第12話 ノートンの研究

 ノートンがサーシャとカレンを連れてきたのは、にゃん古亭の地下だった。ノートンは地下にひろがる巨大倉庫の一室を、魔法具の研究室にしていた。


「地下倉庫……私も入ったことないです」


『マジかよ、アンタほんとうにこの猫人のパートナーか? がはは』


「誰彼構わずに煽らないの!」


「うう、傷つきます」


「まあ普段は誰も入れないようにしているが、今回は特別だニャ」


 カギで厳重に閉じられている重厚な扉を開いて、ノートンは二人を招き入れる。

 石の外壁で作られた地下の大きな部屋には、様々な魔法具が陳列されていた。想像よりずっと広いらしく、奥の方は見えない。


『ぎゃははははは、こいつは驚いた。カレン嬢ちゃん、こいつは古代の魔法具だぜ!?』


「うそ、古代の魔法具!? 初めて見た」


 マントが指摘した年代物の斧を見ながら、カレンが驚きの声をあげる。


「古代の魔法具って、ローラント王朝の成立以前の魔法具の事ですよね?」


「そうだ、それはとても危険だから、触らないようにニャ」


 ローラント王国成立以前の時代を、古代と呼ぶ。術者の魔力以上の奇跡を起こす対価として、人間の生命力を捧げていた時代。この時代の魔法具は原則、人間の生贄を必要としていた。


「聞いたことがあるわ。古代の魔法には生贄が必要だったため、古代帝国は生命力を供給するための奴隷階級を持っていた。しかしある時、奴隷たちの生命力では足らなくなって、自国民の生命力を消費するようになり、反乱がおこって崩壊したとか」


「その通りだニャ。その後の戦乱の時代に開発されたのが、〝呪い〟という技術だニャ」


「〝呪い〟が技術!? なかなか面白い解釈ね」


「事実だニャ。当時の人々は、生贄を必要としないで術者の魔力以上の魔法を扱う方法を編み出した。それが〝呪い〟だニャ。呪いとは、大規模な魔法の発動に伴う生命力の消費を、マイナスの代償や使用上の制約、あるいは魔力を持つ害獣等に変換する技術だニャ」


「でも古代の戦乱を治めローラント王朝を開いた始祖王ロランは、呪いも生贄もなしに大規模な魔法が使えたと聞くけど?」


「そんな便利な力はないニャ。奇跡の代償は、いずれどこかの誰かが負うことになるニャ」


「……あなたの説によると、呪いも魔獣も、あくまで捧げる生命力の代用として生み出されたものということになるわね」


「ああ。そして時代が下るにつれ、さらに呪いの効果をマイルドなものにすることに成功したニャ。例えば金運に見放される呪いなんかは、効果はかなり嫌だが、命の犠牲を要求するわけじゃないからニャ。使い魔の口が悪くてもな」


『ぎく、ひょっとしてオイラの事を噂してる!?』


「ノートン、あなたの〝研究〟の目的は、理解したわ。でも猫人化の呪いを解くために、そんな大規模な研究は必要かしら? あんたの猫人化の呪いくらいなら、解呪水でも解けそうだけど?」


「そもそもマスターってなんの呪いで猫人化してるんですか? 私も聞いたことないです」


『オマエこの猫人の事、ホントに何にも知らないんだな~。オイラたちと変わんないじゃん、がはは』


「……このマント嫌いです」


「そういえば聞いたことがあるわ。とある貴人が、自分自身に猫人になる呪いをかけて、行方をくらませたっていう噂。それって、貴方の事じゃないの?」


「そんな奴は貴人じゃなくて奇人だニャ」


 カレンの質問には答えず、ノートンは軽口で話題をはぐらかす。


「じゃああなたは自分の呪いを解除する方法を探しているんじゃないの?」


「オレの呪いなんて、なんてことないニャ。もっと大きな呪いを制御する力が欲しいニャ」


『なかなかに男前な事をいう猫じゃねえか。さぞメス猫にモテるだろう』


「オレは猫じゃないニャ」


『じゃあその面はケモナーの女狙いってわけか。かぁ~、渋いとこつくな、そこか~』


「そういうわけじゃないニャ」


「で、あなたがアタシ達に見せたいものってなんなの?」


 マントの悪態を打ち切るようにカレンは本題に戻す。


「それはこっちのものだニャ」


 ノートンは、部屋の奥の机にカレン達を案内する。机の上には、黄色い石のようなものが置かれていた。


「これも、古代の魔法具なの?」


「いや、こちらは現代の魔法具、より正確に言えば大量生産された廉価版の魔法石だニャ。最近引き取って、解析していたところだニャ」


「魔法石……錬金術師が錬成した魔法を発する石のことね」


「どんな効果がある魔法石なんですか?」


「電気を発する魔法石ニャ。情報によるとエドガーという錬金術師が量産しているらしい」


『錬金術師エドガーだって!?』


「アンタ知ってるの?」


『知ってるも何も、オイラを作った生みの親だぜ、あいつ生きてたのか』


「ああ。錬金術師エドガー、意志を持つ魔法具を作り出せる数少ない錬金術師の一人だニャ。デルタ伯爵は密かにエドガーを捕らえ、ある魔法具を使ってこの魔法石を量産しているらしいニャ」


「電気を発する魔法石を量産、か。使い道はいくらでもありそう。しかしデルタ伯爵ね、いい噂は聞かないわ。過酷な税金で領民を苦しめてるって聞いたことあるわ」


「そんな人が優秀な錬金術師を確保したって、大変じゃないですか!?」


「うん、これは〝義賊〟としては捨て置けない案件だとは思わないかニャ?」


 ノートンが目を細めながら、意味深にほほ笑む。

 それは怪盗マタドールことカレンに向けられたものだった。


「……アタシ達に錬金術師エドガーを盗めってこと? なるほど、それがマントの交換条件ってわけね」


「もちろんオレ達も手助けはするニャ」


「ちょっと待ってくださいマスター、泥棒の片棒を担ぐんですか? しかも人さらいだなんて、ウチは堅気のお店ですよ!?」


 泥棒の手伝いという話に、サーシャが慌てて止めに入る。


「悪い領主から、錬金術師を救出するだけニャ。それに泥棒じゃなくて、義賊マタドールだニャ」


「う~ん、でも人を盗むって、義賊としてどうなのとは思うところはあるわ」


『やっぱ盗むならお宝だよな、誘拐はオイラ達らしくないし』


 頬杖をつきながら、少し考え込むカレン。


「魔法石を作り出しているエドガーの魔法具の呪いは、貧乏になる効果では無いみたいだニャ」


「やるわ! 今すぐ行きましょう!」


 ノートンの言葉に、カレンは即決する。


『ガハハハッは、そんなに貧乏が嫌か~、そうかそうか』


 どことなく悲しみを含んだ声で、レッドマントはカレンを煽る。


「嫌に決まってるでしょ!」


「デルタ伯領は王都から馬車で2~3時間だニャ、明日の朝すぐに出発するニャ」

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