第26話 学園の七不思議(上)
夜9時の校舎裏で、サーシャはノートンと共に寮から抜け出してきたシャルと合流していた。シャルはミニのワンピースにショートパンツを合わせた服に着替えている。寮での部屋着らしいが、普段着も随分とお洒落だなとサーシャ思った。
「やはり問題なく抜け出せたかニャ」
「うん。でもどーしてあたしが無事に抜け出せると思ったの?」
「それはシャル、君が記憶を失う前に校舎に忍び込んだことがあるからだニャ」
「? どういうこと?」
「簡単な話だニャ。シャルは来年卒業のはずだが、何かやっておきたいことはあるかニャ?」
「え~と、友達といっぱい遊んでおきたい」
「他には」
「か、彼氏を作ってみたい、とか?」
「え、彼氏ですか!?」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめるシャルに、驚くサーシャ。
「それもあるだろうニャ。他に〝学校の七不思議〟の謎を解きたい、とは思わないかニャ?」
「それも興味ある!」
「怪盗エロスに記憶を奪われたシャルは、教室の机の上に寝ているところを早朝に発見されたそうだが、その夜は何をしていたんだニャ?」
「え?」
「シャルは犯行の日の夜に学園の校舎に忍び込んでいた。そしてそこで、怪盗エロスに出会い、記憶を盗まれた。これは偶発的な犯行の可能性が高いニャ」
「でも、犯行声明のメモが残されていたんじゃないの?」
「犯行声明のメモは、最初の一人目は無かった。おそらく用意する暇がなかったのだろう。二人目以降は犯行声明のメモを作成し、あたかも女子学生の記憶を狙う変態による、計画的な犯行に見せかけた。推測だが、怪盗エロスが守ろうとしたのは、別の秘密だニャ」
「別の秘密……?」
「校舎にある秘密、おそらくは学校の七不思議と関係がある何かだニャ。好奇心旺盛なシャルや前の二人の被害者は、七不思議の秘密を探ろうとしてこの校舎に侵入し、見てはいけない秘密を知ってしまった。そのため記憶を奪われた」
「怪盗エロスは女子生徒の記憶を狙う変態じゃない!?」
「そして校舎には何か秘密が隠されている、という事ですね、マスター」
「その通りだニャ。シャル、前の学年でも記憶を失った生徒の話はあったかニャ?」
「先輩に聞いたところによると、何年か前に一回、あたしみたいに記憶を失う生徒はいたみたい。ただその時は一人だけだったから、騒ぎにならなかったみたいだけど」
「ふむ。それがここ一か月で3名も記憶を失う生徒が出て、慌てて記憶を奪う怪盗の存在をでっちあげたんだろうニャ」
「どうして、最近になって七不思議を探ろうとする生徒が増えたんでしょうか?」
「その答えも、学校の七不思議を調べればわかるはずだニャ」
「わかりました。夜の学校への進入って、ちょっとわくわくしますね」
深夜にここに集まったノートンの意図がハッキリし、サーシャは嬉しくなる。少しだけだが、怪盗エロスに近づいた気がしたからだ。
「……うん、そうだね」
対するシャルは、期待と不安が入り混じった複雑な表情をしている。サーシャとは逆に、怪盗エロスに近づいていることが、少し怖いらしかった。
「ではサーシャ、以前の君なら、どの順番で七不思議を探したと思う?」
「う~ん、髪の長い生徒の幽霊や生徒の石像は場所がわからないから、後回しかな。まずは、場所がわかっていて校舎に入らなくていい謎の菜園、からだと思う」
「菜園なら怖くなさそうですしね」
「ふむ。では行ってみるかニャ」
「やっぱりカギがかかっていますよ、マスター」
校舎の麓にある菜園は柵に囲まれ、カギがかかっており侵入できなかった。
「オレが空けるニャ」
しかしノートンは難なくカギをこじ開け、侵入することに成功していた。
「ノートン先生って、手先が器用なんだね」
「まあ、アイテム商だからニャ」
菜園の大きさは教室3個分くらいで、校舎内に設置されたものとしては大きめだ。
畑は細かく区割りされ、様々な種類の薬草が所狭しと植えられていた。
「いろいろな薬草が植えられてますね」
「……アシュア草、ペロン豆、極楽ニンジン、マンドラコラハーブまである。どれも
滋養や美容に良いとされているモノばかりだニャ」
「ここの畑を管理しているのは、ポロン先生だよ。あとマリサ先生は魔草の専門家だから、いろいろとアドバイスを受けているみたい」
「薬草っておいしいんですか?」
「薬草は味がよくないことが多いんだけど、みんなでおいしく食べる方法を考えたりしてるよ」
「ふむ。シャルはこの菜園を見て、何か感じることはないかニャ?」
「う~ん、わかんないな~。そもそもあたしだったら、菜園の柵をあけられず、あきらめて次の目的地に行っちゃったかも……」
「なるほど、サーシャは何か気づいたことはあるかニャ?」
「う~ん、どの薬草も丁寧に育てられているくらいですかね。お店で買ったら、どれも高そうです」
「そうだニャ。どれも一級の薬草ばかりだニャ。
ここはこれくらいでいいだろう。次へ行くニャ。シャルが一人で来ていたとして、次はどの秘密に行くかニャ?」
「そうだね~、七不思議のうちで場所がわかっているのは、ビーナスのウエストと不幸になる教室なんだけど、あたしが行くとしたらウエストの確認かな」
「それは私もみたいです」
続いて、サーシャ達は新校舎へ向かう。
「さて、どこから侵入するかニャ」
「マスターなら簡単に侵入できそうですね?」
「まあニャ。ただシャルの足取りをたどるなら、シャルが入れるルートを使わないとだめだニャ」
「あたし、カギが壊れている窓をしっているよ」
「では、そこから入るかニャ」
カギが壊れた窓から難なく新校舎の内部に侵入するサーシャ達。おそらく、シャルが以前に侵入したときも同じルートを使ったはずだ。
「夜の校舎って、なんかドキドキしますね」
猫人のノートンは夜目が効くため、暗闇の中でもどんどん進んでいく。その後を追うような形で、進むサーシャ。誰もいない深夜の校舎は独特の雰囲気があり、不思議な胸の高揚を感じていた。
「そ、そうだね……ねえもしお化けや、怪盗エロスと出くわしたらどうしよう?」
対して、シャルは先ほどのも増してよそよそしい。怪盗エロスの謎に近づいていると、感じているのだろう。
「大丈夫だよ。マスターはとっても強いから」
事実、先を歩くノートンの背中はとても頼もしく、サーシャは校舎を恐ろしいとは全く思わなかった。
「……そうだね。シャルの〝ビンの魔人〟も、強そうだしね」
「あ、あれは期待しない方がいいかも……」
あのビンの魔人が見掛け倒しだとばれるとかっこ悪いので、黙っていることにした。
「あっ、そういえば大切なことを伝え忘れてた。ウチの怪談に、7番目が追加されたそうだよ」
「ほう、それは興味あるニャ」
先を歩いていたノートンが初めて振りかえって足を止め、興味を示す。
「うん。なんでもこの校舎にはすごいお宝が眠っているとか」
「どんなお宝なんですか?」
「それが、〝至高の価値を持つ失われた青春のお宝〟らしいよ」
「〝失われた青春のお宝〟、なんだか怪しいニャ」
「そんなお宝があったら、他の怪盗さんたちも集まってきちゃうかもですね」
「それはちょっと困るニャ。それで、7番目の怪談はいつ追加されたものだニャ?」
「なんと今日! 寮に着替えに帰った時に、その話題で持ち切りだったんだ」
「う~ん」
ノートンは目を細めて、喉をうならせる。
「少し、ニーアさんの時と似てますね」
このタイミングで追加された新しい怪談の噂、それもお宝。なんとなく、ニーアの化け猫の時と似ている。ドレットノート・レースに参加している怪盗達を巻き込むために、何者かが意図的に流した可能性がある。
「邪魔が入る前に急いだほうがよさそうだニャ。美術室はここかニャ」
ノートンは美術室のドアを開け、中に入っていく。サーシャには真っ黒で何も見えなかったが、中からノートンがランプを灯し、部屋を明るくする。
「これがビーナスの像ですね、キレイ」
サーシャが思わず声をあげた。
確かに美術室に飾られていたビーナスの裸婦像は美しかった。流れるような長い髪に、張りのある肌、すらっとした手足に、程よい大きさのバスト、そして折れてしまいそうなくびれたウエスト。
素材は流れるような材質のもので、銀色に輝いている。
「ウエストほっそい! 確かに普通のビーナス像より華奢な気がします。年は、私たちと同じくらいかな?」
一般的なビーナスの像より細身で、年齢も若い気がする。
「材質は銀でしょうか? ふつうは石とかですよね?」
「二人とも像を見ているニャ」
ノートンが瞳を閉じて念じるや否や、ビーナスのウエストが一段と細くなったり、太くなったりする。
「すごい!」
「本当に大きさが変わっちゃった」
驚くサーシャとシャル。
「別に驚くことはないニャ。これは水銀で作られた魔法具だニャ。周囲の人間の思念に反応し、形を変えることができるニャ」
「え?! じゃあウエストが細くなっているっていうのは?」
「この学園の生徒の中での理想とされるウエストサイズが細くなっている、ということだニャ」
なんてことない。女子学生の理想の姿に形を変える水銀の魔法具にすぎないらしい。
「じゃあもし巨乳ブームが来たら?」
「この像の胸が大きくなるニャ」
ノートンが念じると、ビーナスの胸が大きくなったり小さくなったりする。さらに片胸だけ巨乳にしたり、上下に自在に変化させてみせる。
「ひや~、動かさないで!」
「せめて左右の大きさをそろえてください、マスター!」
サーシャはシャルと共に悲鳴をあげる。
マネキンとはいえ、女性の体で遊ばれるのはなんとなく嫌だった。
「ふう……でもこのビーナス像、あたし達の理想を反映していただけだったのか~、びっくりした」
ホッとしたのか、その場に座り込むシャル。
「でもなんでわざわざこんな魔法具を設置したんでしょうか?」
「おそらくマホジョの学生の美容のトレンドを探るためのものだろうニャ」
「? どういうことですか、マスター?」
「王都のファッションの流行源は、三つある。一つが貴族たちの社交界、二つ目が庶民の歓楽街、そして三つ目が名門女子高であるマホジョだニャ。流行を抑えるのは美容の基本だからニャ」
「う~ん、わからなくはないけど、学校も教えてほしかったかな~。いつの間にかウエストが細くなってたらびっくりしちゃうしね」
「そうだな。ただ、どこまで学校が知っているかはわからないがニャ」
「どういうことですか、マスター?」
「さて、次の秘密に向かうニャ」
ノートンはサーシャの疑問には答えてくれないまま、次の七不思議に向かった。
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