第14話 義賊

「狭い……通気口から入るなんて、人間には無理よ~」


 伯爵の城の通気口の中を、ノートンは匍匐前進で侵入していく。その後ろから続くカレンは、苦痛の声をあげる。


「イタタ……このコルセット、また締まったんだけど」


「通路が狭くなってるからな。しかたないニャ」


「……そもそもコルセットは、お尻にするもんじゃ、ない……」


『がはは、カレン嬢ちゃんはケツが一番でっかいんだからしゃーない』


「ううう、うるさいわね、覚えてなさいよ」


 悪態をつくマントに反論する気力も、カレンにはないらしい。それもそのはず、彼女がお尻はめているのは〝美魔女のコルセット〟。苦痛と引き換えにどんな体形にもなれる美魔女ヴィラの魔法具だった。

 それを用い、狭い通気口から城内に侵入していた。


「そもそも、アンタは男のくせに、なんでこんな狭いとこ通れるのよ」


「オレは猫人だから、体は柔らかいニャ」


「つくづく盗みに有利な呪いね、貧乏と交換してくれないかしら?」


「貧乏は嫌いだニャ」


『かー、嫌われちゃったぜ。そんなわけでカレン嬢ちゃん、ずっ友でよろしく』


「ずっ友はやーよ、 

 きゃあ、また締まった!! 痛い、無理!!」


「どうしてもというなら、この酒を飲むニャ。体がウソのように柔らかくなるニャ」


 ノートンは苦痛にもだえるカレンにガラス瓶を見せる。中には水色の美しい液体が静かに光っている。


「いい香り、何のお酒なの?」


 蓋をした状態でもわかる芳醇な香りに、カレンは思わず目を見開く。


「これは魔獣スライムで作った酒だニャ」


「スライムで作ったお酒!?」


「ああ、スライムを捕まえて、〝バッカスの杯〟で酒にしたニャ」


「〝バッカスの杯〟って、なんでも至高のお酒にしてしまう、お酒好き羨望の超レアアイテムじゃない!」


『メイドや設計士を買収した美酒の正体がそれか~、なるほどね~』


「その通りだニャ。しかしこの杯の真の価値は味じゃなくて、魔獣の特性を酒にしてしまえる点にあるニャ」


『飲めばスライムみたいな軟体になれるってわけか、がはは、カレン嬢ちゃん、これを飲んだらいいじゃん』


「いらないわよ、魔獣で作ったお酒なんて!」


「じゃあ我慢するニャ。もう少しの辛抱だニャ」


「ふう、やっと広いとこにでたわね。って、ここは武器庫?」


 ノートンに続いて通気口からでたカレンが、周囲をみて思わずつぶやく。


「ここは北の塔の地下格納庫だが、やはり武器庫かニャ」


 巨大な地下の格納庫に山積みにされている武具の数々。その中には異様な武器が混ざっていた。


「この鎧、人間が着るには大きすぎるわ。いったい何なの?」


 カレンが見上げたのは、3メートルはあろうかという巨大な全身鎧だった。数にして数十体はあるだろうか。整然と並んだ全身鎧の集団は、不気味な存在感を漂わせていた。


「これは魔操兵(ゴーレム)を改良し、装甲を施したものだろうニャ。装甲は現代の鎧だが、中身は古代の兵器だニャ」


「ゴーレムって、古代戦争の主力兵器じゃない!」


 カレンが驚くのも無理はない。魔操兵は古代戦争で猛威をふるい、数えきれないほどの都市を破壊したという。


「これって動くの? 確か、古代兵器の魔力源は人間の命よね?」


「現代の魔法と技術で、改良中みたいだニャ。ここを見るニャ」


「これは、魔法石!?」


 ノートンが指さした先、ゴーレムの背中のあたりに埋め込まれていたのは、電気を発する魔法石だった。


「これがゴーレムの動力源ってこと?」


「ああ。動作に必要な魔力を電力で補う。伯爵が電気を発する魔法石を大量に作っている理由は、これだろうニャ」


「……確かに、ゴーレムを量産できれば、王制を倒すことも不可能じゃない。伯爵の謀反の噂は本当ってことね」


「むう……譜代の臣である伯爵家でさえ、謀反の準備か」


「あなたの言ってた『未来のない組織は、部下の忠誠を期待できない』ってやつね」


「……そうだニャ」


 カレンに言った言葉を返され、ノートンは小さく頷いて沈黙する。あまり愉快な話ではない。


「で、どうするの? 作戦に変更は?」


「変更はなしだニャ。オレたちの目標は錬金術師エドガーと、彼がどうやってこの魔法石を作っているかだニャ」


「エドガーが幽閉されてると思われるのは、この真上ね。でも、ここからは見つからずに突破するのは不可能よ?」


「ここに来る途中である魔法具を設置したニャ。もうすぐこの北の塔は大騒ぎとなる。その混乱に乗じて、突破するニャ。

 あと今のうちにこれを飲むニャ。カレンだったら、5粒ってとこかニャ」


 ノートンは懐からビンを取り出す。中には飴のようなものが入っている。


「もぐもぐ……

 貴方、手慣れてるわね。盗みに入るのは、初めてじゃないんでしょ?」 

 飴をほうばりながら、カレンはノートンに問いかける。


「アイテム商を営みながら、買えないものは人間であっても盗み出す。少なくとも駆け出し怪盗のアタシより、よほど盗みの技術は上だわ」


「駆け出しか……・やはり、君が怪盗マタドールを継いだのは最近かニャ?」


 経験の浅いカレンは、どう考えてもノートンが聞き及ぶ怪盗マタドールの姿とは異なっていた。


「ええ、行方不明になった兄さんの代わりにね。マタドール二世ってわけ」


 はっきりとした口調で、カレンは二世であることを認めた。


「確か怪盗マタドールはリイアン地区を根城にした義賊だったニャ」


「そう、いわゆる貧民街が、アタシ達の故郷。兄さんは言ってたわ。『真の怪盗とは、ただの盗人じゃない。盗んだもの以上のものを、人々に与えることができる存在』ってね」


「さすがは義賊だニャ。いうことが違うニャ」


「アタシには兄さんの言葉の意味がわからなかった。アタシにできるのは盗んだ金品を、民衆に与えることくらい」


「それがわざわざ貧民街に住む理由かニャ」


「そう。貧乏な呪いは嫌だけど、私がお金を落とすのは貧民街の中だから、誰かが拾っていればいい、そんな風に思ってた」


『でもコバンは欲しかったんだよな、がはは』


「だってアンタの貧乏がキツすぎるもん!」


 カレンは普段は見せない弱気な表情で、言葉を続けた。


「……正直貧乏が嫌で怪盗をやめようと思ったことはあるわ。こんなマント捨てちゃってね」


『ちょ、マジで!? オイラを捨てないでくれよ!』


「それでも、アタシは義賊を続けるわ。少なくとも、兄さんの言葉の意味が分かる日までは、貧乏も、きっと耐えて見せる」


「そうか。それが君が怪盗でいる理由かニャ」


 ノートンは目を細めながら、小さく頷き、


「君も、兄上に劣らない立派な義賊だ」


 しっかりとした声で、そう続けた。

 その言葉に、張り詰めていたカレンの頬が一瞬だけ赤みがさし、表情がわずかにやわらぐ。

 それは高潔な、義賊の少女の微笑みだった。


「アタシからも質問させてほしい」


「何だニャ?」


「──正直に答えて。あなたが怪盗ドレットノートなの?」


 カレンから笑みが消る。その表情は真剣そのものだった。

 誠意をもって質問に答えてほしい、そんな張り詰めた緊張と沈黙。

 その後、意を決したノートンが神妙な面持ちをつくり、口を開く。


「……すまないが、その質問には答えられない」


 イエスでもノーでもない言葉。

 その返事が予想外だったのか、カレンは大きく目を大きく見開き、


「そう……面白い答えだわ」

 興味深そうに微笑みながら、そう返した。


「もしオレがドレットノートだったら、どうするつもりだったニャ?」


「そうねえ、怪盗ドレットノートが隠したお宝が何か教えてほしかったわ」


 この国の希望であり、絶望。未来そのものとされる、至高の宝。それが大怪盗ドレットノートが隠したとされる財宝だった。


「ふう、みんな王太子やらドレットノートの財宝やらに、頼りすぎだニャ」


「そうかもね。でも、民衆が何かにすがりたい気持ちはわかるわ。


 王家の権威は色を失いつつあり、異常気象はいつか来る天変地異の前触れ。栄えているのは王都だけ。希望の王太子は重病。人々は皆、不安におびえている。

 でもドレットノートが盗んだという至宝が見つかれば、みんなに希望を与えることができるかもしれない」


「ドレットノートのお宝は、希望であるが絶望でもあるんだろう? いい宝とは限らないニャ」


「仮に絶望があっても、今よりあんまり悪くならないわよ、きっと」


「……」


 カレンのやや自暴自棄な言葉に、ノートンは言葉がでない。

 彼女の瞳は色を失い、濁っているように見えた。それは王国の暗い未来を、彼女なりに案じているように思えた。


「にしても変よね。〝至高の宝〟を守っているのは、神獣の力でも砕けない〝グレイプニル〟っていう鎖っていう話だけど、なんで鎖がお宝を守っているの、変じゃない? 普通は宝箱とか、護衛の魔獣とかじゃない?」


「さあな。普通のお宝じゃないんだろうニャ」


「あと〝神獣の力でも砕けない〟ってそこだけ妙に具体的だし……」


「……」


 カレンの疑問に対して、沈黙するノートン。


「さあ、おしゃべりはこれまでだニャ。こっからは強行突破、気合い入れるニャ」


 考え込みそうになっていたカレンに対し、ノートンはそう仕切りなおす。

 ノートンは大きめの仮面で猫顔を隠す。またカレンも怪盗マタドールのベネチアンマスクで顔を隠した。


「そうね、気合い入れないと……あとここからは、その猫人口調はやめてね。変装してても、猫人というのがバレバレよ」


「そうだな、気を付けよう」


 ノートンは口調を人間のものに戻す。


「……よく響く、いい声ね」


 カレンのそんな言葉が聞こえた。

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