第13話 デルタ伯潜入計画

 翌日の昼前、ノートン達はデルタ伯が支配する街デルタベルクに来ていた。規模は王都の一割程度の大きさしかない街だが、城壁と空堀に囲まれた街は堅固で、城塞都市といってよいものだった。


「随分と寂しい街ですね」


 確かにサーシャの言う通り、町の人々の表情は暗く、活気がなかった。


「地方はどこもこんなものよ、異常気象と日照りで、活気が残っているのは王都だけ」


「そうなんですか……」


 王都から出たことのないサーシャには、地方の様子はショックだったらしい。


「なぜ、異常気象が起こっているんですか?」


「人々の魔法を使った反動の呪いが浄化されずに大気に残っているから、って説が有力ね。証明はされていないけど」


「運河も枯れちゃってますね」


 サーシャの言う通り、町の運河は枯れ果てており、それが街の雰囲気をさらに悲惨なものにしていた。


「この辺りは特に日照りが続いているようだニャ」


「もともとは堀と水運の街で有名だったんだけどね。それで、これからどうするの?」


「盗みの準備も必要だし、分かれて情報収集でどうかニャ?」


「わかったわ。今夜宿で落ち合いましょう」


 ノートンの提案をカレンは快諾し、分かれて情報収集活動をすることになった。




「情報収集ごくろうさまだニャ」


 その日の夜方、ノートン達はデルタベルクの宿の、ノートンの部屋に集まっていた。


「まずアタシから報告するわ。デルタ伯爵は川の上流に人工の池を作って水の供給を止めているみたいね。ここの運河が干上がった理由は、異常気象もあるけど、伯爵が水の流れを変えちゃったのが直接の原因ね」


「池の水はどこに流れているのかニャ?」


「伯爵の城よ。伯爵の城は無数の水車があることでも有名みたいね」


「そんなにたくさんの水車を何に使っているんでしょうか?」


「おそらく、魔法石の錬成のためだろうニャ」


「どういうことですか、マスター?」


「水車の動力で磁石を回転させると、電気を起こすことができる。伯爵は水車で発電し、そのエネルギーを使って魔法石の量産を行っているはずだニャ」


「なるほど、その方法なら人間の魔力に頼らなくてもすむ。なかなかやるわね」


「おそらく、コアとなるオリジナルの魔法具が中枢にあるはずだニャ」


「目標はそれってことね」


『あとデルタ伯爵も強力な魔術師らしいな。髪を操る魔法だと、みんな噂してたぜ!』


「伯爵家には代々、毛根操作の魔法が伝わっているニャ。まあその対策の魔法具は持ってきているから、問題ないニャ」


「そうなの? まあアタシ達が集めた情報はこんなものよ」


『サーシャ嬢ちゃんとこはどうだい?』


「お店を中心に情報収集しましたけど、大した情報はありませんでした。ただ王都より食料や物の値段がかなり高かったです。あと、みなさんの暗い上にピリピリしていて、なんだか怖かったです」


『がははは、嬢ちゃんやっぱ役にたたねーな』


「しゅん」


「いや、これも有益な情報だニャ。王都からさほど離れていないこの地で、物価が王都より高いとは変だニャ」


「伯爵による物資の買い占め……反乱でも起こすつもりってこと?」


「その可能性も捨てきれないニャ」


「そういえば、傭兵っぽい男も多くみかけたわね」


 素行の悪そうな傭兵風の男の姿は、確かにノートンも多く見かけた。

 物資を買い占めて、傭兵を集める。確かに不穏な雰囲気だ。


『で、猫人のダンナは何を手に入れたんだ?』


「オレの収穫はこれだニャ」


 そういうと、ノートンはテーブルの上に図面を広げた。


「これは伯爵の居城の見取り図だニャ」


「すご!!……本物なの?」


「居城の改築に関わった設計者から得たものだから、間違いないニャ」


「こんなもの、どうやって手に入れたのよ?」


「極上の美酒で酔わせて、金塊で買収したニャ。彼は今頃は、金塊と共に伯爵領からおサラバしてるだろうニャ」


『スゲーな、貧乏なカレン嬢ちゃんにはできない芸当だぜ』


「貧乏なのはアンタのせいでしょ!」


「他にも、これを調達したニャ」


 ノートンが見せたのは、デルタ伯爵の侍女が着るメイド服一式だった。


「こちらも美酒と金塊で買い取ったニャ。もちろん美魔女のパックで侍女の顔の型もとってあるニャ」


「潜入の準備はできてるわけね。それにしても設計者もメイドも、随分と伯爵に対する忠誠心が低いのね」


「未来のない組織は忠誠を期待できないものだニャ」


 ノートンは冷たい口調で言い放つ。


「でも、たった半日で、見事な手際だわ」


「蛇の道はヘビと言うやつだニャ」


『がはは、猫のくせに蛇だってよ!』


「何が面白いのよ!」


『あれ、面白くない? ちょーおかしいとおもったんだけどな、がははは』


「……というわけで、作戦を説明するニャ。カレンは予告状を作成し、怪盗マタドールの名前でだしてほしいニャ。内容は後で指示する。潜入するのはオレとカレンの二人だニャ」


「わかった、任せるわ」


 ノートンの手際の良さに感心したのか、カレンは快く承諾する。


「私はどうすればいいんですか?」


「サーシャにも頼みたいことがある。美魔女のパックをつけてもらうことになるが、いいかニャ?」


「う……わ、わかりました」


 他人のパックを顔に着けることに、サーシャはやや戸惑いを見せながらも、承諾してくれた。



──〝謀反の伯爵殿。明日、あなたが隠しているものをいただきに参上する〟──

                           怪盗マタドール


 その夜のうちに予告状が出され、そして夜が明けた。

 翌日の昼、ノートンは街のはずれにある丘の上にいた。小高い丘からは、伯爵の城を含む街の全景を見渡すことができた。


「おまたせ、ちゃんと池の底に沈めてきたわ」


 カレンがやや汗をかきながら、ノートンのもとに戻ってきた。ノートンが彼女に依頼したのは、彼女の魔法具であるマントの出口であるロープを、伯爵の人工池の底に沈めることだった。もちろん後で引き出せるように、長い糸を括り付けている。


「もう一つのロープは、どこに設置したの?」


「この丘にある小屋を借りて、そこに設置したニャ。ドアとカギを固定してあるから、入ったら簡単にはでられないニャ」


「なるほど、マントで包んだエドガーを、小屋に送り込むわけね。でも、池の底に沈めた方は、何のため?」


「それは後のお楽しみだニャ」


「ところであの子、サーシャはどうしたの?」


「サーシャはメイド服と美魔女のパックを使って、城に侵入してもらったニャ」


「危険じゃないの?」


『がはは、あいつ、とろそーだしな』


「簡単な偵察だけだから問題ないニャ。それに、サーシャに異変があった場合はわかるようになっているニャ」


「ふ~ん、そんな魔法具を持たせてるんだ」


 カレンがノートンを横目に意味深げにつぶやく。


「街の様子はどうだったニャ?」


「怪盗マタドールの予告状で大騒ぎよ。みんな伯爵が隠しているモノが何なのか、伯爵には反乱の意図があるのか、興味津々みたい」


「そのためにあえて〝謀反の伯爵〟と〝隠しているもの〟という言葉を使ったからニャ」


 いつの時代も、権力者の隠しているものほど、民衆が気になるものはないのだ。


「騒ぎが大きくなりすぎだわ。王都から応援も到着したっていうし、元から警戒厳重なのにより厳重にしてどうするのよ?」


「厳重な警備だからこそ、異物を混ぜ込んだニャ」


『がはは、毒をもって毒を制す、ってやつか。やるじゃねーか』


「でも、王都から来たのは内務省直轄の親衛隊みたいよ?」


「ああ、いま肉眼で確認していたところだニャ」


「この距離で、見えるの!?」


 カレンは驚きの声をあげる。丘から城までは、随分と離れている。人間ではありえない視力だからだろう。


「猫人の視力は、人間よりもずっと良いニャ。さて、指揮官は誰かニャ……

 ──むっ!?」


 軽口をたたきながら目を細めていたノートンは、思わず顔を引きつかせる。


「どうしたの?」


「エリカ……エリカ・メルボルン内務次官。あいつが直接指揮を執るのか」


「メルボルン内務次官って、リシュリュー宰相の娘で、内務省の事実上のトップじゃないの!? 随分と大物がでてきたわね」


「ああ、大げさすぎるニャ。これは、伯爵の謀反の話が信ぴょう性をましてきたニャ」


『がはは、ウソから出た誠ってやつか』


「どうするの? 作戦を変更する?」


「いや、むしろ好都合だニャ。この毒はよく効きそうだニャ」


 不敵に笑うノートン。そこに、息を切らせたサーシャがやってきた。


「はあはあはあ……マスター、戻りました」


 美魔女のパックは捨てて素顔に戻っていたが、服はメイド服のままだ。着替える時間も惜しんだのだろう。


「大丈夫だったか? サーシャ」


「はい。でも大した情報は得られませんでしたよ」


「構わない。教えてほしいニャ」


「え~とですね。まずお城の警備はとても厳重です。さらに王都からの親衛隊も加わったので、通路は人でいっぱいです」


「城の兵士と親衛隊の持ち場所は?」


「兵士と親衛隊の分担は8時間ごとの交代みたいです。ただ4階と北の塔は伯爵のプライベート空間なので、伯爵の兵士だけで警備しています。メイドたちは1階と台所以外の立ち入りを禁止されていました」


「メイドは2階以上の立ち入り禁止か、メイドに変装して潜り込むのは難しいわね。予告状のせいで状況は悪化したと思うけど、これでいいの?」


「ああ、サーシャの情報のお陰で工房とエドガーの幽閉場所については、見当がついたニャ」


「えっ、なんで!?」


 ノートンの言葉に、カレンは驚きの声をあげる。


「反乱の疑いを向けられている以上、伯爵は内務省の警護の要請には逆らえない。せいぜいプライベートな場所の立ち入りを拒否するくらいだろう。


 そして北の塔をプライベート空間と主張するには、やや無理があるニャ」


「……確かに、好んで塔に住む貴人はいないわね」


「加えて北の塔は水車が設置されている場所から近い。ここが工房とエドガーの幽閉場所で間違いないニャ。

 サーシャ、親衛隊はどこの部屋を拠点にしていたニャ?」


「北の塔の近くの大部屋です」


「これで間違いないニャ。親衛隊も北の塔が怪しいと睨んでいるわけだニャ」


『やるねえ、カレン嬢ちゃんよりずっと怪盗らしいな、がはははは』


「そうね……でも、警備の人数が増えたのは事実よ。どうするの?」


「それも問題ない。人数の多さを、逆手に取るニャ。


 カレン、一時間後に予定通りのルートから侵入するニャ」


「何か策があるのね、わかったわ」


「私はどうすればいいんですか、マスター」


「サーシャはこの先にある蔵で待機。エドガーが来たら保護するニャ」


「わかりました」


「さて、サクッと盗むとするかニャ」

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