第20話 新しい先生
教室に入ってからも、サーシャはクラスメイト達から熱烈な歓迎を受けていた。
「サーシャちゃんって髪も肌も綺麗! 美容系の魔法グッズは使ってる?」
「社会人なんだ、偉いね。私、バイトの経験もないよ」
「家族は? 猫? ウチも猫飼ってるよ、一緒だね」
「年齢は? へ〜、記憶喪失でわからないんだ。でもきっと同い年よ、よろしくね」
転入生がよほど珍しいのか、サーシャを中心にクラスメイト全員が輪を作ってくる。
やっと質問攻めが終わったかと思うと、今度は美容系の魔法具のおすすめタイムだった。
「この化粧水すっごくいいよ、肌がスベスベになる。呪いでちょっとかゆくなるけど」
「う~ん、かゆいのは苦手かな……」
「このリップもおすすめだよ。唇がプルプルになるの、ウソがつけなくなるから、街中ではつけられなけど」
「アンタこの前リップとり忘れてて、前の人に『カツラずれてますよ』って言ってたわね」
「嘘がつけなくなるのは、ちょっと怖いかな。唇はすごくきれいだね」
「じゃあこのシュシュはどう? 髪が伸びる効果と、髪の色が変わる呪いがあるんだけど……」
クラスメイトがシュシュを外すと同時に、髪が短くなり、髪色が水色からブラウンに変化する。
「呪いを利用して、みんなでいろんなヘアカラーを楽しんでるの」
「へ~、それはお手軽でいいね」
呪いを利用するのはちょっと怖いけど、手軽に髪色を変えらえるなら便利なものだ。
「王族の銀髪を目指すのが流行ってるんだ」
「あの銀髪にはあこがれるよね」
ローラント王家はみな透き通るような銀髪だと言われている。そのため銀髪は若い女性たちの憧れだった。銀髪か金髪でないと、王家に嫁入りできないという噂さえあった。
「う~ん、でも私は自分の髪色が気に入ってるし……」
サーシャはやんわりと断る。そういえばノートンがサーシャの髪は綺麗だと褒めてくれた事があった。
「そんなこと言わずに、えいっ!」
シャルが強引にシュシュをサーシャの髪にとめる。だが不思議なことに、サーシャのブラウン寄りの金髪は変色しなかった。
「あれ、髪色が変わらないね。もうなんかつけてるの?」
「ううん? つけてないよ」
サーシャにも理由は分からないが、ひょっとしたらポケットに忍ばせているイエローストーンの魔力が干渉したのかもしれない。
「このコンパクトもすごいよ。〝美灰のコンパクト〟っていうんだけど、目指したい女性の髪の灰を入れておくと、ほんの少しだけその女性に似てくるの。社交界のスターの髪の灰とか、歓楽街の歌姫のとか、色々あるよ。試してみない?」
「へ~、それはすごいですね。でも、私は自分の顔でいいかな」
髪の毛の灰なんてものをどうやって手に入れたのかは、聞かないことにする。
「この灰は顔だけじゃなくて、スタイルも似せることができるよ~。おすすめは、スタイル抜群のアネット先生のだよ。あと、地味にポロン先生のも人気だよ」
「……それは後で詳しく教えてほしいかな?」
サーシャも、スタイルにはちょっと興味があった。
「──はい。授業を始めます。みんな着席してください!」
ポロン先生がいつの間にか教壇に立っていた。昨日と同じように髪をしっかりとまとめ、タイトスカートのスーツを着こなしている。隙一つないのになんとなく隙だらけに見えるのが、この女教師の魅力だった。
「今日は、臨時の講師を紹介します。
先生、こちらに」
廊下から入ってきた臨時講師の姿に、サーシャとシャルを含む女子生徒全員が息をのむ。
「臨時講師のノートン先生です」
姿を現したのは、スーツを着込んだ猫人の男性、サーシャがよく知るノートンだった。
「ま、マスター……」
予想外の事態に机に伏せてずっこけるサーシャ。
そんな彼女をしり目に、女子生徒たちは新しい先生の登場に、嵐のように色めきだった。
「きゃああ、男の先生よ!」
「猫人よ」
「でもオスよ!」
「もう男なら猫人でもいいわ」
「あ、裏切り者!」
「むしろ猫人の方が、かっこよくない?」
「あ、ケモナー発見、たいほー!」
「きゃー、変なとこ触らないでよ!」
次々と歓声を上げる女子生徒たち。一通り騒ぎ終わると、ある女子生徒が手を上げる。
「先生は結婚してますか? うちの飼い猫のミーちゃんとお見合いしませんか?」
「しないニャ」
ノートンの返答に、女子生徒たちは再びザワザワと色めきだつ。
「きゃあ、『にゃ』だって!」
「語尾が猫語だ。可愛い!」
「あざとい、かわいい、ずるい!」
「これが萌え!? 萌えているのね私!」
「ダメよ! ノートン先生の縁談なんて私が許さないわ!」
「アンタ先生の何なのよ(笑)」
「私はメス猫となら結婚しててもいいけど」
「あ、不倫女発見、たいほー!」
「きゃー、だから変なとこ触らないでよ!」
どんな些細なことでも、楽しくはしゃぎだす女子生徒達。賑やかで楽しそうだが、担任のポロン先生は大変そうだとサーシャは思う。事実、ノートンに対する質問だけで朝のホームルームは終わってしまったのだった。
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