第28話 至高の価値を持つ失われた青春の財宝

 鳴り響く警報音の中心は、新校舎の一階奥の倉庫だった。

 サーシャ達が駆け付けた時にはすでに教師達は倉庫に集まり、さらに寮からやってきた女子学生の野次馬たちが廊下に群がっていた。


「何事ですかニャ、ポロン先生」


 ノートンは女子学生達の群れをかいくぐり、教室にいたポロン先生に状況を尋ねる。サーシャ達もノートンの後を追うように、ポロン先生の元にたどり着く。


「学園に侵入した賊が捕まったそうです」


 やや落ち着きのない顔色で、答えるポロン先生。スーツ姿なのは職員室に残って残業していたからだろうか。


「ウチの学校の倉庫に保管されている物を、盗もうとしてトラップに引っかかったみたいです」


 ポロン先生が指さした先には、巨大な植物の幹が生えていた。マジック棒倒しの際に使用された植物型の魔獣の一種を、トラップとして利用しているらしい。

 幹は幾重にも絡み合いながら、怪盗と思しき男に巻き付いている。男の全身は植物に覆われており、顔は確認できない。男の側には、宝を入れと思しき大きな袋が置かれていた。


「あの男が、怪盗エロス?」


 予想外の展開に、息をのむサーシャ。ノートンの言葉から予想していた犯人の姿とは異なる、大柄の屈強そうな男だったからだ。


「何度も学園に忍び込めると思うなよ。罠を強化して正解だった」


 男の胸倉をつかみながらそう言い放つネイ先生。怪盗の確保に、唇からは笑みが見える。

 ネイ先生は用心深く右手に剣を携えながら、左怪盗の素顔を確認しようと、左手で顔を覆っていた植物をぬぐおうとし、


「待つニャ! そいつは──」


 犯人の正体に気づいたのだろうか、突然、ノートンはネイの手を止めようと叫んだ。

 だが既に遅かった。

 顔だけは自由になった怪盗は一瞬、口元に不気味な笑みを浮かべたかと思うと、


「──全裸光線!!」


 聞き覚えのある野太い声で、そう叫んだ。

 黄金色の光が周囲を照らした瞬間、植物の幹はほどけ、男はそこから軽快に飛び起きる。


「怪盗マゼンラ!?」


 その場に仁王立ちするパンツ一丁の裸に筋肉隆々の大男。サーシャも既知の人物、怪盗マゼンラだった。


「この、盗賊が!」


 ネイ先生が右手にしたサーベルで果敢にもマゼンラに斬りかかろうとするが、


「ふん! 全裸光線!」


「なに!」


 ネイ先生の右手からサーベルが落ち、さらに着ていた服までほどけ落ちる。


「ふはははははは!!」


 マゼンラはさらに廊下に集まっていた女子生徒達に向けて、全裸光線を放つ。


「きゃあああああああ!!」


「服が! なにこれ!?」


 女子生徒達から黄色い悲鳴があがる。

 予想外の出来事に、現場は阿鼻叫喚の大騒ぎとなる。ニーアの時と状況は同じだが、多感な年ごとの女子学生ばかりなので、余計にたちが悪い。


「サーシャ、シャル、さがってろ!」


 サーシャ達を下がらせたノートンが、マゼンラの正面に立つ。

 マゼンラは、ノートンの右手に握られている剣に眉をひそめる。 


「む! 魔石剣アゾット、宝石は〝アメジスト〟か」


 ノートンが魔石剣のレプリカの柄にはめ込んだのは、〝オヤジ殺しのアメジスト〟。魅惑の紅色で男性を魅了するこのアメジストは、魔石剣にはめ込めば中年男性特攻の効果を持つ。ノートンは本気でマゼンラを仕留めるつもりらしい。


「ならば、我も本気をだそう」


 マゼンラはパンツの中に手を入れ、中から貝殻の様なものを取り出す。


「パ、パンツの中から貝。なんか嫌!!」


 思わず叫んだサーシャの声を無視し、マゼンラは熱っぽい眼差しで貝殻を見つめ、語りかけた。


「我が娘よ。吾輩のことを、どう思うか?」


『──もちろん、パパかっこいいよ!!』


 なんと貝殻から少女と思しき声が響いたのだ。


「がはは、そうかそうか、もっと言ってくれ!!」


『パパかっこいい!! 素敵!!』


「がははは!!」


 貝殻からの声に、マゼンラは愉快そうに笑い、悦に入る。サーシャ達は何が行われているのか理解できず、皆きょとんとしている。


「あ、あれはいったいなんですか? マスター」


「あれは、〝魔響貝〟という昔エドガーが作った意志を持つ魔法具だニャ。女子の声で語りかけて、孤独な男性を慰めてくれる効果があるニャ」


「な、慰めるだけですか?」


「そうだニャ。それ以外の効果はないはずだニャ」


「なんて悲しい魔法具。でも、どうしてこの場で?」


『パパかっこいい、パパガンバ! パパ素敵! パパ無敵! パパ最強!』


 サーシャの疑問をよそに、魔響貝からはマゼンラを称賛する声が鳴り響く。


「がはは、ならばその期待に応えよう」


 マゼンラの身体から放出される濃厚な魔力。その魔力によって彼の肉体は隆起し、更に屈強そうなものに変化していく。


「声援を、魔力に変換しているのかニャ」


「その通り。愛娘の〝愛〟を魔力に、我が力に変える魔法である!」


 高らかに宣言するマゼンラ。


「娘じゃないでしょ、この変態怪盗!」


 状況を見守っていたシャルの、怒り心頭といった声が響く。

 彼女の周囲に浮いているのは、無数のホウキ。


「行け! ホウキたち!」


 シャルは、それらを高速でマゼンラに向けて放つ。高速で解き放たれたホウキは、それぞれが弾丸のようにマゼンラめがけて突進する。


「ふん!」


 だがマゼンラは筋肉を引き締めるポーズをとるや否や、その体は鋼の様に硬直し、衝突したホウキはすべて砕け落ちた。


『パパかっこいい!! しびれる~!!』


「ふはははは! これぞ我が10年かけて開発した〝鋼の肉体を持つパパは必ず勝つ魔法〟 略して〝パパ勝つ〟魔法なり!!」


「その略し方は止めるニャ」


「褒められれば褒められるほど無限に強くなる、偉大なる父の力を知れ!」


「せめて実の娘の声援であってほしかったニャ」


 襲い掛かるマゼンラを、ノートンは悪態をつきながら迎え撃つ。強化されたマゼンラの筋力はすさまじく、剛腕が触れただけで壁が粉々に砕け散る。


「ちっ、人が多すぎるニャ」


 猫人の俊敏さを活かして、辛くも避けるノートン。サーシャ達の存在が気になっているのか、ノートンの動きは悪く守勢にまわっている。


「どうしよう、シャルちゃん」


「う~ん、あの筋肉……すごい、けど、キモイね」


「はうっ!?」


 思わずつぶやいたシャルの一言に、マゼンラが大げさにもだえる。


「──そうか!? 

 サーシャ、シャル、マゼンラに暴言をぶつけるニャ」


「暴言ですか? マスター」


「女子の声援で強くなる魔法なら、逆もあるはずだニャ」


「わかりました。え~と、ムキムキでなんかキモイです!」


「はうわぁ!!」


「筋肉むさい!」


「ごふ!」


 サーシャとシャルの声に、マゼンラは吐血する。


「暑苦しい!」「変質者!」「服を着なさい!」


 さらに状況を理解した女子生徒達の矢の様な言葉が続く。


「うぐぐ、苦しい」


 魔響貝による声援を上回る女子達の非難の声。その声にパパ勝つ魔法の効果が切れたのか、マゼンラの肉体は瞬く間に小さくなり、苦しそうにもだえている。


『ちょっと! パパ頑張ってよ! つ~か、あたし以外のコの声なんて気にしないでよ! パパの浮気者!! 鋼の肉体を持っているんでしょ?』


「すまん、我が娘よ。パパの肉体は鋼だが、メンタルはガラス……ぐはっ!」


 ついにはその場に倒れこむマゼンラ。なんとノートンは剣を交えることなく、マゼンラに完勝してしまったのだった。


「ふう、手ごわい相手だったニャ」


「そ、そうなんですか?」


 ノートンが言うには強敵だったらしいが、どのくらい強かったのか、サーシャには今イチわからなかった。


「では、少しお仕置きだニャ」


 ノートンは目を細めながら微笑むと、マゼンラの右太ももに魔石剣を押し付ける。

 薄皮を傷つけるような、浅く弱い切り傷。


「NOOオオオオオオオオオォォ!!!」


 だが男性特攻の効果はすさまじく、激痛に襲われたマゼンラは悶絶の声をあげながら、その場に崩れこむ。


「……ぐぬぬ、せめてお宝の中身だけでも……」


 激痛にもだえながらも、自らが盗もうとした盗品が入った袋を開けるマゼンラ。

中には〝至高の価値を持つ失われた青春のお宝〟が入っているという。


「……なんだ? これは?」


 中から出てきたのは、紺色の布の山だった。


「これって、Aクラスのブルマですよね?」 


 サーシャが〝お宝〟の中身を確認する。間違いなく、今回の試合で廃止になったばかりのブルマだった。


「なるほど〝至高の価値を持つ失われた青春のお宝〟は、廃止されたブルマだったかニャ」


 廃止になったブルマは、悪用(?)されるのを避けるため、密かに廃棄処分となるはずだったが、それが〝お宝〟の噂として広まったのだろう。

 確かに失われた青春の財宝であることは間違いない。もっともこれが至高の価値を持つのかどうかは、人によって違うだろうが。


「なんだこの奇妙なパンツは!? あ、汗臭い!!」


 盗み出した宝の正体に、ショックの声をあげるマゼンラ。彼にとっては、何ら価値のないものだったようだ。


「ブルマは確かに変だけど、アンタが奇妙とか言うな!」


「くさいとか言わないで!」 


「ぎょえええええええ!!」


 マゼンラの発言を聞いた女子生徒たちが、地面に寝ころんでいたマゼンラを集団で足蹴にする。先ほど衣服を乱された復讐もあるのだろう。容赦ない蹴りでボコボコにされ、マゼンラはボロ雑巾の様に崩れ去る。

 床に伏せるマゼンラと、散乱するブルマ。ノートンはそんなマゼンラの懐から、棒のようなものを取り出す。

 無機質なそれは、銃の形をした魔法具だった。


「それは何ですか、マスター?」


「これはメモリーガンといって、対象者の記憶を奪い、シャボン玉の様な記憶の結晶に変えて保持することができる、最高クラスの魔法具だニャ」


「じゃあそれが〝記憶を盗む〟怪盗の正体、やっぱりマゼンラは怪盗エロスだったん

ですね」


 サーシャの指摘に対し、


「まあ、本物であればな」


 とノートンは無表情のまま、ぶっきらぼうに答えた。


「どちらにせよ、こいつには聴きたいことがあるニャ。

 先生方、教室を一つ貸してほしいニャ、こいつを尋問する」


 〝尋問〟という聞きなれない言葉を発したノートンの声色は、サーシャがこれまで聞いたことがない、低く冷たい声だった。


「それはできませんノートン先生」


 だがノートンの申し出をはっきりとした声で拒否したのは、ポロン先生だった。


「なぜだ? マゼンラにエロスの事を吐かせる必要があるニャ」


「いいえ、〝メモリーガン〟を所持していた以上、怪盗エロスの正体はマゼンラで確定です。宝を盗むために学園に偵察のために侵入し、目撃者の記憶を奪っていたのでしょう」


「その推測は無理があるニャ。偵察にしては期間が明きすぎているし、この宝の噂が流れたのは今日の話だニャ」


「何と言われようと、怪盗エロスの正体はマゼンラです。マゼンラの尋問は、学園側で行います。貴方に依頼したのは、エロスの逮捕まででしたから」


 あくまでノートンの仕事は終わったと主張するポロン先生は、さらに、


「これは学園長の決定です」


 と付け加えた。

 あくまでノートンの要求をかたくなに拒否するポロン先生。

 今までの温和な彼女とはまるで異なるその態度に、サーシャもまた戸惑いながらノートンの対応を注視していたが、


「わかったニャ」


 ついにノートンは引き下がった。


「約束通りの報酬として、メモリーガンと魔響貝はさしあげます。怪盗の黒パンツも後ではぎ取ってお渡ししましょうか?」


「……パンツはいらないニャ」


 そういって、ノートンはメモリーガンと魔響貝を受け取った。

 黒パンツの効果は素晴らしいが、服を着れない呪いが大きすぎる。使いたくは無いし、売り物にもならないと判断したのだろう。


「これで完全に解決だね、よかったよかった!」


 事件が解決してホッとしたのか、妙に大げさに騒ぐシャルを前にしても、ノートン

は無言で何かを考え込んでいるようだった。


「では、事件は解決しました。生徒の皆さんは、速やかに寮に戻ってください」


 終了を宣言するポロン先生。

 こうして、学園を騒がしていた怪盗エロス事件は、一応の終息をみた。

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