第25話 ノートンの特別授業


 体育館の横に併設されている講堂は、伝統的な作りの立派なものだった。教壇を中心に半円形に多くの席が並んでいる。これなら優に100人を相手に授業ができそうだ。サーシャはシャルと共に最前列に着席していた。

 ちなみに先生方は生徒の後ろの席に座っている。


「──このように、宝石の偽物は、色や気泡等を注意深く観察することによって、見分けることができるニャ」


 サーシャはノートンの宝石の授業を聞き入っていた。ノートンは鑑定学の講師ということで、いくつか宝石を持ち込んでいたらしい。受講生は全員女性なこともあって宝石に関心があるのか、みな興味深そうに聴いていた。


「ノートン先生の授業、面白いね」


「そうだねシャルちゃん」


 授業の内容もさることながら、ノートンは大勢の人の前で話すことに慣れているのか、生徒達を前にしても堂々としており、立派な先生の様にサーシャには思えた。


「あと宝石商は目がよいことが第一条件だから、目の悪い宝石商が売り込みに来たら、注意が必要だニャ。二流の宝石商の可能性が高いニャ」


「はい先生、ノートン先生も視力がいいんですか?」


 Bクラスの生徒が挙手する。


「……視力は5.0くらいかニャ」


「すごい、さすが猫ちゃん!」「すご~」「いいな~」


 Bクラスの生徒も、猫人に興味津々のようだ。気を許すと、またノートン自身の話になってしまいそうだった。


「さて、ここまでは普通の宝石の話だニャ。古来より宝石は魔力を帯びることが多く、魔法具として使われてきた。当然、呪いを持っているものも多いニャ」


 壇上のノートンもそう考えたのか、机の上にいくつか宝石を並べる。美しくも怪しい光を放つそれらの宝石は、どれも魔力を秘めた魔法石の様だった。


「きれ~」「すごい」


 これまでの宝石とは違う、妖しさを秘めた輝きを持つ宝石に、生徒たちは歓声を上げる。


「魔力と呪いを有する宝石は、人々を魅了する様々な効果を持つニャ。例えばこの〝アメジスト〟は、特に中年以上の男性を魅惑する効果がある。通称、オヤジ殺しのアメジストだニャ」


「え~」「いらないです」


 その残念な魅了効果に、女子生徒達から思わず声が漏れる。


「逆に、女性を誘惑する効果がある宝石もあるニャ。このシトリンは、通称、〝熟女殺しのシトリン〟。中年以上の女性を誘惑する効果があるニャ」


「え~」「それもいらないです」


「魅惑だけでなく、魔よけの効果のある宝石もあるニャ。このムーンストーンは退魔の力があるとされ、教会や神殿などの聖域の装飾品として、古来から使われてきたニャ。変わったところとしては、〝男避けのガーネット〟があるニャ。元は男子禁制の女子修道院で使われてきた宝石だが、絶世の美女カトリーヌ嬢が愛用していたと言われる逸品だニャ」


「先生、なんでカトリーヌさんは男避けの宝石を愛用したんですか?」


「彼女は生粋のレズビアンだったという噂だニャ」


「あー、なるほど」「美女さんも大変だ~」


 女子生徒からの納得の声が上がる。宝石についても魅了効果についても、みんな興味津々みたいだった。


「先生、アタシは美少年殺しの宝石が欲しいです」


 Aクラスの女子生徒が元気よく手をあげる。


「アンタはオヤジ殺しのアメジストで我慢しなさい」


「え~、そのスキルはすでに持ってるからいらないもん」


「なんで持っているのよ」「捨てなさい」


 和気あいあいと、女子生徒たちが茶化す。みんな授業を楽しんでいるみたいだ。面倒見の良いノートンは教師むいているのかもしれないと、サーシャは思った。


「では、そろそろ今日の授業の本命にはいるニャ」


とノートンは短剣を、懐から取り出す。

 重厚な装飾が施された両刃の短剣は、見るからに魔剣だった。


「これは伝説の錬金術師パラケルススが作り出した魔石剣アゾット、の模倣品だニャ」


 サーシャはあの短剣には見覚えがあった。ノートンが大切に保管していた短剣。確か今から300年前のに生きた天才錬金術師が作り出した魔石剣をモデルに、現代の錬金術師が作り出したレプリカのはずだ。


「最大の特徴は、剣の柄に宝石をはめ込むことができるニャ。それによって、宝石の効果を攻撃力に変換することができるニャ」


 そういうとノートンはアメジストを魔石剣の柄にはめ込む。


「これでこの魔石剣は、魔殺しの効果を得ることになったニャ。例えば先ほどのオヤジ殺しのアメジストを装着すると、中年男性特攻の効果が得られる。かすり傷を負うだけで激痛が全身を駆け巡るニャ」


「へ~」「すごい」「痴漢対策にいいかも」


「先生、それだけすごい効果なのに、呪いはないんですか?」


「使い続けると宝石から魔力がなくなって、砕け散ってしまうニャ」


「ええ~」「それはもったいない」


 生徒達から残念そうな声があがる。貴族の娘といえども、宝石を消耗品にすることに対しては、抵抗があるらしい。


「それではこの魔石剣を使って、実践の授業を行うニャ。せっかくなので、先生方の中の誰かが、手伝いに来てほしいニャ」


 ノートンは熟女殺しのシトリンを魔石剣に装着すると、座席後方に座っていた四人の先生方を見渡す。

 この対応は、サーシャにはいささか予想外だった。助手が必要ならサーシャかシャルが指名されるだろうと思い、最前列に座っていたからだ。加えて女性の先生方は全員若く、熟女殺し魔石の特攻対象になるとも思えなかった。

 事実、教師が指名されるとは思っていなかった様子のポロン先生は困った顔をして目をそらし、マリサ先生とアネット先生はお互いに顔を見合わせて、少し考えているようだ。


「私が助手をしましょう」 


 空気を読んだネイ先生が、力強く挙手をする。その姿に、マリサ先生とアネット先生は微笑し、ポロン先生は安心したような顔をしている。


「ではネイ先生、よろしくおねがいしますニャ」


 だがネイ先生が教壇に上がる前に、学園の鐘の音が鳴り響く。

 どうやら授業時間は終わってしまったようだ。


「時間なのでここまでにするニャ」


「起立、礼!」


 Aクラスの日直が号令をかけ、授業は終了する。


「マスター、お疲れ様でした」


 授業が無事終了し、ホッとしたサーシャは教壇のノートンに駆け寄る。


「ノートン先生の授業、すごく面白かったよ」


 シャルは純粋に授業を楽しんでいた様子だ。


「ああ、得るものは大きかったニャ」


 サーシャ達に対し、意味深にほほ笑むノートン。 


「さて、次は学校の七不思議を調べるニャ」


「え、七不思議を調べるんですか?」


「ああ、おそらくそれが怪盗のカギを握るニャ。シャル、夜中の学校に忍び込むことは可能かニャ?」


「う~ん、あたしは寮暮らしだから、抜け出すことができるか、やってみないとわかんないかもだけど……」


「おそらく可能なはずだニャ。今日の午後9時に、校舎裏に集合だニャ」


 ノートンの言葉に、サーシャは疑問を持ちつつ首を縦に振った。

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