第17話 プロポーズ

 それから3日後、ニャン古亭の地下室ロビーで、ノートンはレッドマントのけたたましい笑い声を延々と聞かされる日々を過ごしていた。


『〝ローラント新聞、義賊マタドール出現! 盗んだものはデルタ伯爵の謀反!?〟だってさ、新聞の記者も、いい記事を書くね~。空を飛ぶオイラの絵も、かっこよく描かれているなあ~、がはははは』


「アンタまたその新聞を読んでいる?」


「マントが新聞を読むって、シュールな光景ですね」


 傍らにいるのはカレンとサーシャ。ここ王都でも、マタドールの活躍とデルタ伯爵の逮捕の噂でもちきりだった。デルタ伯爵の事件の後、カレンはほとぼりが冷めるまでニャン古亭の地下室で暮らしていたのだ。


「しかし、客室やら食料庫まであるなんて、随分と広い地下室ね。通路もどこまでつながってるかわかんないし」


 カレンの言う通り、ノートンのニャン古亭地下は、地上施設の数倍はある巨大なもので、様々な施設を備えていた。


「こんなに広いとは、私も知りませんでした」


『かー、サーシャ嬢ちゃんは何にも知らないもんな、がははは』


「もう知ったからいいんです!」


 サーシャはレッドマントの悪態にも慣れたのか、プイと横を向く。


「それで、エドガーはまだ工房にいるの?」


「ああ。もう少し時間がかかるそうだニャ」


 帰還してそのまま、エドガーは地下工房の奥にこもっていた。電気を生み出す魔法具を本来の姿に戻すのに、時間がかかるという事なので、ノートンはエドガーに地下工房の一室を提供していたのだった。


「もう少ししたらお弁当もっていかないと……あの錬金術師さん、疲れますけど」


 サーシャがげんなりした顔だ。

 エドガーは無類の女好きであり、サーシャは小屋で合流してからずっとセクハラ発言に苦しめられていたのだ。


『そりゃあオイラの製作者だからな、ガハハ』


「威張るとこじゃないでしょ!」


 話をしているうちに、地下室からエドガーがでてきた。

 彼の手には、黄金色に輝く宝石が握られている。


「やっと魔法具を本来の姿に戻したわい」


 エドガーは少し疲れた様子だ。伯爵事件からずっと、地下室にこもっていたのだから仕方ない。


「で、それはどういう魔法具なの? 見た目は盗んだ時とかわらないんだけど」


「うん。この魔法具の正式名称は〝雷黄石(イエローストーン)〟といって、高度な電撃魔法を操ることができるのじゃ」


「高度な電撃魔法か、すごいわね」


「ふむ。想像通りのお宝だニャ」


 ノートンはエドガーの言葉に微笑む。

 電気を操る魔法は習得が困難であるとされており、特に高度な電撃魔法はごく一部の魔術師か使うことができないからだ。


「これは、貧乏になる呪いはついていないのよね?」


「ああ、マイナスの反動を金銭の呪い以外のものに変換することができるのじゃ。話すより、実際に使ってみるのが一番だわい」


「そうね、わかったわ」


 カレンはエドガーからイエローストーンを受け取ると、その感触を確かめるように手でなぞっている。


『いやん! 変なとこを触らないでくださいまし!』


「うわ、しゃべった!」


 イエローストーンから女の声が響き、カレンはおもわず驚きの声をあげる。


『そりゃエドガー様の魔法具ですもの、おしゃべりくらいします』


『まあオイラの妹みたいなもんだしな、がはははは』


「そういやそうだったわね、びっくりした」


 マントと違って、口がない上に女性口調なので、カレンは少し戸惑っている様子だ。


「で、アナタはどうやって使えばいいの?」


『そうですわね、では右手でワタクシを持って、対象に向けてくださいまし』


「ではこの石を標的にするといいニャ」


 ノートンが机の上に置いた石を、カレンは標的に定める。


『そして右足を高く上げてくださいまし』


「脚を上げるの? アタシ、スカートなんだけど……」


 しぶしぶと、右足を前に大きく掲げる。膝丈のチェックのスカートから健康的な太もものがあらわになる。


『むしろスカートでないと発動しませんので、ズボンをはかないように注意してください。ロングスカートもダメです』


「? そうなの……ああ、なんか嫌な予感がするわ」


『ではにこやかな表情で微笑みながら、呪文を復唱してください』


「わかったわ」


 若干引きつりながらも、カレンは無理をして笑顔をつくる。


『セクシーキュートブリリアントサンダーで、アナタのハートにドキドキ電気ショック! えい♡』


「せ、せくしー……」


『もっと恥じらいをもって、キュートな感じで、特に〝えい♡〟の部分は全身全霊をこめて!』


「セクシーキュートブリリアントサンダーで、アナタのハートにドキドキ電気ショック! えい♡!!(怒)」


 やけくそになったのか、言われた通りキュートな仕草で呪文を唱えるや否や


「すごい!!」


 カレンの指先から稲妻が走り、机の上の石を打ち抜いた。その威力はすさまじく、石は文字通り粉砕され、砂利となって撒き散り、焦げたにおいと共に噴煙が立ち込める。


「あ~、恥ずかしかった。なんでこんな恥ずかしいこと言わないといけないのよ!」


『それが、わたくしを使うための代償ですから』


「えっ!?」


『わたくしの魔法を発動するために必要なもの、それが乙女の恥じらいなんです』


「どゆこと?!」


「思春期の少女の恥ずかしい思いをエネルギー源として、術者の魔力以上の強力な魔法を具現化する。それがワシが開発した〝雷黄石(イエローストーン)〟じゃ」


 エドガーは〝どうだ、すごいだろ〟と言わんばかりに誇らしげだ。


『さすがはオイラの開発者だぜ! 目の付け所が違う!』


「う~ん、そういや錬金術師エドガーは貧乏属性を付与するような奴だったわね……」


 カレンは苦虫をかみしめたような難しい顔をする。


『ちなみに乙女の恥じらいは減っていくので、次はパンチラ覚悟でないと同じ威力はでません。そちらの娘さんは清楚そうなので、うなじくらいで同レベルの稲妻が出せますが』


「え、私ですか?」


 サーシャは突然名前を出され、驚いた顔をする。


「なんでアタシはパンチラが必要なのよ!」


『カレンさんは見た感じギャル系のヴィッチ寄りですからね、これが限度です』


「アタシはギャルでもヴィッチでもないわよ!」


 度重なる魔法具の暴言に、カレンがついに怒声をあげる。


「……話の腰を折って悪いが、男は使えないのかニャ?」


『使えますが、発動には本人の魔力が大量に必要となります。呪いで効果が強まるのは、10代の乙女限定ですから』


『がはは、でどうするんだ? オイラを捨てて、そいつに乗り換えるか?』


「う~ん、羞恥心……しかも10代限定で、どんどん過激になる……」


 カレンは腕を組んで本格的に考え込む。


「カレンさん、随分と悩んでいますね」


「まあ貧乏か羞恥心かという、究極の二択だからニャ」


 カレンは「……なんでアタシばっかり、こんなろくでもない魔法具ばっかり……ぶつぶつ」と、何やら小声でつぶやいている。新しい魔法具によほど不満なのだろう。


『(ドキドキ)』


 対して、捨てられるかもしれないレッドマントは、なんとなく緊張しているようにみえなくもない。


「──決めたわ。あんたはいらない、まだ貧乏な方がましよ」


『あら、フラれちゃいました』


『ほっ……じゃあ今まで通りだな。レッツプアー・フォーエバーだぜ』


 どことなく嬉しそうなレッドマント。


「フォーエバーは余計よ。いつか貧乏の呪いを克服する方法を、見つけ出してみせるわ!」


「じゃあこのイエローストーンはいらないのかニャ?」


「ええ、あなたにあげるわ。アタシは何も得られなかったけど、名声は十分すぎるほど高まったもの」


 確かに、化け猫事件で失墜した怪盗マタドールの名は、伯爵事件で再び上がっている。彼女は実利以上のものを手に入れたのかもしれない。


「それより、アナタに言いたいことがあるわ」


 そしてカレンはノートンに対し、改まった態度で向きなおる。


「あの……その……」


 随分といいにくい内容なのか、上目遣いで頬はほんのり赤い。そのしぐさはいつもの気負った態度ではなく、しおらしい女の子のそれにみえた。


「アタシの、パートナーになって!」


「ええ!」


『おお、プロポーズか!?』


 予想外の言葉に、サーシャとレッドマントが驚愕の声を上げる。


「ち、違うわよ! 怪盗としてのパートナーよ! あなたの怪盗の腕は超一流。あなたが探しているものが何なのか、アタシにはわかんないけど、協力してあげるわ。だからアタシのパートナーになりなさい」


 そして小声で、「まあプライベートなパートナーについては、ダメというわけじゃないけど……」と、顔全体を真っ赤にして、目をそらす。そのしぐさは年相応の、繊細な少女のものだった。


「……ふむ」


 ノートンはあえてその小声を聞こえない素振りで、普段しない神妙な表情をつくりながら、


「すまないニャ。オレは貧乏はちょっと……」


 心底申し訳なさそうな顔をして、頭を下げた。


「び、びんぼうだから……」


 予想外の言葉に、まるでカレンはハンマーで叩かれたような、ショックを受けている。よく見れば目元は涙目だ。


「う、うふふふふ……」


 そして自虐的な笑みを浮かべながら、不気味な笑い声をあげている。


『まあカレン嬢ちゃん、フラれたからって気を落とすなや、オイラと一緒に貧乏しようぜ!』


「う、うるさい!……これもすべてアンタが悪いのよ!」


 カレンは慰めにきたレッドマントに対してついにキレる。


「決めたわ。アタシは怪盗、欲しいものは実力で手に入れる。ノートン、あなたの心を盗み、正式なパートナーにしてみせるわ!」


 そしてそう、タンカを切った。


「えええええええ!!」


 驚きの声をあげるサーシャ達をしり目に、カレンはレッドマントを素早く翻すと、脱兎のごとき早業でニャン古亭を後にしていった。

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