第十二話 世界一の除霊師
自分以外全ての村人が殺された夜。
必死に幽霊から逃げる私。
逃げ切れるはずもなく、追い詰められた私を助けてくれた除霊師がいた。
その人はあっという間に幽霊をやっつけて、背中を向けて守ってくれた。
そしてゆっくりと私はまどろみの中に落ちていく。そこから先の記憶はない――
◆◆◆◆
強烈な光にくらんだ目が、少しずつ慣れてきてようやくしっかりと見えるようになると、イヨとキッドの前に白い男が立っていた。
「やあ二人とも無事かい?」
「お前それ、わかってて言ってんだろ」
釣れないなあ、と苦笑いを浮かべながらリチェロはこちらに振り向いた。そう、完全に視線をこちらに向けているということは、影の霊から意識を逸らしているということ――
「あのっ、霊が……」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」
大丈夫、とその言葉にはなんの魔力も魔術も付与されていないはずなのに、なぜか彼がそういうのならば大丈夫なのだろうとどこか安心させられる力があった。
「はぁっ、はぁ……お待ちになって、くださいまし……」
駅の方から遅れてやってきたのはリチェロと同じく夜を弾く光のローブを羽織っている金髪縦ロールのお嬢様。クレア・ラ・ベルマーレだ。
「リチェロ様、急に強い霊素を感じて、わたくし何が何やら……あ」
遅れてきたクレアがこの場に集まっている面子を認識したあと、膝についていた腕を、服の上からでもしっかりと主張している胸の前で組み直してから、口を開いた。
「イヨ・クライス!! また会いましたわね!」
「いやもう遅いから。今めっちゃ息絶え絶えだったでしょ」
「う、うるさいですわね!」
顔を赤て激しく息をしていたことを指摘され、顔を一層赤ながらクレアは噛み付いてきた。正直うるさいので静かにしていてほしい。
「仲がいいのは何よりだ。それでキッドくん、ここから先は任せてもらってもいいのかな?」
「ああ、好きにしな。ついでに見学させてもらうぜ。『白夜』さんの除霊ってやつを」
「もちろん構わないよ。ふふ、君に見てもらえるとなると俄然やる気が出てくるね」
「発言がいちいちキモいんだよ……」
「……」
いつの間にかキッドとリチェロが軽口を言い合えるようにまでの仲に進展しているのが正直羨ましくあった。
「それではクレアくん、よく見ておくように」
「え、もちろんですわ!」
突然話を振られたクレアが息を整えながら、かしこまってリチェロの姿を凝視した。その一挙手一投足まで見逃さまいとしているのだろう。
はっきり言って、イヨのテンションはすでに最高潮に達していた。それもそのはず、これまで憧れていた目標だった除霊師の除霊を目の前で見ることができるのだから。その立ち振る舞いや魔術一つとってもアニマベルク最高峰。学べるところなど無限にある。
幽血種という災厄の怪物の核を移植され、それどころか一緒に行動しなければならないという運命を背負わされたせめてもの報いはこれぐらいやってもらわなければ釣り合わないものだ。
『タマ、
『ニャ、
『充分だ。むしろ血霧なんて展開しようものなら一発で感づかれる可能性がある。血眼と血監の情報をしっかり記録していおいてくれ』
『了解ニャ』
フードの中にある幽血種制御室にいるタマに思念を飛ばして会話をしておく。キッドがレクエルムを発ってからタマを外に一度も出さなかったおかげで、タマの存在はまだリチェロもクレアも知らない。リチェロはこの街に来たのはキッドとイヨだけだと思っているだろう。
その認識の祖語を逆手にとって、キッドはリチェロの戦闘情報をタマに記録させることにしたのだ。リチェロほどの実力者ならばキッドが下手に動けば感づかれるかもしれない。しかし、フードの中にある幽血種制御室ならば、キッドの意思とは関係なくキッドの身体や能力を操ることができる。
本来はキッドが暴走する可能性を危惧した除霊協会がつけた首輪のような機能だが、それを逆手にとってキッドは運用していた。
「(噂には聞いているが、世界一の除霊師とやらの戦い、見せてもらおうじゃないの)」
キッドはこれまで、一度だけ除霊の現場でリチェロと居合わせたことはあったが、実際に除霊しているところは見たことがなかった。だからこそ知っておかなければならないのだ。自身の敵となりうる人物の戦法や手の内を。
「それじゃ、始めようか」
◆◆◆◆
「それじゃ、始めようか。クレア、防御を頼む」
「リチェロ様、待っ――」
その言葉を皮切りにリチェロが放つ雰囲気が一変する。そしてリチェロが全身から放っている光がさらに一際強くなり――
「――へ?」
彼の変化に気づいた瞬間には、イヨは地面を転がされていた。何が起きたのかわからないまま、顔を上げると同じくクレアも地面を転がされていた。キッドだけは苦い顔をしながら腕を顔の前に交差させて衝撃に耐えていた。
「てめ……わざとやってるだろ!」
「僕は何事にも手を抜かない主義でね」
「な――」
イヨは言葉を失った。それはリチェロが放つ圧倒的なまでの魔力の波動に充てられたからだ。魔術師が戦闘の前に自らの魔力炉を起動させ魔力を励起させる。魔力が励起状態になった際に飛び出す力は、魔力量と励起させる速度に比例して大きくなる。これを魔力励起効果と呼ぶか、まさか今の衝撃がそれだというのだろうか。
「やるときはやると事前に教えてくださいまし!」
「はは、すまない。けれど君ならやってくれると信じていたからね」
クレアがとっさに魔術で周囲の壁や家屋を補強していなければ、今の衝撃で街が吹き飛んでいた。
「嘘だろ……」
そして衝撃はそれだけにとどまらない。物理的な衝撃の次は心理的なものがキッドとイヨを襲う。それはリチェロが見せた魔力励起効果を経た後でもまるで魔力の量が変わっていないからだ。
あれだけの魔力を体外に放出すれば、常人なら魔力が一瞬で底をついてしまう。だが、リチェロはむしろ何事もなかったかのように立っている。魔力出力も微塵も衰えていない。
『し、信じられないニャ……今の一瞬だけ出力が三億マナを超えてるニャ』
『三億って、王都中の魔力をかき集めても足りるかわかんねー量だぞ!?』
『でも数値上はそうニャってるニャ!』
そんな規格外なことを平然とやってのけた男は何食わぬ顔で、雨の影に向き直っていた。
「(そりゃ、都市の移動制限がかかるわけだ。魔力量が桁違いなのか魔力効率がいいのかわからないが、あれだけ魔力励起放射をして魔力出力が全くブレてない。ここまで行くともはや人間
彼一人で余裕で王国で使われる魔力資源を賄うことができる。兵器としてみても破格の性能だ。味方ならば頼もしいが敵となれば恐ろしいといったように、彼一人で国家を制圧できるほどの武力が他国に流出でもすればそれは国家の危機である。
それに他国からすればそんな歩く戦略兵器のような人物が自国の国境付近へと近づけば、開戦の合図かと肝を冷やすだろう。
それだけに、今回リチェロを動かすときめた除霊協会と王国の意図をより探らなければならない。
「雨雲で薄暗いとはいえ、時間的にはもう朝だ。少し眩しくしてしまうが許してほしい。さて……」
『……』
キッドがそんなことを思っていることなんて知らずに、本人は呑気に住民の安眠の心配をしていた。
相変わらず雨のベールに包まれた影は感情や反応を示すことなく、ただ雨の向こうで立ち尽くしている。しかし、リチェロが現れてからというもの、攻撃の一つも行っていないことにイヨは気づいた。
「(そういえばなんで――)」
「まずは君と顔を合わせてお話ししたいね。その雨のベールをどけてもらえないだろうか」
『……』
彼が呼びかけても影はまるで変化を見せない。まるで意志そのものがないかのように。味方であるはずのイヨとキッドでさえ、圧倒的な魔力の前に圧倒されているのに、その意識を正面からぶつけられている影はまるで動じていなかった。
「頼む、手荒な真似はしたくない。できればこちらもことを荒げたくないんだ。僕たちには力以外で話し合う未来だってあるはず」
『……』
リチェロはまるで反応のない相手に向かって必死に語りかけていた。この徹底した非暴力主義が『白夜』が世間で人気を博している理由の一つである。力づくで霊を除霊するのは好みではない、と穏便に浄霊を求める除霊師は珍しい。
霊によって家族や親しい人を亡くし、霊は絶対に許せないという主義の除霊師が多い世界で彼の立ち振る舞いは批判もあったが、その全てを彼は圧倒的な実力で捩じ伏せてきたのだ。
『……』
「このまま意思疎通ができないのならこちらから実力でいかせてもらうよ」
「(――違う)」
実力を行使する、そう宣言した瞬間。ほんのわずかだが影の姿が揺らいだようにイヨは感じた。それを見てイヨは気づいた。影は攻撃してこなかったのではなく、攻撃できなかったのだ。もし迂闊に動けば一瞬で祓われる。対峙している者の隔絶された実力差に気づいているのかもしれない。
「魔術――」
リチェロがまとう魔力が動く。指令を待ち待機していた魔力が解放の機会を得たことに歓喜の声をあげてリチェロの魔力回路を走り魔術式に流れ込まれていく。そして、魔力を得た魔術式は、術者の深層世界と現実世界の境界をなくし、世界を捻じ曲げて作り替える。
一体どんなすごい魔術が見れるのかとイヨは期待に胸を膨らませていたが、リチェロの口から飛び出たものは意外にも初級の魔術だった。
「《
魔力の光を灯して近くを照らすだけの基礎魔術。だが、それを世界一の除霊師が行使すると引き起こされる結果は大きく異なる。
「まぶっ」
光源と化した指先が、強い光を放つ。それは分厚い雲に覆われ一日を通して薄暗いレインフォビアの街全ての暗闇を吹き飛ばす強烈な光。辺り一帯を雲一つない晴れた昼下がりのような景色を再現する。
そしてその光はさらに光度をあげていく。リチェロの指先を中心にして周囲の建物に長い影を作る。
ついに光源を直視していなくとも目を開けていられなくなるほどに光は強まっていく。
「ただの光だけじゃ効果はないか」
どれだけ強い光を照射しても、雨のベールの中に漂う人影を消したり正体を暴くことはできなかった。そのことを認識したリチェロはすぐに次の策を行使する。
「
「(無影光だと!? まずいっ――)」
眩い光を抑えて今度は別な光を照射する。
リチェロ自体には正体がバレているが、クレアはその事実を知らない。それにレインフォビアの住人がいつどこで見ているかわからない。
さりげなく、しかし迅速にイヨの後ろに隠れて光に当たらないようにした。
「《無影光》に映らない……となると」
無駄にキッドの方に光がいかないように指向性を絞った光を照射すると、光に当たった部分は影が消えた。だが影の周りの雨が強すぎて、光は雨に散乱されて向こう側まで透過はしない。
「それならば……
リチェロは種類の異なる光を照射させて雨の影を調べていく。とうぜん、相手側も黙って調べられているわけではない。キッドたちに放ったような攻撃力を持つ雨を放っているが、その全てがリチェロの体の外角をうっすらと包んでいる白光に触れた瞬間に蒸発してしまっている。その光の膜とも呼ぶべき防御魔術に込められている魔力の質と密度が高すぎて、まるでどんな魔術でも通さないような強固な鎧と化している。
「やはり、情報通り本体ではないね」
「えっ?」
「……」
つい疑問の声をあげてしまったのはイヨの方だ。除霊師の卵として実践経験は乏しいが、霊圧を感じ取ってきた場面は少なくないと自負している。その経験から言って目の前にいる雨の影はこれまで出会ってきたどの霊よりも強いと感じていた。それなのに彼の口からでてきた言葉は予想を遥かに上回る言葉だ。
「これが、本体じゃない?」
「信じられないですが事実ですわ。『明るい夜』に挙げられた報告書によれば、この雨の影は本体ではないと同時にいかなる攻撃も通らない、と」
「そうだね、僕も相対してはっきりわかった。この程度の霊に『八枚級』、ライゼンが負けるハズがない」
これまで数多の除霊師が雨降りレイニーに挑んで、敗れた。その中には様々な位階の除霊師が居た。しかしそれでも、『六枚級』が最高位階だった。だがつい先日、『明るい夜』所属の『八枚級』除霊師のライゼン・コップファーがレインフォビアに向かいその後消息を絶った。この事実に王国と除霊協会本部と『明るい夜』上層部は衝撃を受けひどく混乱した。
お上連中が思っている以上に雨降りレイニーの力が増長している。万が一その力が王都に向けられることがないように、『
「八枚級って、除霊師位階の上から二番目の……」
「そうだ、だからこそ協会は
改めてキッドは雨の向こうに浮かぶ人影を注視してみる。やはり何度視ても、霊力の強さを感じられない。確かに放っている霊圧は強力なものだが、ただそれだけ。これぐらいの霊ならばありふれているし、隔絶した強さというものは感じられない。それに何より――
「(あん時感じた強さはこんなもんじゃなかった。なんのつもりか知らねえが、力を隠してやがる)」
過去に一度雨降りレイニーと対峙したことのあるキッドは、その強さが当時とは比べ物にならないほど弱体化していることに疑問を浮かべていた。しかし、これが本体ではなく分身のようなものならば説明がつく。
「(安全な分身体でも出してリチェロの力を測りたいとかそんなところか? そんなこすい戦術使うようなやつじゃなかったんだが)」
幽霊というものは、死んだ時点で中身の変化が止まる。霊としての強さの変化はあれど、その気質や性質内面的なものは死ぬ直前の状況がそのまま使われ、変わることはない。
三十年前キッドが雨降りレイニーと戦った時は、もっと愚直に。相手を試すような戦い方ではなく、持てる力をそのままぶつけてくるような単純な強さがあった。他の霊を圧倒的に凌駕する霊素量と霊能で、雨という攻撃媒体を用いて物量で相手を押しつぶす。そんな戦い方をするような霊だった。
しかし今対峙している雨降りレイニーの影と思われる存在の戦い方はまるで別物だ。
影から感じ取れる霊素の波長は記憶の中の雨降りレイニーと一致しているが、その気配の圧が本体の十分の一以下といってもいいぐらいに弱体化しているし、なにより一種類の霊能しか使用していない。
雨粒を弾丸のよう硬質化させて物体を貫く貫徹力を持たせる技、この一種だけで戦っている現状だ。本来の雨降りレイニーならば、雨を表現する言葉の数と同じぐらい千差万別の雨の技を使い分けてくる。
「(これくらいは死後変化の一貫に入るのか? いやさすがに――)」
キッドがレイニーの現在について考察していると、レイニーの影VSリチェロ・ゼンバスターの戦いも次の展開に向かっていた。
「ふむ、どうやら僕の持ちうる非攻撃系の魔術では、君を隠しているベールを脱がすことはできないみたいだね」
『……』
「引いてダメなら次は――押してみようか」
リチェロが片手をゆっくりと左腰に履いている剣の柄頭に手を置いた。その瞬間彼の周りを取り巻く気配が変わる。
「「「……っ!?」」」
それまでリチェロが放出していた魔力は強力こそあれど、どこかそれを感じ取る者を安心させるような、暖かい光のような気配だった。
だが、今の彼は違う。周囲の大気が歪むほどの高密度の魔力を体内で循環させ、魔力炉を光速で稼働させている。その気配は感じるものを圧倒させ、言葉を詰まらせてしまうほどに。
「すまない、けれどどうか身構えないでほしい。君たち相手に撃つわけじゃないからね」
そういう問題じゃねーんだよ、と。キッド、イヨ、クレアの三人は完全に意見が一致していた。
「そうだな、このくらいなら……一秒もあれば足りるか」
そう言って世界一の除霊師は、自らの相棒とも言えるべき存在の柄をゆっくりと握りしめるのだった。
「おい、まさか、嘘だろ」
「宝剣プリズム――抜光」
腰に履かれた鞘から、ゆっくりと剣が引き抜かれる。刀身が顕になった瞬間、剣から虹色の極光が放たれ視界を塞ぐ。
『おい、ちゃんと
『ダメニャっ、剣から出てる虹の光のせいでなんも見えニャいニャ!!』
「(チッ、やっぱりダメか)」
キッドの本人のあらゆる知覚機能全てが、『解析不能』という答えを返してきている。剣の見た目、形、性質などあらゆる情報が虹の光に埋め尽くされて理解することができない。
だが、剣にどんな性質があるのか分からないが、起こっている現象から逆に推察することはできる。
「うそだろ……」
リチェロの魔力が剣を抜く前に比べて、桁違いに跳ね上がっている。見てとれるほど高密度の魔力が際限なく膨れ上がっているのだ。すでに街を軽く十個は容易く消し飛ばせるほどの高まっている。
『……っ』
「さすがに反応を返してくれたね。これで無視を貫かれてしまったら、流石に一位の名折れだしね」
「お、おいっ。んなもん街中でぶっ放す気じゃ」
「心配ないよキッドくん。これを撃つのは空だから」
魔力炉で生成しただけの指向性のない魔力に、魔術式という道具を用いて形を与えていく。世界一の除霊師が持つ魔術回路もまた、世界一に相応しい性能を持っている。膨大な魔力を片っ端から魔術回路に流し込んでいく。魔術回路には一度に流し込める魔力に限度がありその加減を誤ると、内側から魔力暴発などを起こして肉体が破裂する。しかし、リチェロの場合は回路に流し込める魔力の上限がほぼ無い。それはリチェロが生み出す魔力の純度が高く、回路に流し込んだ際の抵抗も無いことも相まって、実質無制限に流し込めてしまう。
これが意味することは、本来発動に時間が掛かるような大規模な魔術や、魔力をふんだんに使った高出力の魔術を撃つための時間が掛からないということ。まさしく魔力の励起を感じ取る頃にはすでに魔術構築が終わっていることになる。
「せっかくの朝なんだ。こんな曇り空では寝覚めも悪い」
「ちょ、待て──」
キッドの静止も意味なく、リチェロの手がゆっくりと上空に向けられる。その掌には白色に輝く魔力の塊が生成されており、溜めに溜められた力は解放の時をただ待ち侘びる。
「──光れ。《
人の頭ほどの大きさの光球が、レインフォビアの上空に向かって放たれる。その速度は本物の大砲のほど早くはないが、遅くもない。例えるならばまさに花火のように、陽の光を一切通さない暗雲に光を咲かせるために飛ぶ。
光の球が放たれた瞬間、その場にいる誰もがその行方を見るために空を見上げていた。心なしか雨の影すらも攻撃の手を止めて空に注視している気配すらあった。
「眩しいだろうから直視は厳禁だよ」
リチェロの言葉がなくとも、その身で光の球が爆ぜる気配を感じ取った。込められた強力な魔力が球の形を保てずに外へ外へ力が逃げようとしていることを肌で感じ取れるからだ。
光が、弾ける。
「──っ!!」
「きゃああああ!?!?」
「これが、世界一の魔術っ」
弾けた光の球は、まさに光速で広がりレインフォビアの空を埋め尽くす。見上げる空一面どこもかしこも光っている。空全体が光を放っていると言っても過言ではない。
光、光、光。
まさに『明るい夜』を体現するような魔術に、キッドは絶句していた。それは単に威力や込められている魔力が桁違いだからというだけでなく、その光の爆発とも言える現象による副次反応が眩しい以外にないということ。
あれだけの魔力の爆発が起きれば、爆風や音など大気が揺れることによる反応が必ず、地上に届く。あれだけの規模ならば、地上の家屋は衝撃で粉微塵に破壊されていただろう。
「制御も完璧ってわけね」
「当然、国民を守るべき除霊師が破壊をおこしてどうする」
光球を放ったまま、腕を上空に伸ばして自身の魔術による衝撃で地上が破壊されないように、完璧に制御していた。その技巧が魔術師として卓越しすぎているせいで、爆発音すら大地には届かない。
「おや……」
やがて光球がもったエネルギーで埋め尽くされた空が晴れてきた空をみていち早く異変に気づいたリチェロが言葉を漏らした。その言葉の意味を遅れてキッドたちも知ることになる。
「空が、晴れてませんわ」
「……」
光が収まってくると徐々に、闇が広がってきていた。そして彼が空に光を打ち上げる前と何も変わらない暗雲が空を支配していた。
「雲は全部吹き飛ばす勢いで撃ったつもりだったんだけど……雲もあの影と同じように干渉を受けない類のものが掛けられているみたいだね」
「ったく、突然とんでもねー魔力を練り始めたからビビったぜ」
「それは本当にすまない。僕って一度思ったら試してみたくて仕方ないタイプだからね」
そんな個人的好奇心を満たすためだけに戦術魔術級の魔術を易々と撃たないでほしい。正体がバレているとは言え、現状は敵ではないが冷や汗が止まらなくなってしまうから。
「そういえばあの霊は……!?」
リチェロが起こした規格外の出来事に気を取られていたが、自分たちは絶賛、霊と交戦中だったことを思い出したイヨが顔を強張らせて周囲を索敵する。しかしどんなに探しても霊の痕跡は見つからない。初めと同じようにう薄暗い道に雨が降っているだけだ。
「消えたよ。コイツが空に派手な花火を打ち上げたあたりから」
どさくさに紛れて仕掛けてくるかもしれないと油断なく警戒をしていたキッドだったが、あの消え方は完全に逃げの一手とみて良いだろう。ますます記憶にあるレイニーとかけ離れていっているためそういう意味で心配している部分はあった。
「ということはリチェロ様の攻撃が効いた、ということですの?」
成り行きを静かに見守っていたクレアが至極素直な意見を口に出した。どんな霊だってあれだけの魔力出力をまじまじと見せつけられたら尻尾を巻いて逃げ出したくなるというものだが……。キッドとリチェロの見解はそれとは異なっていた。
「どーだか。あの攻撃が有効打になってるとは思えねーな」
「なんなんですの、貴方さっきから。分かったような口を聞いて」
「えぇ……」
クレアからしてみればキッドのような無名三流除霊師などは尊敬に値するような相手ではないのである。実際にイヨやクレアのような学園でも特に優秀な学生たちは、すでに低級の除霊師を超えている。こと除霊術の扱いや撃ち合いだけで勝負したらキッドはイヨやクレアに勝ることはできない。
そんな相手が突然分かったような口を聞き始めれば、面白く思わないのも当然だろう。
「いや、彼の言うとおりだと思うよ。僕自身も手ごたえがあったとは言えない。なにせ実際に雨雲を祓えてないわけだしね」
「そうですわよね! わたくしも同じ意見ですわ!」
「お前な……」
クレアのわかりやすすぎる変わりようにキッドは呆れたが、似たような扱いを受けるのは慣れているので特に口をはさむことはなかった。
「ただ、引くには引いたなりの理由があるんだろうね。例えば僕の魔術が実際は効いていた、もしくはあのまま続けていれば僕が有効打を与える糸口を見つけていたかもしれないとか。光の魔術師相手に虚像を用いるなんてかなり挑戦的ともいえるからね」
「それか、俺たちの実力を測りたかったから、とかだな」
「うん、たしかにその可能性もありそうだね」
リチェロは顎に手を当ててあらゆる可能性を模索していた。だが、考えてる最中に周りがやけに騒がしくなっていることに気づいて苦笑いを浮かべていた。
「っと、少々派手にやりすぎてしまったようだね」
インフォビアの外部から人間は珍しいということに加えて、街のど真ん中であれだけの大規模魔術を使えば、本来魔力を感じることができない者でも本能的に感じ取ってしまえるだけの影響が出ている。
「それじゃ、ぼくたちは行くけど……君たちはどうする? 君たちが良ければ僕たちと一緒に来るかい?」
「……」
一緒に行動したいという純真無垢な目が横から刺さっていることは無視してキッドは提案を断った。
「遠慮しとく。これ以上目立つのはごめんだ」
「そうか、ではもし僕たちの助けが必要なときはいつでも言ってくれ」
「ああ、じゃあお互いがんばろーぜ。ないとは思うが死ぬなよ」
「はは、僕にそんな心配をしてくれるのは君くらいだよ、いやほんとうに」
それじゃ、と言いながらリチェロとクレアはレインフォビアの街へと消えていった。最後までクレアは苦い目でキッドのことを見ていた。あそこでキッドが同行するという選択をしていた場合どういう表情を浮かべるのかは想像に難くない。
「じゃ、俺たちもいくぞ」
「……」
「なんだよ」
歩き出そうとしたキッドをジトっとした視線が捉えていた。キッドはその視線に耐えきれずつい口を出してしまった。
「なんだよ」
「……別に」
「別にって態度じゃねーだろ」
「別になんとも思ってません。……ただ、世界一の除霊師相手にそこまで偉そうな態度を取れる人っているんだなーって思っただけです」
「めちゃくちゃ根に持ってるじゃん……」
イヨからすればこれまで憧れて目標にしてきた相手に対してぞんざいな態度を取るキッドが許せなかったのだ。それはイヨだけでなく、おそらく除霊師ならば誰でも彼に敬意を表して接するだろう。それだけの功績と実力を持っている男なのだ。
「あのなぁ、除霊師
「それくらい分かってますけど」
「いや分かってないね。特に最近じゃ『枚数』が高ければ高いほど偉いだかいう恥ずかしい勘違いをしてる輩が増えてきてるけどな。どんなに『枚数』が高かろーが除霊師である以上、霊界から権利を借りて代行してるだけに過ぎないんだ。そこに上下はない」
「う」
この論理にはある種の真理を突いているためイヨは反論に困ってしまった。人が人の死後を裁くという、手に余る越権行為を行えるのは、厳しい認可を超えて霊界第三層主から除霊権を貸与されているから。
権利を貸し与えられている者である以上そこに優劣はなく等しく代行者の立場の域を出ない。とキッドはそう言いたいのである。
「それでも高『枚数』になれればあらゆる特権が与えられます」
「その分制約も増える。あのなぁ高『枚数』なんてなってみろ、悲惨だぜ? 色んな枷が着くし、協会と王国にいい駒として使い潰される。そりゃ
除霊協会が制定した除霊師枚数の最高位、
九枚級にはさらに、八枚級までの枚数と最も大きく違う点があるのだがそれは今は割愛する。
「とにかく、お前は目先の枚数に囚われるような薄っぺらい人間になるなってこと。いざ戦ってみたら枚数が低いやつにボロ負けすることなんて珍しくもなんともないからな」
対霊戦や魔術戦では、お互いの力の相性によっても結果は大きく左右される。得意な魔術が枚数をあげる基準には向いてない場合もあるし、キッドのように事情があって認定試験を受けていないような者だっている。
枚数が上がると前線で戦える機会が減るからといって、低枚数のまま最前線で生涯戦い続ける猛者だっている。
そういった本当の実情に目を向けず、表向きの
「分かりました、分かりましたよ。それとは別に私が好きな除霊師に対してぞんざいな態度を取ってるアナタが嫌いですから。それで、これからどうするんですか」
「……まあそれでいいよ。んで、このあとは一旦駅に戻る」
「え、なんでまた戻るんですか」
「さっきは
「ロッカー?」
駅に硬貨を入れて使うロッカーが置かれているのは知っているが、そもそも荷物を預けた覚えはないじゃないかというイヨの疑問を、先回りして答えてくれた。
「レクイエム除霊師現地作戦用支援物資補給所、通称“ロッカー”。大抵の地域、国に置かれてて、現地で活動する除霊師の助けになるような物が置かれてる。予備のローブとか現地の通貨とか」
「何急に思春期男児がするような妄想垂れ流してるんですか?」
「嘘じゃないって……いいから行くぞ」
どこまでも半信半疑なイヨを連れてキッドは再びレインフォビアの駅に向かって歩き出した。
レクエルム除霊事務所 JULY @Julyknt
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