良さを感じた。それ以来、優子と少しずつ話すようにもなった。
金曜日、昼を買おうとコンビニに行った時、優子と偶々会ってイートインで話しながら一緒にお弁当を食べたんだけど、何も違和感なく一緒に居て心地よかった。
彼女となら元に戻れるかもしれない。でもあいつが拒否するかもしれないから何も言わないでいる」
「そういう事なの。お母さん全然知らなかったわ。そこまで心の中で許しているなら悠斗の気持次第ね。
でも桂さんのお嬢さんがあそこまで言って来たという事は、他の子達よりも面倒よ。厳しいけど悠斗にその気がないなら今のうちにはっきりと断らないと他の子達と同じになるわ」
「ちょっと待って!」
私は二階から桂さん一家と我が家の会話を聞いていた。リビングと二階では聞き取りにくい所もあるけど、とんでも無い事をお願いされている。不味い。なにか考えないと。
そう持っていたら、桂家を送った後、今度は両親とお兄ちゃんが話し始めた。聞いていると流石に聞き捨てならない事をお兄ちゃんが言ったので降りて来た。
「梨花!」
「何だ梨花、聞いていたのか?」
「まあ聞こえてしまったというか。
お兄ちゃん優子さんとだけは戻らないで。それを陽子ちゃんが知ったら、あの子どんな事になるか。
お願いだから優子さんとだけは戻らないで。付き合うなら今の人でもいい、他の人でもいい。でも優子さんだけは駄目」
梨花はやはりそう来たか。そうだろうな。陽子ちゃんの気持ちを思えばそう言って来るよな。やっぱりあの姉妹のどちらかと付き合うのは無理か。
矢田さんは無理、見えないものが多すぎる。遠藤さんは知らなすぎる、今から知る気もない。残るは塚野さんか。消去法の様な感じで申し訳ないが、そろそろ決着する時が来たか。
でもどうやって言えばいいのかな?それにそれを口にしたら揉めそうだし。俺が悪いか。何かいい方法がないかな?
しかし、塚野さんいい子だけど…。どうやったらあの子を好きになれるのかな。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
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新作公開しています。読んでくれると嬉しいです。
お馬鹿な彼と恋愛不向きな私の恋愛模様
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