第15話 華麗なる盗み

「火事だぞ!!」


「火の手があがっているわよ!!」


 ノートンはカレンと共に火事を叫びながら、北の塔の階段を駆け上がる。顔こそ二人とも仮面で隠していたが、服装は闘牛士(マタドール)の怪盗の衣装。姿が見られるのは覚悟の上の強行突破だった。


「あちち……にしても、火が回るのが早くない?」


「ああ、火トカゲ(サラマンダー)のランプを、貯蔵庫の油に放ったからな」


 武器のメンテナンス用に備蓄されていた油に放たれたサラマンダーは、またたく間に地下倉庫を火の海に変えた。


「建物に火を放つとか、アタシのイメージじゃないんだけどなあ」


「マゼンラは火だるまにしてたじゃないか」


「あれは建物じゃなくて人間(?)だし……」


 噴煙が吹き上がり火の粉が舞う中の階段を、上へ上へと駆け上がる。

 北の塔の中は、兵士たちの混乱が極みに達していた。


「火事だ! お前ら、何やってるんだ!?」


「トイレだ! 早くしろ!!」


「ション便が止まらないんだ! なんだこれ!!」


「うわあああああ!」


「こら! 名誉ある騎士団が、こんなところで立ちションなんて許さん、斬る!」


「そんなこと言ったって!!」


「おい火事だぞ! 地下から煙が上がっている!」


「小便で消すんだ!」


「無茶言うな!」


「も、漏れる!!」


 塔の中はトイレを奪い合う兵士たちで、大混乱だった。兵士たちのほぼ全員が持ち場を離れ、塔の中にある僅かなトイレの前で列をなしている。


「あれ、なんの魔法具の効果なの?」


「〝ルルルの水差し〟といってね、あらゆる病気をすことができる水差しだ。もっともオレが持っているのは偽物だから、病気を治す効果はなく、小便がとまらなくなる呪いがかかっている」


『ぎゃははは、こいつらが小便まみれなのは、そのためか』


「こんなものを、塔の水路に設置していたのね」


『こえ~、ルルルの水差しのパチモンこえ~』


 火事とトイレをめぐる喧噪。その大騒ぎに紛れ、ノートン達はまるで無人の中を走るように目的地である北の塔の最上階まで駆け上がった。


「招かれざる侵入者よ、ここから先は通ること許しませぬ」


 だが最上階の扉の前に待ち構えていたのは、上質なスーツに髭を蓄えた初老の細身長身の男だった。


「デルタ伯家執事、アーノルド・ベルトがお相手いたします」


 優雅に一礼し、剣を構えるアーノルド。その隙の無い構えからして、剣技の上級者であることは一目でわかった。最上階だけあって、ルルルの水差し(偽)の効果も、及んでいないようだ。


「〝城塞魔法・優雅なる家令(バトラー・オブ・エレガンス)〟」


 厳かに魔法を発動させるアーノルド。彼を中心に、魔力がさざ波の様にフロア全体に広がる。

 建物の壁、床、天井が、まるで意志を持っているかのように脈打つ。そして壁に飾られていた槍と剣がまるで意志を持っているかのように動き、敵意をもってノートンとカレンに対峙する。


「こ、これはいったい何?」


「〝城塞魔法〟。特定の施設内に限り、防御施設を自在に操作することができる戦域魔法。長年伯爵に仕えた執事である彼にとって、この建物全体が魔法具みたいなものということか」


「その通り。生涯を屋敷に捧げるという制約と呪いと引き換えに得た我が力、とくとご覧あれ!!」


 塔のフロア全体を武器とし、意気揚々に襲い掛かってくるアーノルド。だが、


「すまんが相手している間はない」


 ノートンは小さな酒ビンを投げつけ、中の液体がアーノルドにかかる。


「──酒? 

 うおおお、なんだこれは!? 体が、とけるうううう!」

 

 男が姿勢を崩しながら、奇声をあげる。


「それはスライムで作った酒だ。しばらく体は軟体になる」


『ガハハ、ドロドロだな。きもちわり~』


「……こんなものを、アタシに飲ませようとしたわけ?」


「まあ、酔いがさめたら元に戻るさ」


 床でドロドロになりもだえているアーノルドを素通りし、ノートンは扉を開ける。

 中は粗末な塔の内部を改造した部屋だった。


「むう、なんじゃいアンタらは?」


 絨毯の上で大きな風呂敷の中に荷物をまとめていた小柄で白毛髭の老人が、こちらを振り向く。


「レッドマント、この人が錬金術師エドガーで間違いないか?」


『ああ、間違いないぜ。

 爺さん、久しぶりだな』


「何じゃ、貧乏神のレッドマントじゃないか」


 エドガーは、自らが制作した魔法具であるマントの事を覚えているようだ。


『オイラのご主人である義賊マタドールが、アンタを盗みにきたぜ。観念するんだな』


「盗みに? ワシを??」


 マントの言葉に、エドガーは驚いた顔つきでノートンとカレンを見つめる。


「おとなしく、アタシ達に盗まれなさい。悪いようにはしないわ」


「う~む……」


 エドガーはカレンの姿を凝視し、そして顔をしわくちゃにしながら、少し考えた末──


「じゃが、断る!」


「なんでよ!?」


「ワシは貧乏な人はちょっと……」


「アタシが貧乏なのは、あなたが作った魔法具の呪いのせいでしょ!!」


 カレンの怒声が、部屋中に響く。


『がはは、変わってねーな、その性格。さすがはオイラの製作者だぜ』


「ははは、まあな。しかし貧乏神のレッドマントの所有者が、義賊マタドールの正体だったとはな。貧乏の呪いが嫌で手放したが、拾ってもらえてよかったな」


『世の中には義賊っていう、貧乏が好きな変わった奴らもいるんだぜ!』


「アンタたち、盛り上がっている場合じゃないでしょ! あとアタシも貧乏は嫌いよ!」


 意気投合するエドガーとマントの両方を、カレンがたしなめる。


「錬金術師エドガー、見たところ、あんたもここから逃げるつもりだったようだな」


 ノートンはエドガーの風呂敷に包まれた手荷物から、そう推察する。


「うむ。伯爵にとっつかまって言われた通り研究してたら、王国への反乱の片棒を担がされそうになってのう。城に賊が入って、火事が起こっている今が逃げるチャンスだと思ったんだわい」


「なら話が早い。マントの転送先は安全なところにつながっている。転送先にサーシャという娘がいるから、後は彼女の指示に従ってくれ。義賊マタドールの名に懸けて、悪いようにはしない」


「義賊マタドールはアタシなんだけど……まあいいわ」


「む~ん」


 エドガーは、今度はノートンを凝視しながら再び顔をしかめながら熟考し、


「そのサーシャっていう娘、かわいいのかい?」


「そこ!? この状況で気にするとこそこ!?」


 予想外の質問に、カレンは再び叫ぶ。


「ああ。身びいきを除いても、かなりかわいいと思う」


「よし。盗まれてやろう」


「そこで決めるの!?」


 即断したエドガーに、再びカレンは突っ込む。


『がはは、さすがはオイラの製作者だぜ』


「もうひとつ質問だ、錬金術師エドガー。オレ達が盗みに来たのは、あんたと電気を

発する魔法石のオリジナルだ。それは、これでいいのか?」


 ノートンが手に取ったのは、山積にされている魔法石の奥、巨大な機械の中枢にはめ込まれていた宝石のような魔法具だった。


「よくわかったな。その魔法具を水車の動力で高速回転することによって、粗悪な魔法石の原石を、電気を発する魔法石に作り替えることができるのじゃ」


「ありがとう。あなたの身柄は、必ず保護する」


「じゃあさっさと転送するわよ」


 カレンがマントを優雅に翻し、マントの表面に包まれたエドガーの姿が消える。


「あとはアタシたちがここから脱出するだけね」


 カレンの言葉の直後、部屋のドアが叩きつけられるように開き、武装した兵士たちが入ってきた。


「賊は貴様らか、ワシの城に火を放つとは、この犯罪者どもめ!」


 兵士たちの中央で叫ぶ、豪奢な装いに身を固めた小柄な中年の男。彼こそ城主であるデルタ伯爵その人だった。


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