第56話 矢田さんのお誘い

最後に大事なお知らせが有ります。


―――――


 陽子が泣きながら自分の部屋に入って行った。何が有ったんだろうか。あれ以来妹とは全く話をしていない。


 今は、悠斗を追いかけているはずなのに。まさか悠斗が陽子を…。彼がそんな事出来るだろうか。


 彼は今、塚野さんと矢田さんに言い寄られている。どちらを選ぶかなんて興味無いけど、彼は矢田さんを選ばない。


 それは、私がこうなった理由の原因を知っているからだ。だとすれば塚野さんか。でも彼が塚野さんに興味を示すとは思えない。


 これは長い間彼といたから分かる。確かに塚野さんは可愛いし優しい。でもそれだけじゃ彼の心は動かない。


 …もしかして私にチャンス有るかな。ふふっ、有る訳ないか。彼を裏切った私を許す訳ない。


 でも最近の悠斗の態度は前と同じ感覚に近い物になっている。黙っているからこそ分かる。


 そんな事思っても今の素敵な関係を壊す気にはならない。本当に陽子どうしたんだろう。その内いやでも分かるか。




 私は、悠斗さんから嫌われてしまった。私の彼への思いに歯止めが掛らずに彼の心の限界点を考えずに踏み込んではいけない所まで勝手に入ろうとして嫌われてしまった。


 悲しい。自分の愚かな行動が招いた結果。最悪だ。明日から何に希望を持って生きて行けばいいんだろう。


 そういえば、最近あの人の雰囲気が悠斗さんを裏切る前に戻ったように明るい。新しい彼氏が出来た素振りもない。


 じゃあなに?まさか本当にあの人が悠斗さんと因りを戻したから私が振られた。そんな事ない。絶対に無い。あんな女に彼が心を許すはずがない。あんな女に私が負けるはずがない。




 俺は、家に帰るとまだ梨花は帰っていなかった。陽子ちゃんを追いかけて行ったから一緒に居るのだろう。


 陽子ちゃんには結局厳しい言葉を掛けてしまったけどいずれこうしないといけなかったんだ。だからもう遅かれ早かれこのタイミングだったんだろう。


 優子は普通に接する事が出来るのにおかしなものだな。さて、今週末の三連休、土曜日は稽古。日曜日は塚野さん。そして月曜日が矢田さんだ。彼女、俺に何の用があるのかな。



 週末まで梨花は俺と口も利かなかった。俺が陽子ちゃんを振った事に起因しているのは分かるけど…。まあ予想していた事、そのうち機嫌直すだろう。



 日曜日は朝から塚野さんと会った。渋山で映画を見て食事して色々話した。彼女は明るくて可愛くて心優しい女の子だ。


 普通だったら申し分ない子なのになんで俺はこの子に心が向かないんだろう。どうしても友達の域を出ない。何かきっかけが必要なのかな。




 そして次の月曜日祝日。俺は矢田さんに言われた場所に来ていた。そう、ナナ公前交番の前だ。まあ、渋山だったらここが一番安全だよな。でもあの人ボディガードがいるし。必要なかったんじゃないか?



 指定された午前十時の二十分前に行くともう彼女は来ていた。真っ白な半袖ワンピースに白のローヒールの靴を履いている。いかにもお嬢様って感じだ。そして横にはこの前も見たサングラスを掛けた怖い男の人が居る。


「おはよう、矢田さん。早いね、まだ二十分前だよ」

「ふふっ、早く柏木君に会いたくて」


「お嬢様私はこれで」

「ご苦労様。帰りは駅で良いわ」

「かしこまりました」


 怖そうな男の人が彼女に頭を下げてから交番の横にあるアンダーガードの方へ歩いて行った。来たのは車だろう。


「矢田さん、返していいの?」

「だって柏木君がいるんだもの。問題ないでしょ」

「過大評価だと思うんですけど」

「ふふっ、頼りにしているわ」


「ところで今日は何処に?」

「うん、買い物に付き合って貰って食事して散歩して、一杯話したい」

「そ、そう。分かった」


 ふふっ、今日は柏木君とデート。思い切り私の魅力を見せてあげたい。彼が望むならあそこに行っても構わない。でもまだそれは先の話。今日はゆっくりと彼と接するんだ。


 最初、西急スクエアに行って、次に西急ストリームに行った。女の子の定番ルートなのかな。

 そこではウィンドウショッピングと実際の買い物を兼ねている様だ。

「柏木君。これ似合うかな」


 見せて来たのはブレスレット。有名なホルメスのブランドだ。値札は高校生が買えるとは思えない値段。


「矢田さん、可愛いからなんでも似合うよ」

「もう、そういう言い方しないでもっと真剣に見て」


 私は、そっと彼に寄り添う様に体を近付けてブレスレットを腕に付けて見せた。

「柏木君も付ける?お揃いの買おうか」

「い、いやいや。こんな高級品。俺の様な高校生に買えるはずがないよ」

「いいの。もし柏木君が気に入ったのなら私がプレゼントしてあげる」

「け、結構です」

「じゃあ、こっちは?」

「うーん。さっきの方が」

「じゃあ決まり」


 彼女はとっても素敵なお財布からブラックのクレジットカードを店員に渡すと店員が驚いた顔をして彼女とカードを二度ほど見た後、会計処理をした。


 そしてショップの出口まで可愛い紙袋を持って来て矢田さんに渡し深々とお辞儀してお礼を言った。


「矢田さん、いつもそのカードで払うの?」

「ううん。普段はお母様と一緒に来るから私は払うとかはしない。今日は柏木君とだから」

「そっか」


「あっ、結構な時間経っちゃった。お昼このビルのお店予約しているんだ」

「えっ?!そ、そうなんだ」

 俺払えないよ。〇ックで良いのに。


「ふふっ、柏木君。お店で支払いは無いわ。請求は家に行くから大丈夫」

 分からないよこの人の生活レベル。


 行ったのは四階に在る、入口見ただけでも高級と分かる寿司屋。並んでいる人を無視して彼女は受付の女性に

「矢田です」


 受付の人が中に入って行った。少しして店長と思われる人が出て来た。

「矢田様、お待ちしておりました。お部屋は用意しております」

「ありがとう」


 俺、デニムにポロシャツなんだけど。


 部屋に通された。四畳位の部屋だ。二人で食べるには大きい部屋。直ぐに料理が運ばれて来た。


 あっという間にテーブル一杯に並べられた。

「凄い量だな」

「大丈夫。みんなとても消化いいから。全部食べて。柏木君と一緒に食べたかったんだ」

「じゃあ、遠慮なく」

 凄く綺麗に盛り付けられた日本料理だ。素敵な絵皿に盛り付けられている。


「なあ、矢田さんって」

「家の事?私の家は一部上場企業の建設業を営んでいる。もう創業百年を超える会社。その創業一族が矢田家。簡単に言うとそんな所かな」

「なるほど、凄い会社のご令嬢って所だね」

「そんな事ないわ。私は家を出る身だから。居る間だけ良い思いをお裾分けして貰っているだけ。結婚相手が普通のサラリーマンだってかまわない。柏木君なら最高だけど」

「えっ?!」


「あっ?!ご、ごめんなさい。つい思いが」

「あははっ、矢田さんって冗談上手いな。俺なんか矢田さんと釣り合う訳ないよ。ご両親が良く言うじゃないか。どこの馬の骨だとか。あれを言われてしまうよ」

「そんな事ない。お父様は私の事一番に考えてくれる。私が選んだ人を断るなんて無い」

「あの、話が凄い方向に」

「あっ、ごめんなさい」


 矢田さんが下を向いて真っ赤になっている。言われた事は呆れるけど、こうして見ると可愛い所もあるんだ。


「そうだ、柏木君。私のお父様に会ってみる」

「いやいや。まだ無理だよ。友達だけどもっと時間置かないと」


 えっ、時間を置いて愛情を育んでいけばもしかしたらが有るの?やったぁー。


 あれ今度は思い切り嬉しそうな顔している。

「矢田さんって面白いね」

「そ、そっかな」


 一時間以上、色々な話をしながらほとんど食べてしまった。でも胃に全然もたれない。流石高級店の料理だ。



「柏木君。お買物もう一つあるんだ。付き合って」

「いいけど」



 行ったのはポルコだ。エスカレータを使って上の階に行くんだけど降りて行ったフロアは、

「あの、矢田さん。俺そっちのベンチで待っているから」

「駄目、一緒に選んで」

「そんな事言われても、俺は何にも言えないよ。外で待つ」

「駄目」


 周りのご婦人の視線が厳しい…んじゃなくて何故か笑っている。どうして?


「じゃあ、早く選ぶから」

「矢田さんが選ぶなら俺必要ない」

「必要」


「あのお客様。ここでその様にされていると他のお客様にご迷惑なので。男性の方が一緒でも当店は問題ないですよ」

「ほら」

「え、えーっ!」


 矢田さんが手に取る度に俺の顔に見せつけてくる。さっと横を向いて目を閉じるのだけど

「いつまでも選べない。ずっとここに居る事になるよ」


 脅しに屈して、結局、可愛い花柄の刺繍の有る奴と真っ白な奴を買った。お店の外にやっと出れると


「矢田さん、何で俺をこんな所に!」

「ふふっ、どうしてかなぁ。柏木君の好み知りたかったし」

「はぁ、俺の好み?」


 直ぐに頭に浮かんだのは優子の下着だ。参った。頭を振って打ち消すと

「ま、まあ。適当で」


 彼の顔が真っ赤になっている。渡辺さんと経験あるはずだから慣れていると思ったけど結構純情だ。嬉しくなってしまう。



「あの矢田さん。もう午後三時を過ぎているんだけど」

「まだいいじゃない。でも柏木君が疲れたなら仕方ないわ。美味しい紅茶飲んで最後にしましょうか」


 本当は、この後、散歩にかこつけて勢いで行ってしまおうかという考えも有ったけど、ここは彼の気持ちを優先。


 連れて来られたのは近くの紅茶専門店。一応男女比が半々だから入るには抵抗が無かった。


「柏木君、今日は本当にありがとう。とても嬉しかったよ。私ばかり楽しんでしまってごめんね。

 またいつか二人で会える時が有ったらその時は柏木君の行きたい所だけにするから」

「そう言ってくれると嬉しいよ。でも俺も楽しかったよ。あのお店以外は」

「ふふっ、私は嬉しかったなぁ。柏木君が選んでくれた奴を明日早速着けて行くね。意識して見てね」

「え、えっとー。そんなに急がなくても」



 そこの紅茶専門店にも一時間位いた。もう午後四時半だ。十分に明るいけど彼女が駅まで送ってくれというので送る事にした。駅はプールに行った時に知っている。大吾の家の隣駅だ。


 その駅まで行くと

「改札出るまで」

「分かった」


 俺は改札まで送ると、朝いたサングラスのお兄さんが改札の外で待っていた。

「お嬢様、お待ちしておりました」

「うん。柏木君ありがとう。今日はとても楽しかったよ。またね」

「うん。じゃあ明日学校で」



 私は車の中に入ると

「康子。あの子がお前が好きになった子か」

「うん、頭が良くて武道の経験が十分有って、私が一生傍に居てもいいと思った人」

「そうか」


 これでお父様に柏木君を知って貰う事が出来た。こういうことは急いでは駄目。ゆっくりと一つ一つを大切にしていかないと。そして秘めている事が大切。


 でもこれで、彼は学校で私の事を嫌でも意識しないといけなくなる。ふふっ、明日からが楽しみだ。


―――――

お知らせです。

 私の個人的な理由でも申し訳ありませんが、当分の間、投稿を一日もしくは二日置きとさせて頂きます。

 読者様から頂いているご感想は全て読ませて頂いておりますが、ご返答は当分の間、無しにさせて頂きます。書かれたご感想は必ず読ませて頂きます。

勝手な事を言って申し訳ありませんが宜しくお願いします。


次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。


新作公開しました。

お馬鹿な彼と恋愛不向きな私の恋愛模様

https://kakuyomu.jp/works/16818093078506549056

宜しくお願いします。

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