第7話 怪盗マタドール!?

 そう、ドレットノート・レースに参加している怪盗は一人ではない。

 正面突破を図ろうとする怪盗は、決して賢明な怪盗とは言えない。騒ぎに乗じて、手品師のように盗み出すのが優れた怪盗なのだ。


「ふふふ」


 コバンを手に持っている方のレベッカ団長が不敵な笑みを浮かべながら、顔から紙のようなものを剥ぎ取る。


「あれは、美魔女のパックかニャ!?」


 直前にパックした者の顔を模すことができる魔法具。それを使い、怪盗はレベッカ団長に変装していたのか。

 目元を隠すベネチアンマスクをしているため、素顔こそわからないが、少なくともレベッカ団長とは別の女だった。


「何をしている! 捕らえろ!!」


 本物のレベッカ団長の指示で、警備団員4名が女を捕らえようと襲い掛かる。

 だが偽物は軽快な身のこなしでヒラリと警備団員たちをかわし──


「むっ!!」


 直後の予想外の事態にノートン達は思わず息を飲んだ。

 偽物を捕らえようとした警備員達の姿は、その場には既に消え失せていたのだ。

 警備員達がいた場所に翻るのは、偽物が懐から取り出した巨大なマントだけだった。警備員たちはその赤いマントにくるまれると同時に、忽然と姿を消してしまったのである。

 警備員たちがいた空間に、高らかに掲げられる深紅のマント。

 マントを右手に持つ偽物の姿は、まるで華麗なる闘牛士の様。


「まさか、怪盗マタドール!?」


 ノートンは闘牛士姿の怪盗に心当たりがあった。こいつはマゼンラみたいな駆け出し怪盗とは違う。


〝怪盗マタドール〟


 王都を騒がせる五大怪盗の一人にして、ドレットノートの後継をめぐるドレットノート・レースの参加者の一人。

 そして王都で唯一〝義賊〟とされ、民衆に絶大な人気を誇る回答だった。噂によると清貧を重んじ、決して私財を蓄えることはせず、奪った財宝を民衆に気前よく分け与えると言う。


「あのマントに不用意に近づくなニャ!」


 とっさに、ノートンは警備員達に向かって叫ぶ。

 マタドールのマントは業物の魔法具であり、表地で包んだものを別の空間に転移させるという。先ほどの警備員達も、どこかに飛ばされてしまったはずだ。


「しかし、まさかマタドールは女性だったとはニャ」


 怪盗は性別を明かすようなリスクは取らない。だが敢えてそのリスクを負ってまでコバンを盗みにきたということは、マタドールがコバンをそれだけ重要視しているということだ。


「──ふふふ、とうとうコバンを手に入れたわ」


 事実、マタドールはベネチアンマスクの上からでもわかるうっとりとした表情で、コバンに頬擦りしている。


「さらば貧乏!」


 マタドールはそう叫ぶと、華麗にマゼンラが壊したガラスの縁に跳躍する。


「び、貧乏?」


 なんかとても残念なセリフを聞いた気がした。清貧を貴ぶ義賊とはいえ、貧乏は嫌なのだろうか。

 まあそんなことはどうでもいい。ノートンとしては、コバンを呪いごと盗みだしてくれさえすれば、後はどうなろうと構いはしない。

 マタドールほどの怪盗なら、確実にその術を持っているはず──

 だがそんなノートンの目論見は、またもや予想外の方向に裏切られてしまった。

 マタドールは懐からビンを取り出すと、ビンに入っていた液体をコバンにかけたのだ。アイテム商であるノートンには、その液体が何かすぐ察しがついた。


「あれは、解呪水!?」


「解呪水って、なんですかマスター?」


「呪いを解くことができる聖水のことだニャ」


「そんな便利なアイテムがあったんですね」


 サーシャの言う通り、名前だけ聞けばとても便利なアイテムに見える。だが、そんなに甘くはない。ノートンが知る解呪水とは、呪いを具現化することによって、呪いを解くことができる状態にする魔法具の事であり──

 コバンに注がれた聖水は、瞬く間に黒い水蒸気に変わり、その中から異形の怪物が姿を現した。

 10メートルはありそうな巨体は漆黒の体毛で覆われ、満月のような瞳だけが別の生き物のように鋭く光っている。


「大きい、猫?」


 サーシャのいう通り、具現化されたコバンの呪い、その姿は、巨大な猫の姿をしていた。だが猫の持つ愛らしさは微塵もない。その全身に宿る漆黒のモノは、ただ不吉な何か。

 もし地獄に獣がいるのなら、こんな禍々しい雰囲気をまとっているのだろうか。

 〝化け猫〟、その霊圧に、その場の者達は圧倒される。

 その中でただ一人、マタドールだけがマントとコバンを手に真正面からたたずんでいた。


「──まさか、ここで解呪する気か?」


 その堂々とした姿に、ノートンの全身に悪寒がよぎる。

 具現化した呪いである魔獣を退治すれば、呪いは消滅し、恩恵だけが残る。だがアイテム商を営むノートンには理解できた。マタドールがどんな手段を持っているのか知らないが、あれはとても通常の手段で倒せるような魔獣ではない。


「なんて強欲な奴、どこが義賊だニャ」


 清貧を貴ぶ義賊、そんな噂とはまるで違う。ノートンはマタドールの魂胆に思わず舌打ちをついた。


『ニャ嗚呼ァアアアアAAアア阿アぁアアAAAAAAA!!』


 化け猫が不気味な咆哮をあげる。

 それは狩るべき獲物を見定めたことを示す合図の様だった。

 標的はただ一つ。自らの依り代であるコバン持ち、正面からマントを掲げるマタドール。化け猫は鋭い視線でそう見定めるや否や、巨体からは想像できない俊敏さでマタドールに向かって跳躍する。


「オーレー!」


 闘牛士の掛け声とともに、マタドールも大きくマントを翻す。と同時に、その場にありえないものが出現していた。


「あれは、攻城用の大砲かニャ!」


 マタドールの側に現れたのは、巨大な大砲。すでに弾は装填してあるのか、火縄には火がともっている。

 ノートンが伝え聞くところによると、マタドールのマントには二つの能力があるという。

 一つはマントの表面で包んだ対象を、別の場所に消し去る能力。そしてもう一つはマントの裏面から、別の場所に保存したものを出現させる能力だった。


「大砲で狙い撃つ気か!? とんでもない奴だニャ!!」


 ホテルの中で大砲を使うという、ノートンは聞き及んだ義賊としてのマタドールの姿とはまるで異なる対応に驚愕し──

 刹那、大砲から轟音ととも爆風が吹き荒れる。魔力を含んだ爆風。おそらく、何らかの魔獣特攻の効果を秘めた砲弾か。


「やっりいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 勇壮な爆風にマタドールは絶頂の雄叫びをあげる。その場の誰もがマタドールの勝利を確信しただろう。

 しかし、火薬と粉塵の煙が晴れると同時に、マタドールの姿に明らかに狼狽の色が走る。

 依然として、マタドールを睨めつけている化け猫の姿。

 至近距離から発射された砲弾、それは地面に巨大な穴を作り出しはしたが、穴の横で威嚇する化け猫には傷一つつけてはいなかった。

 マタドールの戦術は悪くなかった。普通の獣であれば、砲弾は直撃しただろう。 

 だが優れた第六感を持つ猫の化身である化け猫は、動物的本能で危機を感知し、弾道から身をかわしたのだ。


「うっそお~!!!!」


 思惑が外れたマタドールは、まるで少女のような奇声を発し──


「きゃあああああ!!」


 直後、化け猫が繰り出した第二撃を喰らい、窓ガラスを破って外に弾き出されてしまった。


「マスター。マタドールさん、負けちゃいましたよ?」


「……あいつ本物のマタドールかニャ」


 サーシャと共に事態を見守っていたノートンは、思わず肩を落とす。

 マタドールは解呪を行おうと化け猫を召喚するも、見事に失敗。

 せめてもの救いは、先ほどの一撃でマタドールがコバンを手放したことくらいか、と地面で転がっているコバンを見て思う。

 振出しに戻った、と言いたいところだが、解呪水の効果は残っている。化け猫は健在であり、次の獲物を探し、周囲を睨みつけていた。


「ノートンさん、どうすれば……」


 不安そうに駆け寄ってきたのは、部屋の奥にいたニーアだった。

 彼女も、作戦の失敗を悟ったのだろう。


「ふむう……」


 ノートンも喉をうならせる。

 化け猫の力は強大。だがこれ以上、ホテルを壊されるわけにもいかない。下手をすれば、町の一角をも壊されるかもしれない。


「……倒すしか、ないニャ」


 ノートンは腰のレイピアを抜き出しつつ、そう告げる。


「にげま──ええ!?」


 ノートンの言葉に驚きの声をあげるサーシャ。

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