第16話 真の怪盗
『うわ、でっけー頭』
レッドマントの指摘するとおり、伯爵は長い髪を束ねるため、体に不相応に大きいターパンをしている。
「犯罪者か・・・…謀反も犯罪じゃないのか?」
「地下倉庫を見たな? だが貴様らを処分すれば、目撃者はいない。私の野望は完遂される! ゴーレムの量産後には、私がこの国の支配者となるのだ!」
高らかに宣言する伯爵。ゴーレムによほどの自信があるのだろう。
「さて、それはどうかな?」
ノートンは不敵な笑みを浮かべながら、右手を掲げる。その手には、電気を発する魔法石のオリジナルが握られていた。
「なぜそれを!? そうか、エドガーが裏切ったのだな!! あやつをどこにやった?」
「今頃は、美しい娘の出迎えで、快適なところに避難しているさ」
「許せん! ゴーレムを出せ!」
伯爵の怒声と共に、轟音と共に部屋の壁が壊れ、巨体が部屋に侵入する。
壁を壊して入ってきたのは、地下倉庫で開発中のゴーレムだった。
「ゴーレム、完成していたの?」
「二人は殺して構わん。魔法具は無傷で取り戻せ! ワシの城に火をかけた報いを受けさせてやる!」
「伯爵、城に火をつけてわるかったな。お詫びに消してやるよ。
カレン、今だ!」
「OK!」
カレンが闘牛士のようにマントを翻すと同時に、伯爵と兵士たちを轟音と衝撃が襲った。マントの表面から大量の水が噴き出したのだ。
「み、水!?」
「は、伯爵様!!」
突然出現した巨大な水平の滝。
その圧倒的な水圧に、兵士達は押し流され、滝の一部となって塔の外に放り出される。
強い水圧は、それだけで強力な武器となる。この時のために、マントの出口の一つであるロープを、湖の底に沈めておいたのだ。
「ゴーレムの回路が、ショートしました! 操作不能! ぎゃあああああ」
兵士が叫ぶ。浸水した水によって、ゴーレムの回路が不具合を起こしたようだ。さらに水圧で動かぬ木偶人形と化したゴーレムを押し流されていく。
洪水となった水は階段を下って地下倉庫に達したのか、火事の炎と混ざり合って生じた水蒸気が、塔のいたるところから噴き出す。
「やはり防水は完全ではなかったようだな。これで地下で量産中のゴーレムは全滅だな」
「き、貴様ら許さん!」
兵士たちを押しのける形で高所に避難していた伯爵は、鬼の形相でノートン達を睨みつける。長年にわたって準備していたゴーレムを全滅させられたのだ。当然と言えば当然だろう。
「このワシ自らの手で、処分してくれるわ」
伯爵がターパンをほどくや否や、頭から大量の髪が、まるで火山の噴火のように天を衝く勢いで伸びる。自在に変化するその毛髪は、まるで別の生き物の様。
王国一と称される伯爵の毛髪魔法。その黒い髪は巨大な影のように部屋中に広がり、ノートンとカレンを包囲した。
「昔から毛髪魔法は、妖艶な美女が使うものと相場が決まっている。おじさんの毛髪魔法は気味が悪いな」
「確かに……白髪とかまじってるしね」
包囲されながらも、余裕の表情で悪態をつくノートン。
「戯言を! それが貴様の最後の言葉だ!!」
伯爵は天井いっぱいに展開させていた髪を複数の槍のように尖らせるや否や、ノートンを串刺しにするべく一斉に襲い掛からせた。
だがノートンは槍の襲撃を難なくかわすと、髪の一束を鷲掴みにし、
「この髪にいいものをプレゼントするぜ」
伯爵の髪にシュシュをはめ込んだ。
「なんだこれは!?」
瞬間、伯爵は自身の髪に起こった異変に、驚愕の声をあげる。
伯爵の長いストレートの髪は伯爵のコントロールを外れ、見る見るうちにうねりをあげて縮れ毛となっていく。そして大きな樹のように部屋いっぱいに展開される。それは巨大なアフロヘアーだった。
「ワシの髪に何をした!? なぜワシの毛根操作が効かぬ!?」
「これは〝アフロディーネのシュシュ〟の贋作でね、髪がアフロヘアーになる魔法具だ。女神の名を関する魔法具だけあって、毛根操作魔法よりアフロヘアーが優先される」
「くそう、動けぬ!」
魔法で髪を長く強化していたのが仇となり、アフロヘアーが天井いっぱいに広がって伯爵は身動きがとれない。
『がはは、まるででっけーブロッコリーだな』
「……あのシュシュ、絶対いらない」
「さて、このまま逃げるぞカレン」
身動きが取れないでいる伯爵は、放置しておいて大丈夫だ。さっさと撤退するべきだ。
「き、貴様らどこへ行くつもりだ! この城から生きて逃げられると思うな!」
兵士も伯爵もゴーレムも、この部屋からは流し出した。それでも城中に兵士たちが充満していることには変わりはない。
「どうやって逃げるの? 城は兵士でいっぱいよ」
カレンの危惧する通り、依然として袋のネズミなのだ。
「外に流れ出した水に乗って逃げる」
「うそでしょ!? そんな板切れで、滝に乗るの?」
ノートンが懐から取り出した小さな舟の形をした板切れ。その上に乗ると言ったノートンに、カレンは驚きの声をあげる。
だがノートンは静かに右手を差し出し、
「大丈夫だ、信じろ」
自信に満ちた声で、そう告げた。
「──っ、わかったわ」
一瞬の戸惑いの後、意を決したカレンはノートンの手を取る。
ノートンはそのままカレンを軽々と抱きかかえるや否や、流される板切れの上に飛び乗った。
覚悟を決めたのか、両目を閉じるカレン。だが全身をつつむ高揚感を感じとったのか、直ぐに目を見開いた。
「うそ、水の上に乗ってる!?」
カレンは思わず感嘆の声をあげる。彼女を抱きかかえたノートンが乗る板切れは、滝の上をすべるように流れゆく。まるでノートンとカレンの重さを感じていないかのようにだ。
「こ、これは、どういう手品よ?」
「美魔女のダイエットドロップだニャ。一粒飲めば10キロ軽くなる。5粒飲んだから、今の君の体重はほぼゼロだニャ」
周囲に誰もいなくなったため、ノートンは口調を元に戻し。そう説明する。
「さっき食べた飴……ってなんでアタシの体重を知ってるのよ!」
「一流の鑑定士は見ただけで体重がわかるものだニャ」
「今度から鑑定士には気をつけることにするわ!」
「今のオレたちの体重なら、空だって飛べる。しっかりつかまってるニャ」
そういうと、ノートンは両手両足を大きく広げ、マタドールのマントを翼のように展開した。
そして滝の急流を利用し、大きく跳躍し、そのまま上昇気流をつかんで飛翔する。
『翼か~こんな使い方をされたのは初めてだぜ、がははは』
「すごい……ほんとに飛んでる」
頬をかすめる風と、眼下に広がる街の全景に、カレンは目を輝かせながら声をあげている。
『カレン嬢ちゃん、見ろよ、虹だぜ』
乾いた大気に久方ぶりの水分が撒き散らされたため、大気中の水分は無数の虹へと変化し、城の上空を幾重にも覆っていた。
「本当だ、こんなに近く、手が届きそう」
奇跡のような出来事の連続に感銘を受けたのか、カレンの口からは感嘆の声しかでない。
「このままサーシャがいる丘に降りるニャ」
「え、でも街にも兵士たちがいるんじゃ?」
「問題ない。あれを見るニャ」
ノートンの視線の先には、城の制圧に乗り出す親衛隊員の姿があった。水に流されてきた大量のゴーレムの姿に、親衛隊は伯爵の謀反を確信。城の制圧と伯爵の逮捕に踏み切ったのだ。
「これで伯爵は逮捕……謀反の芽は消えたわね。兵士たちもアタシたちを構っている暇はなくなったということね」
「そうだニャ」
カレンの言葉にうなづきながらも、ノートンの視線は城にいる一人の女に注がれていた。
高級官僚の制服とタイトスカートに身を固めた、長い緑の黒髪に端正な顔立ちの美女。
廷臣に囲まれながら親衛隊の指揮を執るエリカ内務次官。彼女の周りだけ、時が止まっているかのように思える。そんな彼女の視線もまた、こちらを見つめているように、ノートンには感じられた。
「怪盗マタドールがやりやがったぜ!」
街の方から、空を飛ぶノートン達に向けての民衆の歓声と拍手が注がれる。
「ひゃっほう!!」
「ばんざーい」
「さすがはオレたちの義賊マタドールだ!」
それは怪盗マタドールに対する喝采の声だった。
「みんなオレ達の活躍を祝福してくれているニャ」
「すごい。でもどうして? アタシは彼らに何も配っていないのに? 伯爵から盗んだだけなのに」
「そんなことはない。彼らの表情をみてみるニャ」
ノートンの指摘した通り、人々の顔からは今までの陰鬱さが消え、その表情は活気と光に満ちていた。
「君は伯爵から盗んだ以上のものを、人々に与えた。伯爵から権威を奪うことによって、人々から絶望を奪い、希望と光を与えた。泥棒は忌み嫌われるが、怪盗は称賛される。それは彼らが権力者から偽りの権威を剥ぎ取り、人々に希望を与える存在だからだニャ」
「真の怪盗とは、ただの盗人じゃない。盗んだもの以上のものを、人々に与えることができる存在……そうか、兄さんが言ってたのは、こういう事だったのね」
兄の言葉の真意を得たのか、カレンは一人大きくうなづく。
「アタシ、怪盗マタドールを続けるわ。兄さんと並ぶ、いえ、いつか兄さんを超える大怪盗になってみせる」
その瞳は迷いのない、澄み切ったものだった。
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