第11話 怪盗カレンと呪いのマント


 ノートン達がニャン古亭に戻ってきたころには、すっかり夜になっていた。


「お客様、お茶をどうぞ」


 サーシャが差し出したお茶を、女は「ありがと」と簡潔に受け取ると、帽子とマスクを脱ぎ、素顔を明らかにした。

 年のころはサーシャと同じくらいか、目鼻立ちの整った美しい少女。赤みのかかった髪を二つにまとめた髪型は年相応のかわいらしい感じだったが、燃えるような紅の瞳だけは、力強くこちらを見据えていた

「一応、自己紹介するわ。アタシが怪盗マタドールよ」


「えええ!!」


 サーシャは驚きの声をあげる。


「気づいてなかったのかニャ?」


「だって、怪盗さんがお店に来るなんて! つ、通報しないと」


「我々に通報する義務はないニャ。それにここはアイテム商。泥棒も怪盗も、れっきとした顧客だニャ」


 アイテム商は商売の都合上、泥棒に対する通報義務は無い。たとえ盗品であっても買い取るのが、アイテム商に与えられた特権だった。

 加えてマタドールは一般民衆に絶大な人気を誇る〝義賊〟だ。一般民衆を敵に回してまで通報する理由はない。


「話が早くて助かるわ。さっそくだけどアタシの魔法具を返してほしいの」


「ふむ、あのマントかニャ」


 怪盗マタドールにとっては必須といえるあのマント。いずれ取り返しに来ると思っていたが、思いのほかすぐだった。


「もちろんタダでとは言わないわ。解呪水と引き換えでどう?」


 マタドールを名乗る少女は懐からビンを取り出す。

 中に入っている液体は、呪いを具現化し、魔獣に変えることができる魔法の水。ホテルでの一件でコバンの呪いを具現化した、魔法具の一種だ。


「あなたの猫顔も呪いの一種でしょ? その呪いも解くことができるわ。現れた魔獣を倒せればの話だけど、コバンの呪いを倒したあなた達なら問題ないはずだわ」


「物々交換とは、珍しい話だニャ」


「現金は持ち歩かない主義なの」


 少女はツインテールの髪を、手で軽くとぐ。その優雅な仕草は、思わずみとれてしまうほど優雅なものだった。


『ギャハハハハハ!! 「何が現金は持ち歩かない主義だ!」。カッコつけやがって、カレン嬢ちゃんよ。素直に〝金がねえ〟、〝金欠〟って言えよ!!』


 突如として、店の中に下卑た男の声が鳴り響く。


「マントが、しゃべっている?」


 サーシャは驚き、目を見開く。

 なんとノートンが持つマントに人間の様な唇ができて、声を発しているのだ。


「き、金欠じゃないわ! 今日はアンタがいなかったらバイトできたもん。お昼ご飯食べられたもん!」


『で、飯食ってすっからかんになったわけか』


「ちゃんと100イエーン残してるもん! って、嘘、落としたっぽい!?」


『早くもオイラの呪いの効果がでてるな。カレン嬢ちゃんは、そんなにオイラが恋しかったってわけか、ギャハハハハ』


「あんたなんか恋しくないわ、でも仕方ないじゃない!! あと名前で呼ばないでよ、本名ばれちゃったじゃない! アタシは怪盗よ? 本名ばらしてどーすんのよ!」


 下品なマントのあおりに、顔を真っ赤にしながら感情をあらわにする怪盗マタドール。どうやらこれが彼女の地みたいだった。

 ついでに名前もわかった

 カレンというらしい。


「マスター、あのマントは一体?」


「魔法具の呪いの中には、意志を持ち、まるで生きているかのようにふるまうものもある。あのマントもその一種らしいニャ」


「意志を持った魔法具ですか~、やかましいですね」


「……うん、これは、使えそうだニャ」


 ノートンは目を細めながら、興味深そうに微笑む。


「ちなみにあの魔法具の呪いって何ですか? 厄介な呪いって言ってましたけど」


「金銭に関する呪いだニャ。魔法具を所有している者は、金運から完全に見放されるという呪いだニャ」


「えっ、貧乏になる呪い。怖っ! マント触らなくてよかった」


「マタドールが〝義賊〟と呼ばれているのは、あの呪いのせいで金銭を稼ぐことが難しいからだろうニャ」


「つまり、盗んだものを貧しい人々に配っているのは、やさしさではなく……」


「呪いの影響はあるだろうニャ。清貧を重んじる義賊マタドールの正体は、金欠の呪いがかかった少女、というわけだニャ」


「……そういえばコバンを手に入れたときに『さらば貧乏!』って喜んでましたね」


 あれは彼女の本心だったのだろう。よほど呪いの貧乏がつらかったに違いない。


「ぜえぜえぜえ……大体アンタの言ったとおりよ。で、どうするの? 交換に応じるわよね?」


 マントとの口論に疲れた様子の怪盗マタドールことカレンが、ノートンに詰め寄る。


「一つ聞かせてほしいニャ。どうしてそうまでして〝怪盗〟であることにこだわるニャ?」


 たとえ優れた怪盗になれたとしても、富を得られないのなら意味はない。普通の人はそう考えるはずだ。

 となれば何らかの事情があるはず。


「〝怪盗マタドール〟であることがアタシの使命だからよ」


 カレンは高潔で凛とした声で、しっかりとそう答えた。

 それは決意と覚悟を含んだものだった。


『そうそう、怪盗マタドールであることに比べりゃ、オイラの貧乏の呪いなんて、なんてこた~ないよな』


「なんてことあるわよ!」


『カレン嬢ちゃんは実は貧乏が大好きだもんな』


「アンタも貧乏も大嫌いよ!」


 再び口論を始めたカレンとマントの間に、ノートンは割って入り、


「わかった。マントは返そう」


 そう宣言した。


「え? いいの?」


「ああ、解呪水もいらない。その代わり、オレの頼みを聞いてほしいニャ」


「わかったわ。でも、どんな頼みよ?」


「それは研究室で説明するニャ。見せたいものがあるから、みんな、こっちについてくるニャ」

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