第29話 魔女


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 翌朝シャルが登校すると、教室は怪盗エロスの逮捕の噂でもちきりだった。


「よかったね、怪盗が逮捕されて」


「シャルの記憶が取り返せなかったのは残念だけどね」


 記憶を奪われた被害者の一人であるシャルに対し、クラスのみんな優しい言葉をかけてくれる。


「そうだね、記憶は戻ってこなかったけど、変な使われ方されてないならいいかな」


 正直、シャルは怪盗エロスの正体がマゼンラという事に多少の違和感はあったが、これで事件が解決したならそれでいいと思う。


「ノートン先生が来なくなったのは残念だね。サーシャちゃんも」


「あ、それは思う」


 シャルもそれには同意する。むしろ手のひらを返したかのように、ノートン達の立ち入りを禁止した学園の対応の方が、やや不満だった。


「ところでシャル、この前に聞いてたこと、わかったよ」


「この前聞いてたこと、って何?」


「もう、〝髪灰のコンパクト〟を誰がくれたか、先輩に聞いといて、って言ってたじゃない」


「あ、ごめんごめん、忘れてた!」


 うっかり失念していたが、シャルはノートンの依頼でコンパクトについて聞き込みをしていたのだ。


「あれ、だれがくれた物なの?」


 怪盗エロス事件が解決した今、シャルにとって既に価値のない情報ではあったが、そのことは友達はしらない。友達に頼んだ手前、興味あるふりをして教えてもらうことする。 


「あの魔法具を作ったのは──」


 だが友達が発した予想外の言葉に、シャルは鈍器で殴られたような衝撃をうけ、その場で固まる。

 まさか──

 いびつな形で無理やり結合させていたパズルが、最後のピースの登場により、再構成され綺麗にはまる。

 そしてそれは圧倒的な説得力となって、シャルの背中を押した。


「……確認、しなくちゃ」


 思わずひとり、そうつぶやいた。




 その日の夜、シャルは闇に紛れて一人で学園校舎に侵入していた。

 侵入ルートは前回と同じ。目指すは旧棟の最奥の教室。通称、〝不幸になる部屋〟だ。

 トルル石の妨害は生きていたため、シャルは気分が悪くなったが、無理を押して教室に入る。種さえわかっていれば、怖いものではない。むしろこの先にあるものが、問題だった。

 目的は、この教室の倉庫。

 以前ノートンが入ろうとして、マゼンラのために引き返した扉だった。


(よし、入ろう)


 覚悟を決めて、扉に手をかけるシャル。

 扉は招かざる客を警戒するかのように、重厚で、開けにくかった。それでも意を決して、ドアをこじあげる。


(これは!)


 やっとのことで扉を開けたシャルは、思わず息をのむ。

 目の前にあるのは、大量の髪を集めた祭壇と、灰の山。何らかの儀式を行う場であり、その状況からして今なお使われているものの様だ。

 その隣には、10数体の学生服を着た少女たちの人形。彼女たちの姿の中には、シャルが知っている先輩達の姿もある。人形はまるで生きているかのようにリアルだった。

 学園の七不思議のひとつ、消えた生徒達が人形になって保管されているという噂そのものの光景。


「ひっ!!」


 そして人形の一つに、シャル自身の物もあったことで、彼女は恐怖のあまり息をのんだ。


「──いけないコね、こんなところまで来るなんて」


 突如、背後からした無機質な声。

 シャルの背筋に冷たいものが走る。

 背中に分厚い氷を押し付けられる感覚。人生で初めて感じた。これが悪寒というものなのだろう。

 動けない。

 本能が理解していた。

 背後のその人物は、その魔力も経験も、シャルでは到底及ばない怪物。

 後頭部に、冷たい金属の棒のようなものが押し付けられる。

 おそらくは銃だろう。


「──どうして? ポロン先生」


 シャルは瞳で涙をこらえながら、やっとの思いで、そんな言葉をつぶやく。


「若いあなたにはわからないでしょうね。でもいつか、わかる日が来るわ」


 背後の銃口に、強力な魔力が集約される。頭越しにでもわかる、痺れるような強力な魔力が、シャルの脳裏を刺激する。

 シャルは観念し、目を閉じたその瞬間、

 突発的な嵐のような、強い衝撃があたり一面を襲った。

 砕け散るガラス片と共に、外から部屋に飛び込んできた人影、それはシャルがよく知る人物だった。


「ノートン先生!」


 月明かりの下で怪しく光る瞳と、照らされた猫人のシルエットは、ノートンだった。

 ノートンは猫のしなやかさで地面を蹴ると、ポロン先生めがけて突進する。


「くっ!」


 ポロン先生が銃口をノートンに向け、引き金を引く。

 だが発射された弾丸は、素早く身をかがめたノートンの頭上を通過し、壁に当たって砕け散る。


「ニャ!」


 すかさず電光のごとき剣撃を繰り出して、ノートンはポロン先生の手に握られていた〝メモリーガン〟を剣先で絡めとる。


「やはり本物は貴女が持っていたかニャ、複製鏡で作った偽物で誤魔化そうとは、アイテム商をなめすぎだニャ」


 銃を奪われたポロン先生は苦々しそうな表情で、ノートンを睨む。 


「ポロン先生、貴女が〝怪盗エロス〟の正体だニャ」


「……何のことでしょうか? ノートン先生、怪盗エロスはマゼンラのはずでしょう? 私は無断で教室に入ってきたシャルと、話をしていただけよ」


「今さらしらばっくれても無駄だニャ。マゼンラが怪盗エロスでないことは、すでにマゼンラ自身が自白済だニャ。この〝饒舌のリップ〟でニャ」


 ノートンが取り出したものに、シャルは見覚えがあった。

 学園で流行している〝饒舌のリップ〟だった。つければ唇がプルプルになる代わりに、ウソがつけなくなるという。ノートンは幽閉されているマゼンラにリップをつけ、情報を聞き出していたのだ。


「これは元々は自白のために作られた魔法具でね、唇の古い角質を落とす効果の方が、呪いの様なものだニャ。

そして貴女は、さらに正体を隠している。怪盗エロス、いや〝美魔女ヴィラ〟」


「ポロン先生が、美魔女ヴィラ!?」


 衝撃の事実に、シャルが驚嘆の声をあげる。

 美魔女ヴィラ──50年前に活躍した稀代の女魔術師。しかし彼女は自らの美の追求にその才能を用いたため、魔術師達からは異端の魔女、すなわち〝美魔女〟の蔑称で呼ばれ追放されてしまったという。

 ヴィラは姿を消したものの、彼女が作ったとされる美容グッズは定期的に王都に流れ、現在でもご婦人たちによって高値で取引されている。

 美容に人一倍関心があるシャルも当然、彼女の存在は知っていた。


「……どうして私がヴィラであるとの推測に至ったか、聞いておきましょうか」


 ポロン先生はノートンの指摘に、落ち着き払った口調で尋ねる。


「姿を消したヴィラが王都のどこにいるかについては、推測はついていた。流行に敏

感な彼女が潜伏しているのは社交界か、繁華街、そしてマホジョのどこかのはずだと思っていたニャ。だがこのコンパクトを見て、ヴィラの潜伏先がマホジョであると確信したニャ」


 ノートンは〝美灰のコンパクト〟を懐から取り出す。


「髪の灰をささげることで、わずかだが髪の持ち主に容姿を似せる魔法具。このコン

パクトは学生たちが作ったにしては、あまりに完成度が高すぎるニャ。間違いなく美魔女ヴィラがつくり、生徒達に与えたもの」


 シャルが先輩から得た情報も、コンパクトはポロン先生からもらったというものだった。


「そしてこの学園でなら、大量の若い娘の髪を容易に集めることができる。あの人形を使ってニャ」


 シャルにもノートンの主張は理解できた。学園の七不思議のひとつである夜中に徘徊する少女の人形を使い、毎晩、生徒たちの髪を集めていたのか。


「流行の発信地の一つにして、若い女性には事欠かない王都で最も閉鎖的な空間。ここはヴィラにとって理想的な実験施設だニャ。まれに学校の七不思議目当てに侵入してきた生徒がいたが、その記憶はメモリーガンで奪い機密を保持してきた。今までは数年に一度の出来事だったので、大きな事件にはならなかった。

 だが旧棟の取り壊しが決定すると、取り壊し前に七不思議の謎を探ろうと、立て続けに生徒達が侵入したため、慌てて記憶を奪う変態の怪盗エロスの犯行に仕立て上げた。最初の犯行において、犯行状が無かったのはそのためだニャ。

 だがオレが真実に迫ると、急いで〝失われた青春の至高のお宝〟の噂を流し、やってきたマゼンラにすべての犯行を押しつけ、オレを学園から追放しようとした」


「なるほど、試作のコンパクトを生徒達に与えたのは失敗だったようね」


 ポロン先生は、あっさりと容疑を肯定する。


「それ以外にも、貴女がヴィラであると予想していたニャ」


「ほう、それはなぜ?」


「ブルマだニャ」


「ブルマ?!」


 ノートンの口から出た予想外の単語に、二人の会話に沈黙していたシャルが思わず変な叫び声をあげる。


「貴女はブルマを〝憧れの衣装〟といったが、女の子がブルマにあこがれたのはかなり上の世代だニャ。あの言葉を聞いた時、貴女がヴィラだと気づいたニャ」


「そう、まさかブルマが命取りになるとはね」


「確信したのは、授業の際にカマをかけたことだニャ」


 ノートンは懐からアゾット魔法剣を取り出す。柄の部分にはめられているのは、一定の年齢以上の女性に効果がある魔石。通称、〝熟女殺しのシトリン〟


「この剣での実演授業を依頼した際、教師である貴女は露骨に顔をそむけた。それはこの宝石が、自分に特攻の効果があると知っていたからだニャ」


 剣先をポロン先生に向けながら、そう宣言するノートン。

 ポロン先生は自身に向けられた剣先を苦々しく睨みつけながら、ついには、全てを認めた。


「……見事だわ。ガス抜きのために招いた探偵モドキだったけど、侮っていたわ」


「認めるのか、美魔女ヴィラ?」


「ええ、私がヴィラよ」

 

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