第33話 魔獣サーカス
サーシャ達がマートンを追ってやってきた先にあったのは、王都の外れにある広場だった。
広場には重厚な皮と木材で作られた、巨大なテントが張ってある。優に100人は収容できそうなテントは、以前にはなかったものだ。
「これって〝魔獣サーカス団〟のものじゃない?」
テントを見上げるシャル。
「魔獣サーカス団、それってどんなサーカスなの?」
「その名の通り、魔獣を扱うサーカスだよ。魔獣斬りのショーが有名で、魔獣特攻の魔剣を使って召喚した悪い魔獣をその場で斬っちゃうの。王都に来ているから、友達に見に行こうと誘われてたんだけど、内容が過激っぽいだから、断ってたんだ」
「確かに、なんかすごそうだね」
シャルが説明した内容は、サーシャにもやや野蛮に思えた。
「魔獣サーカスが持つ魔剣の噂なら、聞いたことがあります。私もコバンの魔獣の呪を解くために、サーカス団を追ってたことがあります。結局、会えなかったんですけど」
「サーカスよりも、今はあの少年を探さないと。ここに来たってことは、サーカスの関係者の可能性もありますし……
──って、あれはノートンさんじゃないですか?」
ニーアが指さした先に、ノートンの姿があった。サーカスの団員らしき大男と、テントの前で話をしている。
「マスターだ。テントの中に入っていくよ」
「よし、あたし達も追いかけよう」
ノートンの姿を追って、テントの入口へと向かうサーシャ達。だが、背後からの女性の声に呼び止められる。
「今日はサーカスは休館ですよ」
見ると、サーカスの団員らしき女性が立っていた。
年齢はサーシャ達よりも2~3歳年上だろうか、褐色の肌に、腰まであるピンクの混じった灰色の髪は、彼女が南方系との混血であることを表していた。顔立ちこそまだ少しあどけなさの残るものだったが、琥珀色の瞳と宝石をあしらえた南方風のイヤリングが、彼女にエキゾティックな大人の魅力を与えていた。
首元からつま先まで全身を覆う南方のロングドレスを着込み、スリットが入った肩からのぞく小麦色の肌が光っている。
「ええと、ごめんなさい。私たちは客ではなくて、ノートンという人に用があって……」
「──貴女、サーシャ!?」
女性は瞳を大きく見開き、驚いた表情をする。サーシャの事を知っている様子だ。
「え、そうですけど……」
だがサーシャの方にはまるで覚えがない。一方的に名前を呼ばれ、戸惑うばかりだ。
「はじめまして、サーシャ。私の名前はルーシア。貴女の事は、ノートン様から聞いてるわ」
自らの胸に右手を当てる、南方系の挨拶で丁寧に自己紹介するルーシア。
「他の方は、サーシャのお友達かしら?」
「あ、はい。そうです」
カレン達も答える形でそれぞれ自己紹介すると、ルーシアは嬉しそうに微笑んで返してくれた。
「ノートン様に会いに来られたんでしょう? 案内します。こちらへ」
ルーシアに導かれるままに、サーカスの天幕の中に入るサーシャ達。天幕の中は、外から見るよりもずっと広かった。真ん中のステージを取り囲むように観客席が並んでおり、それらは優に数百人は収容できそうだった。
ステージの中央に、ノートンは団員らしき派手な衣装を着た男と話し込んでいる。側には猫人のマートンもいた。
「ノートン様、サーシャとそのお友達が来られています」
「お、サーシャか、呼ぼうと思っていたニャ。みんなも、どうしたんだニャ?」
真ん中のステージの前で、ノートンが振り向く。
「先生、このマートン君は本当に先生のお子さんなの?」
ノートンに会うや否や、シャルが開口一番に真剣な表情で尋ねる。
「?? いったい何のことだニャ?」
ノートンは怪訝な顔をして、シャル達を見つめる。
「だって、この子が〝自分はノートンの息子〟だって、言うから」
シャルはマートンの事を指さす。
「マートンがオレの子供なわけないニャ」
「じ、じゃあ、メス猫の奥さんは?」
「一体何を言っているんだ、シャル? どこかで頭でも打ったかニャ?」
真剣な表情で問いかけるシャルと、怪訝な顔をし続けるノートン。そんな彼女たちの姿を見て、マートンが「メス猫の奥さん……ぷぷぷ、はっははは!!」と、笑いをこらえきれない様子で、ついに噴き出してしまう。
「ノートンの妻がメス猫!? ガハハそりゃ傑作だ!」
内容を察したのか、ノートンの隣にいた団員らしき男もつられて豪快に爆笑しだす。巨大な天幕の中で、男とマートンの笑い声が響く。
「……マートン、貴方つまらぬ嘘をつきましたね?」
そんな中、ルーシアだけが怒った表情でマートンを睨みつける。
「だって、嬢ちゃんたちの反応が可愛くて、ついからかってしまったニャ」
「じゃあ、あれは嘘なの?」
「嘘だニャ、ごめんニャ」
「よかった、うそだったんだ~」
サーシャ達はほっと息をなでおろす。怒る気力もない。
「冗談にしては、タチが悪いですよマートン。乙女心を弄んではいけません」
「だって、今でも女の子にモテモテのノートンを見てると、ついからかいたくなったニャ」
「むう、それはノートン様が悪いですね。後で詳しく聞かせてください」
「なんでそうなるんだニャ、オレは何も悪くないニャ」
何故か濡れ衣を着せられ、抗議するノートン。
「それで、マスターはここで何をしていたんですか? 今日はサーカスはお休みみたいですけど?」
サーシャは気を取り直して、ノートンに尋ねる。
「古い仲間と会っていたニャ。ちょうどいいので紹介するニャ、彼がサーカス団の団長、ミュラだニャ」
「ミュラだ。このサーカス団の団長をしている。よろしくな!」
分厚い胸板をたたきながら、大声で南方式の挨拶をミュラ。茶色い髪を短く刈り上げた体格のいい伊達男。年齢は20代半ばだろうか。その鍛え上げられた肉体は、軍隊にも滅多にいなそうだ。
「そしてこの別嬪さんが、妹のルーシア。サーカス団の舞姫だ。どうだ、綺麗だろ?」
ミュラがルーシアの肩を抱きながら、紹介する。
「自己紹介は済ませました。あと妹の肩を不必要にさわらないでください。キモイです、兄様」
サーシャ達に対する対応とは違う、ツンとした口調で、ミュラに抗議するルーシア。
肌も毛色も性格も異なる。兄妹というにはあまり似ていないと、サーシャは思った。
「そしてこっちが、マートンだ」
「マートンだニャ。さっきはからかってごめんだニャ」
ペコリと頭を下げるマートン。
「ノートンさん、マートンさんも何かの呪いで猫人になってしまったんですか?」
猫耳の呪を受けているニーアは、マートンの事が気になるらしい。
「いや、マートンのは呪いじゃないニャ。彼は猫の妖精だニャ」
「妖精? 初めて見た! なんかイメージと違う!」
思っていたものと違っていたため、サーシャは思わず声をあげる。
「年を経た猫のうち、善の魂を持っている猫は、妖精となり、実体化する能力を得る。こう見えてもマートンはオレたちより、ずっと年上だニャ」
「善の魂……アタシ達をからかったのに?」
とカレン。彼女は嘘をつかれたことを少し根に持っている様だ。
「まあ悪戯好きなのは、妖精の性みたいなもんだニャ」
「実体化する能力、という事は、この姿も仮の姿ということですか? マスター」
「そうだニャ。マートン、試しに変身して見せてほしいニャ」
「オッケー!」
そういうとマートンはサーシャの姿に変身する。
「すごい、そっくりだ!」
感嘆の声をあげるサーシャ達。さらにシャルやカレン、ニーアの姿に変身し、最後に巨大な獅子の姿で咆哮をあげる。
「じゃあマスター、マートンさんの猫人の姿も、本当の姿じゃないんですね?」
「そうだニャ。サーカス団のマスコットのため、マートンはこの姿になっているニャ」
「僕が猫人の姿なのは、サーカスの設立者でありマスコットだったノートンが、辞めちゃったからだニャ。代役みたいなもんだニャ」
「マスターが、魔獣サーカス団の設立者!?」
マートンの言葉に、驚くサーシャ。
「まあ、設立者はオレだニャ。マスコットでは無かったと思うがニャ」
「マスターが以前はサーカスをしていたなんて、知らなかったです」
「王都でアイテム商を始めることにしたので、サーカス団はミュラに引き継いだニャ。あの時はオレ達4人だけの小さなサーカスだったが、今は随分と大きくなったみたいだニャ」
「まあな。今日は暇を出しているが、従業員を含めれば30人になる。間違いなく、王国一のサーカスだぜ」
親指をグッと立て、白い歯と共にウィンクするミュラ。
「得意げな表情が、キモイです、兄様」
と、冷ややかに水を差すルーシア。この兄妹はいつもこんな感じらしい。
「オレ達が王都に来たのは、サーシャ、アンタに会うためだがな」
「私に?」
予想外のミュラの指名に、サーシャは驚きキョトンとした表情をする。
「ああ、正確に言うと、アンタが持っている〝負債の女王〟(クイーン・オブ・ザ・デビット)にだがな」
「えっ!?」
サーシャは驚き、目を見開く。
彼女が持つ魔法書〝負債の女王〟(クイーン・オブ・ザ・デビット)については、口外しないようにノートンにきつく言いつけられていたからだ。だから実物を見たニーアはともかく、カレンもシャルもその存在を知りはしないのだ。
「心配することはないニャ。ミュラたちはサーシャの魔法書のために、旅をしていたのだからニャ」
不安そうなサーシャを安心させるように、ノートンが微笑む。
「さて、役者もそろったことだし、ショーの始まりとするか」
「ショーって、何が始まるんですか?」
「そりゃサーカスさ。ただし、嬢ちゃんも出てもらうがな」
「え、私もですか?」
予想外のミュラの言葉に、サーシャは驚く。
「サーシャ、安心して、魔法書を持って待機するニャ」
「は、はい」
ノートンの言いつけ通り、慌てて懐から魔法書を取り出し、準備をするサーシャ。
「あたし達も先生達のショーが見たいな」
「ではここで観てるニャ。ステージの外はシールドが張ってあるので、安全だニャ。ただし内容は絶対に口外しないことを約束してほしいニャ」
「わかった、ノートン先生!」
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