第8話 コバンの魔獣

「オレには計画した責任があるニャ」


 ノートンはレイピアの剣先を化け猫に向け正眼に構えると、そう言い放った。


「っ──」


 ノートンのその言葉に、ニーアはハッとした顔をした。今回の事態に責任を感じているノートンの覚悟に、改めて驚いたのだろう。


「マスター、本当にあの化け猫を、倒す気ですか?」


「やれるだけのことは、やってみるニャ。サーシャ、例の魔法具を使って隙をつくれ」


「あ、あれをつかうんですか、でも……」


「あくまで隙を作るだけだニャ」


「わかりました。やってみます」


 ノートンの説得に、サーシャは意を決してうなづく。


「では、やるかニャ」


 ノートンはニーアを守るかのように彼女の前面に立つと、自分に言い聞かせるかのように小さくつぶやく。

 無駄な力を抜くための軽めの口調。その言葉とは裏腹に、ノートンの全身を魔力が駆け巡り、全身の筋肉を精悍な肉食獣のそれに変える。


「サーシャ、いくぞ!!」


「はい」 


 ノートンの合図とともに、サーシャは袋から取り出したビンの蓋を開ける。

 直後、ビンの中から巨大な大男の魔人が出現する。その大きさは、化け猫とほぼ同等。


〝ビンの魔人(偽)〟


 なんでも言うことを聞く魔人を召喚できる魔法具、ただし贋作であるため、願いは聞いてもらえるだけで、実行はしてくれない。


「お呼びでございますか、ご主人様」


 巨体の魔人は、召喚者であるサーシャに臣下の礼をとりつつ、仰々しく尋ねる。


「あの化け猫をやっつけなさい!」


 吹っ切れたらしいサーシャは、威勢よく仁王立ちになると、堂々と化け猫を指さす。


「承知いたしました、ご主人様」


 快諾し、標的である化け猫を睨みつける魔人。この魔人は返事だけで実行に移すことはない。だがそのことを知らぬ化け猫は、魔人をその場における最大の敵と認識し、魔人を睨み返す。

 化け猫だけでなく、その場の全員が、突如として召喚された魔人と化け猫との睨みあいにクギ付けになる。

 一瞬だけ生まれた絶好の隙。その瞬間を突いて、ノートンは猫のごとき俊足で化け猫の正面足元に滑り込み──


「ていっ!!」


 レイピアによる、強烈な一撃を放った。

 狙うは猫の絶対急所、喉元。

 人間の数倍はあろう猫人のバネを全身に生かし、すべての力をレイピアの先端の一点に集約させた渾身の一撃。コンマ1ミリの誤差もない完璧に放たれたその一撃は、ノートンの右腕に確かな手ごたえを与えたが──


「いっ!?」


 ノートンは思わず目を見開いた。

 必殺の一撃は喉元の皮膚すら傷つけることはできず、レイピアの方がポッキリと折れてしまったのだ。


「呪い殺しのレイピアが、折れるとはニャ……」


 とある宝剣を元に、人は切れないという制約と引き換えに、呪い殺しの効果を付与して錬成された魔法具。それすら折れてしまうとは──


「危ない、マスター!!」


 折れた愛刀を嘆く余韻など無い。

 レイピアの一撃から瞬時に立ち直った化け猫は、右前足を繰り出してノートンに強烈な一撃を放つ。


「っつ──!!」


 ノートンは自ら後ろに跳躍して直撃こそ避けたものの、そのまま派手に後ろの壁に撃ちつけられてしまう。

 

「ノートンさん、ケガは?」


「大丈夫だ。猫人の体の柔軟さのおかげで、無事だニャ」


 心配顔で駆け寄ってきたニーアを心配させまいと、ノートンは無理に微笑む。


「どうしましょう、魔人も(何もしないまま)消えちゃいましたし、もう武器になりそうなアイテムもないですよ?」


 サーシャの声には焦燥の色が混ざっている。レイピアは折られ、武器もない。


「まだアレがあるニャ。ポーチをよこすニャ」


「え、ポーチって、美魔女の化粧ポーチですか!? 中に入っているのは、美容に関する魔法具ばっかりですよ? とても戦闘に仕えるとは──」


『シャアアああ嗚呼あAAああああ!!』


 サーシャの困惑をよそに、化け猫はこの世のモノとは思えないおぞましい雄叫びをあげながら、止めを刺すべくノートンに向かって突進してくる。


「いいからよこすニャ」


「はい!」


 ノートンの言葉にサーシャは化粧ポーチをノートンに手渡し、そのまま覚悟を決めたようにノートンの背中にしがみつく。


「化け猫、お前にとっておきの美容グッズをプレゼントするニャ!」


 そんな悪態をつきながら、ノートンはポーチからビンを取り出して、牙をむく化け猫の口の中に向かって投げる。

 ノートン達を一飲みにしようと大口を開けていた化け猫の口の奥でビンは砕け、中身は喉奥へと注がれる。

 変化はすぐに表れた。

 化け猫の動きが、まるで石像になったかのように、止まったのである。

 直後、化け猫は悲鳴をあげながら体を震わせながら、その場でのたうち回る。


「魔獣が小さく……いえ、やつれていく!?」


 サーシャの言葉の通り、のたうち回りながら魔獣の巨体は一回り以上小さくなり、全身から生気が抜けてまるで抜け殻のようになっていく。そしてついにはその場でうずくまってしまった。


「マスター、いった何を飲ませたんですか?」


「〝美魔女のドロップ〟だニャ」


 ノートンが飲ませたのは、一粒につき一歳若返らせるという美魔女のドロップだった。


「あれって、確か一つハズレがあるはずですよね? あ、そうか!」


 サーシャがようやく気付いたようだ。

 そう、美魔女のドロップの数は14個、うち一つに30歳年を取るハズレのドロップが混ざっている。そして全部飲み干した魔獣は、合計で17歳年を取ったはずだ。

 そして一般的に猫の寿命は15歳ほど。17歳の年月は、成猫にとっては耐えられない年月であり、瞬く間に衰弱してしまったのだった。


「……あの猫人が、呪いの魔獣を倒した!」


 後ろから警備員たちの驚きの声がする。

 彼女達からすれば、ノートンが何らかの毒物を与え、魔獣を倒したように見えたろう。


「すごい!」


「よくやった!」


「解呪するなんて!」


「やったああ!!」


 声はしだいに称賛から、歓声へと変わる。

 人々達は、魔獣の撃退、すなわち魔法具の呪いの解呪の成功を確信し、大いに活気づく。


「ありがとうございます、ノートンさん。なんとお礼を申してよいか……」


 特に当事者であるニーアは、満身の笑みでノートンの元に駆け寄ってくる。


「──えっ!?」


 だがノートンの顔から警戒の色が全く消えていないことに気づいたのか、すぐ表情を変えた。


「安心するのはまだ早いニャ」


 猫の寿命が15年というのは、あくまで通常の猫の場合の話だ。

 この魔獣が、元となった猫の寿命の影響をどれほど受けるかについては、保証はない。


「マスター、魔獣の様子が!?」


 サーシャのその言葉に、歓喜の声に包まれていた人々の視線が再び魔獣へと注がれ、その異様な様子にそのまま凍り付いた。

 先ほどまでは朽ちた屍のように小さくうずくまっていた魔獣に異変が起きたのだ。

 このまま消え去ってしまうのではないかとさえ思えたその体から、噴き出した黒い瘴気。

 瘴気に包まれた魔獣は、四脚を力強く地面を打ち付け、


「グウ嗚呼ァアアアアアア阿アア嗚呼アアッ!!!!!」


 巨大で醜悪な声で、再び吠えた。

 

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