第54話 平穏な日々は長く続かない
俺は翌日、改札に行くと優子が待っていた。
「おはよ、悠斗」
「おはよ、優子」
後は何も言わずに一緒に電車に乗り並んで吊革につかまって、学校の最寄り駅で降りる。悠斗も話しかけて来ないし、私も話しかけない。でもこの時間が大切。時間がゆっくりと進んでくれればいい。それだけこんな素敵な時間を過ごす事が出来る。
私は改札を出ると
「悠斗、先に行くね」
「うん」
優子の奴、気を利かせてくれている。もし二人で一緒に学校まで登校したらどんな事になるか想像がつかない。
昨日、塚野さんと一日中会って話をした。友達としては素敵な子だと思う。優しいし、気遣いもしてくれる。決して汚い言葉も使わない。容姿だって十分に可愛い。
なのに俺の心は彼女に向かない。でも始まったばかりだし、急ぐ事もない。どうしても恋人という気持ちになれなかったらその時はその時だ。
教室に入るといつもの様に大吾、塚野さん、矢田さんに挨拶をしてチラッと優子を見た。
一学期の頃の暗さが嘘の様に明るい顔をして隣の子と話をしている。優子は元々とても可愛い女の子だ。そんな彼女を見て男子達の視線も集めている。良い事だ。
俺は、バッグを机の横のフックに引っ掛けて、一時限目の授業の教科書を取り出そうとしていると矢田さんが
「柏木君」
後ろを振り向いて
「何?」
「今日一緒に昼食食べれないかな?」
「大吾と食べるから」
「そっか」
俺はそれだけ言うと前に向き直した。
柏木君と距離を詰めたい。せっかく文化祭代休明けにあんなに親切に話してくれたんだ。今なら彼ともう一歩踏み込むことが出来るはず。そう思ってお昼休み一緒に過ごそうと思ったけど、簡単に断られた。
もうこれと言ったイベントは無い。来月の中間考査もまだ先だ。
プール、勉強会、そしてこの前の会話の時の抱擁と、私に対してせっかく暖かくなった彼の心をこのままにすれば間違いなく冷えてしまう。他の人を頼らずに自分自身で彼の心を捕まえる何かいい方法が無いんだろうか。
ふふっ、矢田さんが柏木君をお昼に誘ったけど簡単に断られた。馬鹿ね。もう彼の心は私にしか向いていない。
実らない努力を無駄と言うのよ矢田さん。早く諦めたら。いずれ彼と私の関係がオープンになったら、嫌でも諦めないといけないわ。
昼休みになり俺は大吾を誘って学食行った。二人で持って来た弁当を食べながら
「悠斗、どうだ進捗は」
「うーん、まだ全然分からない。彼女に気持ちが全然向かないんだ」
「まあ、始まったばかりだしな。急ぐ事も無いだろう」
「そのつもりでいる」
「そういえば、渡辺さん、昔に戻ったように明るくなったな」
「ああ、いい事だよ。実言うと駅の改札までは一緒に来ているんだ」
「そうか、悠斗の心もやっと平穏を迎える事が出来たか」
「別の所から風が吹き始めたけど」
「それは、自分で片付けるしかない」
「分かっている」
久しぶりにのんびりと大吾と昼を食べている。やっぱり好きだ嫌いだに疲れていたんだな。塚野さんは悪いけどもう少しこのままで居させて貰おう。
放課後は、いつもの様に図書室に行った。まだ新しい図書委員は決まっていない。塚野さん一人しかいない為、本来昼休みも開くはずの図書室は放課後だけだ。
でも俺にはとても向いていない。手伝うという気持ちも湧かないから仕方ない。今日の復習をしようと教科書とノートを見ていると
「悠斗さん」
誰かは声ですぐ分かる。振り返ると
「ここに座って良いですか?」
「図書室はみんなの場所だ。何処でも自由に座れるよ」
「はい、ありがとうございます」
横に座って陽子ちゃんも教科書とノートを取り出した。復習か予習をするつもりだろう。
何も言わずにそのまま勉強を進めていると小さな声で
「悠斗さん、ここ教えてください」
「うん、これはね…」
渡辺さんの妹陽子ちゃんが入って来たと思ったら直ぐに柏木君の傍に行った。そして彼を名前呼びした。前は悠斗お兄ちゃんと言っていたはず。
どうして?彼とあの子の間に何か進展が有ったんだ。もう私だけと思っていたのに。でも彼は渡辺さんの姉と矢田さんとは友達関係のままだと言ったけど彼女の事は何も言っていない。まさかやっぱり私は比較されているの?
最終下校を知らせる予鈴が鳴った。私は返却された本を書棚に戻す作業やPCの図書管理システムの終了処理、それに図書室を最後に見回らないといけない。まだ直ぐには帰れない。
でも柏木君と陽子ちゃんは一緒に立って図書室を出て行こうとしている。声を掛けようと思ったけど…止めた。
彼が目配せして来たからだ。良かった。分かっていたんだ。それなら仕方ないか。早く彼との関係をオープンにしたい。でもまだ出来ない。
私は、悠斗さんと一緒に図書室を出て昇降口に行った。一年生と二年生の場所は離れている為、急いで履き替えて彼の傍に行くと
「そんなに急がなくても」
「でも、悠斗さん一人帰っちゃうんじゃないかと思って」
「陽子ちゃんがいるのにそんな事する訳ないだろう」
「でも…」
「そんな事で心配しない。さっ、帰ろうか。でも梨花は?いつも一緒だろ?」
二人で校舎を出ながら
「はい、私が悠斗さんと一緒に勉強すると言ったら今日は先に帰りました」
「いいの?俺なんかより梨花の方が大事だろ」
「はい、梨花ちゃんは私に取って、掛け替えのないとっても大事な人です。でも悠斗さんはもっと大事な人です」
「それは光栄なんだけど…」
「悠斗さん、今週末の三連休会ってくれるって梨花ちゃんから聞きました。私をどこかに連れて行って下さい」
「えっ、何処かって言われても」
うーん、どうすればいいんだ。このままでは良くないのは分かっているけど、この子の真摯に俺を見る瞳に厳しい言葉は掛けられない。
これだけ俺を好いてくれる優しい子を無下に出来ないどうすればいいんだ。優子との事を考えれば絶対に付き合ってはいけない子。不味い、全然案が浮かばない。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
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お馬鹿な彼と恋愛不向きな私の恋愛模様
https://kakuyomu.jp/works/16818093078506549056
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