第10話 新たなる商談

「ふう、ようやく落ち着いたニャ」


 ノートンはランド亭のテーブルで一息つく。一日中ずっと、昨晩の怪盗事件の処理に追われていたのだ。日は再び傾き、すでに夜の活気がでてきている。


「つかれました……」


 カウンターに頭を伏せながら、泣き言をいうサーシャ。


「おつかれだね、ノートン君にサーシャちゃん」


 ララがねぎらいながら、ノートン達に果実水をだしてくれる。


「お二人ともお疲れ様でした」


 奥からでてきたニーアの姿に、ノートンは驚く。


「ニーア、その耳は、いいのかニャ?」


 ノートンが指摘したとおり、ニーアは猫耳を隠していなかった。

 ニーアにかかっていたコバンの呪いは無くなったが、すでに進行していた呪いの効果を打ち消すことはできなかったのだ。猫化は止まったものの、猫耳は一生そのままだ。


「はい、もともと私にかかった呪いですから」


 ニーアが明るく微笑む。どうも今回の事件で、彼女もいろいろと吹っ切れたように思える。


「その制服、すっごくかわいいです! 猫耳も!」


 サーシャが言うとおり、ニーアが着ているミニのメイド風のエプロンドレスは、とてもかわいらしかった。特に猫耳を強調するようにデザインされたカチューシャは、素晴らしい完成度だった。


「ララさんはこうなることを想定していたわけかニャ」


「さあ、なんのことかな?」


 ノートンの指摘に、ララは意味深にほほ笑む。

 予告状の作成と引き換えに、ララがだした条件。それはニーアがランド亭で働くことだったのだ。

 猫耳メイドの集客力はすさまじく、ニーアの出勤当日にもかかわらず、ランド亭はお客さんでいっぱいだった。しかも猫耳メイドのおかげだろうか、客の中の王党派と市民派の対立も、どことなく和らいだようにさえ思える。


「だから言ったろう? わたしの愛ある料理が平和をもたらすって」


「ニーアの猫耳メイド姿はララさんの愛なのかニャ……」


 何故か得意げなララに、ノートンがつっこむ。


「いいな~、男の人は簡単に萌えられて……」


 そして妙ないじけかたをするサーシャ。


「それよりも、ノートンさん。化け猫の一件はもう大丈夫なんですか? あの、いろいろな捜査に巻き込んじゃって、もうしわけないです」


「化け猫の件は、なんとかごまかしたから大丈夫だニャ」


 あの場ではすでに警備員やホテルの従業員が逃げ出していたことは幸いだった。目撃者がいなかったため、ノートン達は「サーシャが召喚した魔法具の魔人が解決した」と嘘をつきとおしたのだ。


「おかげで私は大変でした~」


 まあ当のサーシャは、質問攻めで大変だったろう。早くも街中では〝 魔人使いのサーシャ〟の二つ名が広まっているらしい。〝負債の女王(クイーン・オブ・ザ・デビット)〟のことは一般人には知られたくはなかったので、ノートンにとっては幸運だったが、サーシャには迷惑な話だろう。


「ホテルに迷惑をかけてしまって、申し訳ないです」


「幻獣が黄金に変えた柱を、ホテルには譲ったから、気にすることはないニャ」


 不幸中の幸いだったのは、化け猫が柱を黄金に変えてくれた事だった。ホテルを破壊した補償としては十分すぎるものだった。


「ノートンさん、あの火傷した怪盗さんはどうなったのでしょう?」


「怪盗マゼンラは化け猫の騒ぎの間に逃げたニャ。あれだけの火傷を負いながらも逃げうせるとは、なかなか大した奴だニャ」


 ちなみに、ドレットノートの予告状はマゼンラが作成した偽物であろう、という事で片付いたらしい。


「マタドールさんは?」


「同じく逃げおおせたニャ。あいつが消してしまった警備員を探し出すのに、苦労したニャ」


 そう言いながら、ノートンは懐からマントを取り出す。

 それは怪盗マタドールが残していった深紅のマントだった。


「これは転移をつかさどる魔法具の一種でね、包んだものを特定の場所へ送ったり、そこから物を持ち出したりすることができる。警備員を消してしまったのも、大砲を出現させたのも、この魔法具の力だニャ」


「じゃあ警備員さんは見つかったのですか?」


「ああ、王都のはずれで、警備員たちは無事に発見されたニャ。マタドールは廃棄された武器庫をアジトにしていたらしい」


「よかったです」


 ニーアは安心したように胸をなでおろす。

 化け猫に破壊されたホテルは金塊で補償でき、警備員は全員無事。とりあえずの収拾はついた。


「マスター、このマントはどうするんですか? 荷物を保管する時とかに、結構便利そうですけど……」


「う~ん、確かに便利ではあるんだが、ついている〝呪い〟が少々厄介っぽいんだニャ」


「どんな呪いがついているんですか?」


「それがだニャ……」


 呪いの内容をサーシャに話そうと思った矢先、店の奥から大きな帽子を深々とかぶり、マスクで口元を覆った女が近づいてきて、ノートン達に割って入ってきた。


「あなたがアイテム商のノートンさんね?」


 若いが張りのある凛とした声。この声には聞き覚えがあった。


「君は、どちらさまかニャ?」


「アタシの声は知っているはずよ。その魔法具について話があるわ、ちょっと時間をもらえる?」  


「わかったニャ、商談というわけなら、ここではなくて店に行こう。

 ニーア、お会計をするニャ」

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