第34話 虚構魔法


「さて、レッツショータイムだ!  まずはいつもの準備運動といくか。ルーシア、服を脱いで準備してくれ」


「妹に対する言い方が粗暴でキモイです、兄様」


 ツンとした口調で抗議しながら、その場でロングのワンピースの紐をほどくルーシア。

 パサリとワンピースが地面に落ち、中に着ていた踊り子の衣装があらわになる。


「すごい……!」「うわあ……」 


 その場に広がる、薔薇の香りが漂うかのような色香に、サーシャ達は思わず息をのむ。

 あどけなさの残る顔とは対照的の、驚くほど肉付きの良い褐色の艶やかな肢体。引き締まったウエストと、重力に逆らうかのようにハリの良いヒップ。豊満な胸を強調するかのように華麗に飾り付けられた胸飾り。魅惑的な腰元を隠す、光沢のある絹の前垂れ。首元に嵌められた、美しくも怪しい光を放つ黄金の首輪。そして体のいたるところに散りばめられた宝石が、エキゾティックな怪しい光を放っていた。


「ウソ! あれ全部、魔法石!?」


 驚きの声は、カレンのもの。


「そうだニャ。あの宝石は全て魔法石だニャ」


「あれだけの魔法石、王家の宝物庫にもあるかどうかってレベルよ。いったいどうやって手に入れたのよ?」


「ではそろそろ始めるかニャ」


 カレンの疑問には答えないまま、ノートンは開始を指示する。


「ではいくよ~」


 マートンは巨大な熊のような魔獣に変化し、ステージ上で咆哮をあげる。


「では当サーカスの名物、魔獣100匹斬りといこうか! 観客の皆さん、ご照覧あれ!!」


 そう叫ぶや否や、ミュラは巨大な剣を鞘から抜く。

 光り輝く刀身から発せられる圧倒的な魔力が、テント中を照らす。


「すごい……あれが噂の魔獣殺しの魔剣。あれは何て魔法具なの? 見たところ、あれもとんでもないお宝みたいだけど」


 思わずカレンはノートンに、剣の由来を聞く。


「あれは、竜殺しの魔剣グラムだニャ」


「魔剣グラム!? 神代の武器じゃない!?」


 カレンは驚愕の声をあげる。

 〝魔剣グラム〟、サーシャも聞いたことがある。古代よりさらに前、神代と呼ばれる太古の昔に、邪竜を斬るために敵対していた神々と悪魔が協力して作り上げたという魔剣。実在さえ定かではないとされる、伝説上の剣だった。


「ほ、本物なの?」


「それは見てればわかるニャ。始まったニャ」


 ステージで咆哮をあげていたマートンが扮した熊型の魔獣は、ついに獲物を見定めたのか、ルーシアをめがけて跳びかかったのだ。


「てい!」


 だが魔剣を構えたミュラはその動きを予期していたかのごとき無駄のない動作で、ルーシアに襲い掛かろうとした魔獣を、一刀の元に切り捨てる。

 斬られた魔獣は煙となって散る。しかしその煙の中から新たな虎の形の魔獣が出現し、ルーシアに牙をむく。

 ミュラは返す刀で虎の魔獣を切り裂き、霧散させる。そして煙から、さらに新たな魔獣が出現する。


「魔獣の連続召喚? ──ちがう、あれは、マートンがそう化けているだけ!?」


「その通りだニャ。これが魔獣の100匹斬りのタネだニャ」


 魔獣斬りのショーの正体は、マートンが化けた魔獣を、魔剣で斬り倒すショーだったのだ。


「つまりただの幻想ってことですか? マスター」 


「そうだニャ。だが強く信じた虚構は、実態を得る。あの魔剣は、人々が信じた虚構によって実体化しているニャ」


「どうしてそんな面倒なことをするんですか?」


「強大な魔力を得ようとすると、呪いの反作用が避けられないニャ。だが多くの人々から少しずつ魔力を分けてもらえば、呪いの反作用は避けられるニャ。〝魔獣を斬れる伝説の魔剣〟、そう信じる人々から魔力を集めて集約し、伝説上の魔剣すら錬成する。

 それこそ〝虚構魔法〟と呼ばれる王家に伝わる秘技。そしてその実現こそ魔獣サーカスの設立の真の目的だニャ」


「王家に伝わる秘技……」


 どうしてそんな技術をノートンが知りえたのか、その虚構魔法を用いて何をなすつもりなのか、あまりにも情報が多すぎて、サーシャには理解が追い付けない。


「じゃ、じゃあ、ルーシアさんたちに、危険はないってことですか? マスター」


「そんなことはない。マートンが変身した姿もまた虚構の一種。人々が信じている幻想には、牙も爪もある。斬られれば傷つき、喰われれば死ぬ」


「喰われれば死ぬ……」


 ノートンの言葉に、サーシャは言葉も出ない。少なくともミュラ達は命がけで、この儀式に挑んでいるらしい。


「ノートンさん、魔獣がルーシアさんだけを襲っているのは、なぜですか?」


 言葉に詰まったサーシャの代わりにかのように、ニーアが問いかける。


「ルーシアの魔法石の効果だニャ。魔獣の理性を失わせ、挑発する魔法石。マートンの動きを単調にし、観客のリスクを減らすためのものだニャ」


 確かにルーシアに向けてひたすら襲い掛かる魔獣の動きは単調で、ミュラにとっては対応しやすいものにみえた。


「先生、あの魔剣の発動に必要な魔力源はなんなの? あんなの、尋常な魔力量じゃ使えないはずだけど」


「魔力の供給は、ルーシアの身に着けている多くの魔法石と、彼女の舞踊によるものだニャ。原理的には、マホジョの模擬戦でのダンスと、まあ同じだニャ」


「Bクラスの生徒と同じ……」


 舞踊を魔力に変えるのは、原理的にはマホジョの生徒達のダンスと同じものらしい。もっとも、その供給量は桁違いなものに、サーシャには思えたが。


「〝隷覇舞踊〟、奴隷制度が現存している南方諸国において、奴隷たちが主人を支援するために開発された舞踊魔法だニャ。そしてルーシアが発生させた魔力は、彼女が首にはめている〝隷属の首輪〟によって主人であるミュラに供給されるニャ」


「〝隷属の首輪〟って、違法魔法具じゃない!?」


「知ってるの? カレンさん」


「はめれば主人の命令には絶対に逆らえなくなるっていう、強制の呪いを持つ首輪よ。南方の蛮王が自身の覇道の為に作り出した魔法具で、ローラントでは使用が禁止されているわ」


「ああ。使用者の魔力を大幅に高め、主人に供給することができる効果があるニャ。そして呪いとして、主人が死ねば従者も死ぬニャ」


「従者も死ぬ!?」


 衝撃の言葉に、サーシャは息をのむ。


「ルーシアは魔力をささげ、ミュラはルーシアを守り、魔獣を斬る。そして観客の思いをもって魔剣を錬成する。それこそこのショーの真の姿だニャ」


「その通り! ルーシアはオレに命を預け、オレがルーシアを命がけで守る。オレ達兄妹は一蓮托生、まさに一心同体というわけだ!」


「妹と一心同体とか、発言がキモイです、兄様」


 ついに100匹目の魔獣を斬り裂いたミュラとルーシア。特に踊り続けたルーシアは全身に滝の様な汗をかいているが、呼吸は全く乱れていなかった。


「ではサーシャ、出番だニャ。オレと一緒にステージにあがるニャ」


「は、はい!」


 ノートンに連れられ、ステージに上がるサーシャ。

 命がけのミュラ達の決意を眼前に見せられ、緊張のため足取りが重い。だが傍らのノートンは、サーシャを安心させるかのように優しく手を取って、ステージへと導いてくれた。


「では幻獣を、この場に開放するニャ」


「解放しちゃっていいんですか? ここで?」


 サーシャは危惧の声をあげる。

 魔法書に封印されている呪いを集めた幻獣、それを開放すれば、幻獣は再び人々を襲いだすからだ。


「心配はいらねえぜ、サーシャちゃん。オレ達兄妹が、サーカスをしながら集めた希望、人々の期待で錬成した竜殺しの魔剣に、斬れぬ幻獣なんてないさ」


 白い歯を見せながら、剣を片手に握りこぶしをつくるミュラ。

 準備運動である魔獣斬りによって、その手にもつ魔剣の輝きはさらに増していた。


「ステージには結界が張っていますし、最悪の場合は、再び魔法書に封じることもできます。安心してくださいサーシャ。

 あと、キザなセリフがキモイです兄様」


 兄ミュラにつっこみを入れつつ、ルーシアもまたサーシャに安堵するよう語りかける。 


「サーシャ、〝負債の女王〟(クイーン・オブ・ザ・デビット)の72ページ目を開くニャ」


「……はい。わかりました」


 皆の説得に、サーシャも覚悟を決め、魔法書を開く。

 猫の顔が描かれたそのページは、もっとも最近に封印された幻獣のページだった。

 目を閉じ、念じるサーシャ。瞬間、魔法書が光り輝いたかと思うと、ページから猫の絵が消える。刹那、巨大な猫型の魔獣が、轟音と共にその場に現界する。

 全身を覆う漆黒と金色の入り混じった、禍々しいオーラを放つ不吉な猫の姿の幻獣。それはニーアがよく知るものだった。


「まさか、コバンの幻獣!?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る