第44話 再会
「サーシャ、何事ですか!?」
血相を変えたエリカ内務次官が部屋に駆け付け、
そしてテラスにいるノートンの存在に気づいた。
「レオさ……
──レオニード王太子殿下」
エリカはノートンの姿に一瞬驚いた顔で硬直するが、すぐに口調を整え、ノートンの前で敬礼する。
「エリカ、久しぶりだな。元気そうで、何よりだ」
「……はい、お久しぶりです」
平静を装うエリカ。だが、その表情は自身に向けられたノートンの言葉の一字一句を、噛みしめているかのようだった。
「引き算で切り捨てるだけでは、部下はついてこない。希望を、より良い未来を見せる事こそ、トップの責務だ」
「……私は、もとよりトップの器ではありませんから」
ノートンからの叱責じみた言葉を、エリカは自虐と皮肉を含んだような言葉で返す。それが彼女に許された、精一杯の反論なのだろう。
「そうか、そうだな。ではここで未来をみせよう」
ノートンはゆっくりとした手つきで、胸元から赤いマントを取り出す。マントを翻すその姿は、優雅な闘牛士の様だった。
『がはは、サーシャ嬢ちゃんいいべべ着てるじゃん、イメチェンか?』
「レッドマント!?」
そして優雅さを台無しにする下卑た声。それはレッドマントから発せられたものだった。
続いてレッドマントの中から出現した人物もまた、サーシャがよく知る者達だった。
「助けに来たぜ!」
「大丈夫ですか!? サーシャ」
翻ったマントから現れた派手な衣装の体躯の良い男性と、南方風の踊り子姿の女性。それはミュラとルーシアの兄妹だった。
「あら可愛い! サーシャちゃん、その髪素敵だね」
さらに現れた大胆なスリットの入ったドレスを着た魅惑的な女性、それはララだった。
『ドレスもお綺麗ですぅ、プリンセス・サーシャ様』
ララの右手に握られた、色っぽくも能天気な声は、イエローストーンのものだった。
「ララさん、イエローちゃんも!」
サーシャがもう会えないと思っていた面々との再会は、思いのほかあっけなく果たせた。
「よう、立派になったな、エリカちゃん!」
「ご無沙汰です、エリカ様」
「ミュラ様、ルーシア!?」
予想外の再開を果たしていたのは、サーシャだけでもなかった。エリカもまた旧友との再会に、驚きの声をあげていた。
「ローラント王国王太子レオニードの名において、これより、フェンリル封印の儀を執り行う」
ノートンはサーシャを守るように陣形を組むと、高らかに宣言する。
「おうっ!!」
「はい!」
「合点!」
速やかに応じるミュラ、ルーシアとララの三名。
ひと呼吸遅れてサーシャが「わ、わかりました」と続く。
最後に意を決したエリカが、「──承知いたしました、殿下」と鞘から剣を華麗に抜きながら応じた。
「5年ぶりに全員集結だな。チーム・レオニード復活だぜ!!」
「無駄に熱く仕切らないでください、キモイです。兄様」
熱く語るミュラと、冷ややかに水を差すルーシア。二人の姿に小さく笑みを浮かべながら、雄祐と宝剣を構えるノートンと、両脇でそれを支援するララとエリカ。
『仲間と一緒なら、この人と一緒なら、どんな未来も怖くない』、そう語ったエリカの気持ちが、サーシャにはわかる気がした。
「サーシャ、フェンリルをこの場に解放しろ」
ノートンからの指示で、サーシャは魔法書〝負債の女王(クイーン・オブ・ザ・デビット)〟を取り出す。ノートン達の魔力に触発されたのだろうか、古い魔法書を封じる鎖は、今にも崩れ落ちる寸前だった。
「血の盟約により命ず、召喚により来たれ、神の銀狼、〝負債の女王〟(クイーン・オブ・ザ・デビット)」
サーシャの召喚の声と同時に、魔法書に据え付けてあった鎖が音もなく砕け散る。それはもう二度と神獣を、彼女の魔法書に封じることができないことを意味する。本当の意味で後は無くなったと、サーシャは身をもって知った。
これで良かったのかと、わずかによぎった後悔の念。だが次の瞬間、そんな思いさえ凍り付くような、絶対的な悪寒がサーシャの全身を襲った。
天が割れんばかりの轟音と共に、目の前に出現した巨大な銀狼。見知ったはずの高貴なる神の狼。
だが全てが異なっていた。解き放たれる禍々しくも濃密な魔力は実体化し、稲妻の様になって幾重にもその巨体を覆っている。銀狼を従僕と化していた鎖が消滅した今、首に嵌められていた首輪は既にない。その魔力も意思も、すべて銀狼の元に戻っていた。
目の前にいるのは魔法書の使い魔などではない。呪縛から解き放たれた神の獣、〝フェンリル〟そのものだった。
そしてその深紅の眼球は、忌むべき宿敵であるかのように、元主人であるサーシャを凝視していた。
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