第55話 陽子ちゃんの説得は難しい


 陽子ちゃんと家の最寄り駅で別れた後、どうやって彼女が俺を諦めてくれるか考えた。


 梨花の事も有るし、厳しい言葉なんて使えないし使いたくもない。出来れば彼女が仕方ないと思う様な理由を見つけないと。


 姉妹の理由なんて、簡単にかわされてしまう。梨花に相談する事も出来ない。どうしたものか。



 俺が家に帰り、自分の部屋に入ると早速、梨花が声を掛けて来た。

「お兄ちゃん、お帰りなさい。陽子ちゃんと一緒に勉強したんでしょ。どうだった?」

「ただいま。どうだったって言われてもな。図書室で少し一緒にしていただけだし」

「帰りも一緒だったんでしょ」

「そうだけど」



「なあ、何で梨花はそんなに俺に陽子ちゃんを勧めるんだ?」

「陽子ちゃんがお兄ちゃんを好きだから応援しているだけ」

「梨花、俺さぁ、あまりしつこい人嫌いなんだ。纏わり付く様に来られると疲れるんだよ。

 陽子ちゃんはとてもいい子だとは思うけど、今の状況だと拒否するしかない位になっている」

「えっ?!」


「今は、梨花のとても大切な友達だから声を掛けられても傍に来られても我慢しているけど、流石にきつくなって来たよ」

「で、でも遊園地で抱き合っておでこにキスまでしたんでしょ。陽子ちゃんの事好きじゃないの?」

「あれは、状況上仕方なかったんだ。ああするしかないかった。あんな狭い所で強引に抱き着かれてらどうしようも無いよ」

「……………」


 私は何か勘違いしていたんだろうか。お兄ちゃんは陽子ちゃんを好意的に見てくれている。


 そしていつかは正式に付き合うものだと思っていた。でも今お兄ちゃんが言った言葉は明らかに陽子ちゃんを拒絶する言葉。


 不味い、不味い、不味い。このままでは不味い。


「じゃ、じゃあさ。少し時間を空けるとかすればいいの?」

「そういう問題じゃない。人を好きになるって事は時間が必要なんだ。相手がいくらこっちを見ていてもこっちがその思いを心の中で沁みつかせられなければ人を好きになる事は出来ないって言っているんだ。

 一つ一つの事をもっとゆっくり大事に育てないと相手はそれに埋もれてしまい逃げる事を選ぶ。拒否という感情で」

「……………」


「だから、梨花が本当に陽子ちゃんを俺に勧めるなら一つのイベントが有ったらそれを醸成する時間をくれないと無理だ。はっきり言って今のままでは陽子ちゃんに厳しい言葉を掛けないといけなくなる」

「えーっ?!そ、そんなぁ。

 お兄ちゃん、待って、陽子ちゃんを切る様な言葉だけは絶対に言わないで。お願いこの通りだから」


 梨花が腰を曲げて頭を下げて来た。


「梨花、今すぐどうとは思っていないけど、今週末も会うと言っているのに今日のような事をしてきたりするのは、反対の効果しか産まないから。もう良いか、俺、勉強したいんだ」

「ご、ごめん」


 梨花が部屋から出て行った。


 勉強したいなんて嘘だ。梨花も執拗すぎるから言いたくない言葉を言ってしまった。この事は梨花から陽子ちゃんに伝わるだろう。


 これで少しは自由にしてくれるといいんだが。これなら今の優子との距離感の方がよほどいい。



 次の朝、いつもの様に梨花は先に登校した。昨日の事を陽子ちゃんに上手く言ってくれると嬉しいのだけど。


 改札に行くと優子が待っていた。

「悠斗おはよう」

「おはよう優子」


 今日も悠斗と一緒に改札を入って同じ電車に乗った。吊革につかまって並んで立っている。何も話さない事が気持ち良くなっている。この静かな時間がいい。


 学校の最寄り駅に着くと

「悠斗、先行くね」

「うん」


 ふふっ、心が軽やか嬉しくて堪らない。ずっとこんな時間が続いて欲しい。




 教室に入って自分の席に着いた。いつもの様に大吾、塚野さん、矢田さんと朝の挨拶をする。

 塚野さんは、べたべた来ないから助かる。時間が必要だから余計助かる。


「柏木君」

 矢田さんが声を掛けて来た。後ろを振り向いて


「なに?」

「今週末の三連休なんだけど…」

「なんだけど?」


「一日いや半日でも良いから時間無いかな?」

「……………」


「駄目だよね。ごめん声を掛けて」

「いいよ」

「「えっ?!」」


 何故か、塚野さんまで反応した。


「偶にはいいよ。友達なんだから」

「そ、そっか。友達だもんね」


 どうしたんだ悠斗、面白い事しているな。


 そっか、矢田さんはあくまでも友達。私とは違うから。もう柏木君焦ったじゃない。そういえば今週末は彼から会いたいって言ってくれている。矢田さんとは全然違うから構わないか。



 放課後になって、俺はいつもの様に図書室に行った。もう習慣になっている。前は家に帰ると優子の事を思い出すからここに来ていたけど、今は優子の事はそこまで固執していない。帰っても良いけどここでやるのも悪くないからだ。


 いつもの席で勉強を始めると

「お兄ちゃん」

 

 振り向かなくて梨花だと分かる。

「何?」

「今から一緒に帰れない?」


 振り向いて梨花の顔を見ると、そういう事か。

「分かった。昇降口で待っていて」

「うん」



 梨花が行った後、教科書とノートをバッグに仕舞って出口に向かった。受付に座る塚野さんが心配そうな顔をしているけど、俺は受付を通り掛けに体を少しだけ受付に傾けて、心配しないでと言って図書室を出た。



 昇降口に行くと案の定、梨花と陽子ちゃんが待っていた。

「帰るか」

「「うん」」


 三人で黙ったまま、校舎を出て校門も過ぎると

「お兄ちゃん、ファミレスとか寄れない?」

「どうしても?」

「うん、どうしても」

「いいよ」



 駅の傍にあるファミレスに入って三人でドリンクバーだけ頼んで、ドリンクサーバーから好きな飲み物を持って来ると


「お兄ちゃん、昨日の事なんだけど……。陽子ちゃん」

「悠斗さん。ごめんなさい。悠斗さんの気持ちも考えずに私の思いだけを押し付けてしまって。本当にごめんなさい」

「いいよ、分かってくれるなら」


 陽子ちゃんが下を向いてハンカチを目に当てている。

「ごめんなさい。どうしていいか分からなくて。本当に悠斗さんの事が好きで、気を惹き付けたくて、惹き付けたくて。何も考えずに。

 でもこれからどうすればいいか分からないんです。悠斗さんの事を考えただけで何も手に付かなくて」

「陽子ちゃん、俺をそんなに好いてくれるのは嬉しいよ。でも君の方に心は向かないんだ」

「ど、どうすればいいんですか。悠斗さんの心を私に向けるにはどうすればいいんですか。何でもします。なんでも差し上げます。だから私を…」

「ごめん」


 陽子ちゃんが目にハンカチに当てたまま出て行ってしまった。梨花が二人のバッグを持って急いで追いかけて行っている。


 周りの視線を一斉に浴びたけど直ぐに元に戻った。どうしようもない。陽子ちゃんを俺の彼女にする事は出来ない。出来れば梨花と陽子ちゃんがこのまま仲のいい友達でいて欲しいんだけど。


 自分のドリンクだけ飲んで三人分の料金を払って外に出た。天気が思い切りよくない。早く帰るか。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。


新作公開しました。

お馬鹿な彼と恋愛不向きな私の恋愛模様

https://kakuyomu.jp/works/16818093078506549056

宜しくお願いします。


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