第19話 魔法科女子学園


 翌日の早朝、サーシャはノートンに連れられて来た魔法科女子学園の応接間で、正規の依頼の説明を受けていた。


「私が怪盗事件の担当のポロン・ウィズリーと申します」


 丁寧に頭を下げ挨拶するのは、3年生のAクラスを担当しているポロンという女教師だった。

 年のころは20台半ばか、紫がかった長い髪を束ねた眼鏡姿の几帳面そうな女性。名門学校の教師らしく、タイトスカートのスーツと眼鏡でお堅い印象だが、隠しきれない色香が漂っている。ひょっとしたら。髪をほどくとすごい美人なのかもしれない。


「さすがマホジョ、先生さえ綺麗なんですね」(ヒソヒソ)


「しっ、関係ないニャ、それに聞こえてしまうニャ」


 ポロン先生からの説明は、サーシャ達が事前にカレンから聞いていた内容と同じだった。

 怪盗が表れたのは一か月前、その間に3人の生徒が記憶を奪われたらしい。幸い、生徒たちに記憶以外の外傷はなかったため、公にはせずポロン先生が補講を行って一週間分の授業のフォローをしていたという。そしてそのままポロン先生が怪盗事件の担当になってしまったようだ。


「しかし、記憶を怪盗に盗まれたという根拠はあるのかニャ?」


「現場にはこのようなものが残されていました」


 ポロン先生は小さなメモを見せる。


  ──女子生徒の恥ずかしい記憶はいただいた──

                       怪盗エロス


「恥ずかしい記憶を盗む、へ変態だ!! キャー」

 

 内容のショッキングさにサーシャは思わず叫ぶ。


「そんな恥ずかしい記憶は無い、と思うんですけどね。覚えてないけど」


 ポロン先生の横で、会話を聞いていた少女が答える。

 輝く金髪を、赤いシュシュでまとめたブルーの瞳の利発そうな少女。マホジョの生徒というだけあってか、かなり可愛いと言ってよい。赤を基調としたデザインの上着と、紺のスカートと学校指定のニーソの制服がとてもよく似合っている。

 彼女の名前はシャル・フィレンチェ。カレンの友人であり、また学園長の孫であり、そして怪盗エロスの最後の被害者だった。


「でも、自分でも覚えていないような恥ずかしい記憶が盗まれてたら、やっぱいやかなあ」


 少しはにかみながら笑うシャル。明るくてよい子のように思える。


「学園としても思春期の生徒のプライバシーに関することなので、動けないでいます。物を盗まれたわけでもないですし、その……予算もつかないですし」


 私立学園とはいえ、非公式で使える予算には限りがある。そのことをポロン先生は言いたいいらしい。


「報酬については問題ないニャ、捕らえた怪盗からいただくニャ」


 ノートンの目的はあくまで怪盗エロスが持つという魔法具の様だった。それ以外の報酬にはまるで興味がないように、サーシャには感じられた。


「でも、ここは女子校ですよ? どうやって調べるんですか、マスター」


「そりゃ女子学生になって潜入するニャ。よろしく頼むニャ、サーシャ」


 ノートンはサーシャの肩をポンと叩く。


「ええ、私がですか?」


「オレが女子学生に扮するのは変だニャ。生徒達の年齢も、サーシャと変わらないしニャ」


「う~ん、わかりました。やってみます」


 ノートンの提案に、サーシャは意を決する。


「そういうことでしたら、制服の用意と体験入学の手続きを行います。


 シャル、サーシャさんのサポートをお願いします」


「わかりました、ポロン先生。

よろしくね、サーシャさん」


 微笑んできたシャルに、サーシャも微笑み返す。楽しそうな仕事になりそうだ、とサーシャは思った。




「サーシャ可愛い、よく似合ってるよ」


「えへへ、そうかな?」


 マホジョの制服を着て、サーシャは学園内をシャルと歩いていた。王国の軍服をベースにスカートを合わせた学園の制服は可愛いと、王都内でも人気だったが、実際着てみるとやはり良いものだった。

 王都の一等地にありながら、大きな塀と消音魔法によって隔離された広大な敷地の学園内はまるで別世界のよう。大人たちの中で暮らしてきた半年ばかりの記憶しかないサーシャにとって、同世代の女性だけの学園は新鮮に見える。


「いい学校だね、シャルちゃん」


「そうでしょ、サーシャ」


 シャルともすぐに仲良くなり、親しく呼び合う仲になっていた。心がウキウキする。同世代の女子と同じ服を着て、同じところを歩く。それだけでここまで気分は高揚するものなのかと、不思議な気になる。


「すごい、ホウキで飛んでる!」


 学園の庭の広場で、ホウキにまたがった女子学生達が空を飛んでいた。スカートが風になびいていたが、女子校ということもあってか、はためくスカートを気にしている様子はない。


「あれはホウキの飛行授業だよ」


「空を飛ぶ魔法具か~」


 サーシャが女子生徒たちに手を振ると、女子生徒たちもホウキにまたがりながら、手を振り返してくれた。


「転校生?」


「えっと、体験で~す」


 サーシャがそう答えると「ようこそ~」と、より大きく手を振ってくれた。


「重力操作の魔法具って、確かすごく難しいんだよね」


 サーシャもノートンから聞いたことがある。ホウキで空を自在に飛ぶことができるのは、高レベルの魔術師だけだと。


「うん、でもウチの学校の魔法具なら、割と簡単に空を飛ぶことができるよ」


「へ~、すごい」


 さすがはマホジョ、と感心する。


「ただ呪いがきつくて、ホウキで学園内の掃除をきっちりしてないと、空中で落っこちちゃうの」


「ええ!?」


 シャルの言葉に、サーシャは驚きの声をあげる。

 そういえば、他の女子生徒たちはホウキで必至で庭の掃除をしていた。その眼差しは真剣そのものだ。その姿を見て、サーシャは思わずつぶやく。


「魔法の勉強って、大変だ」

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