第6話 怪盗マゼンラ見参!

 月光の砕けて舞い落ちるステンドグラスの破片。その中心に仁王立ちしている筋肉隆々の大男。


 驚くべきことに、男は覆面とパンツ以外は何もつけていない、ほぼ裸だった。


「こいつが、大怪盗ドレットノート!?」


「嘘でしょ?」「どう見ても変質者」


 警備団員が呆気に取られている。無理もない、誰も伝説のドレットノートの真の姿を知らないのだから、予告通り現れたこの男をドレットノートだと勘違いしてもしかたない。


「フハハハハ! 我こそ怪盗マゼンラ、ドレットノートの後継者なり!?」


 男は両手を高らかに掲げながら、そう宣言する。


「後継者かニャ」


 怪盗マゼンラが後継者を名乗ったことで、ノートンは少しだけほっとする。こいつがドレットノート本人を自称するのだけは、なんとなく嫌だった。


「どう見ても不審者だ! 捕らえろ!!」


 気を取り直したレベッカ隊長の指示で、女性警備団員たちがマゼンラを捕縛すべく襲い掛かる。だが──


「一子相伝、全裸光線!!」


 マゼンラが奇妙なポーズを取ると同時に、その全身から光が放たれる。


「きゃあああ!!」「うわあああ!!」


 その瞬間、部屋は混乱状態に陥った。

 光を浴びた女性警備員の手から武器がこぼれ落ちる。武器だけでなく防具や服すら勝手にほどけ、地面に脱げ落ちていく。裸になってしまった彼女達はまさかの事に、声をあげながらパニックになっていた。


「ふはははは! 武器も防具も不要。これこそ我が秘儀、全裸光線なり!」


 混乱の中で、ひとり勝ち誇ったように高笑いするマゼンラ。


「あ、あれは何なんですか? マスター」


 光線を浴びないように柱の物陰に隠れながらサーシャがノートンに尋ねてくる。


「敵の武装を強制的に解除する魔法を強化したものだニャ」


「そんな凄い魔法を呪いの反動も無しに!?」


「おそらく、呪いは自分も服を着れない事だろうニャ」


「なんかそれずるい!」


 実にくだらない能力。だがこの混乱を見る限り、警備員を女性ばかりにしたのは失敗だった。


「み、みんな落ち着け! 素手で捕まえるんだ!」


 さすがにレベッカ団長は冷静だ。裸で顔を赤らめながらも、部下と共にマゼンラを捕らえようとするが──


「す、すべる!」


「団長、こいつの体は油で覆われています、捕らえられません!」


「きもちわるい!」


「ぬるぬるします!」


 女性警備員から再び悲鳴があがる。素手でとらえようとしているが、油で滑って捕縛できないようだ。


「ふはははは、これぞ我が魔法具〝魔獣ガマのマッスルオイル〟。このオイルでコーティングされた我が肉体を、貴様らの力では捕らえることなどできん。

 ──ふん!!」


 警備員達の手を巧みにかわしながら、マゼンラはコバンが置かれている台座に全裸光線を放つ。

 同時に、台座周辺に仕掛けられているトラップが、音を立て一斉に解除される。


「トラップを解除……あの光線、罠も丸裸にできるみたいだニャ」


「変だけどすごい!」


 ノートン達が感心しつつもあきれている間に、マゼンラの巨体は華麗に宙を舞い、コバンが置かれていた台座に着地する。


「ふはははは、これが魔法具コバンか、すばらしい!」


 コバンを右手に掲げ、高らかに勝ち誇るマゼンラ。


「マスター、このままじゃコバンを盗られちゃいます!」


「落ち着けサーシャ。獲られるまでは想定内だニャ」


 そう、獲られるのは想定内。問題は、マゼンラが呪いごと、コバンを盗んでくれるかどうかだ。呪いを盗まない場合は、ノートン達がこいつからコバンを奪い返す必要がある。それを見極めなければいけない。


「では魔法具コバン、その効果もろとも、この怪盗マゼンラがいただいた」


 そう言い放つと、マゼンラはコバンを黒パンツの中にしまう。不思議なことに、パンツは大きな金塊でもあるコバンを簡単に収納してしまった。


「あれも魔法具だニャ」


「あのパンツもですか!?」


 通称〝怪盗の黒ブリーフ〟。盗んだものを24時間格納することによって、魔法具の所有権を奪うことができる。魔法具についている恩恵も奪えるが、呪いもついてくる。中は異空間になっており、どんな大きな物も収納する事が可能だった。なお服を着ることができないという呪いが付与されている。


「なんかやだ~!」


「だがこれでニーアは呪いから解放されるニャ」


 目的は達成される。あとはマゼンラがコバンを持って、無事に逃げおおせればいい。


「逃すと思っているの!」


 しかし、そうはうまくはいかなかった。

 マゼンラの退路に仁王立ちするレベッカ団長。ノートン達の真意を知らない彼女は、あくまで職務に忠実であろうとしているようだった。

 そして彼女が右手に持っているものに、マゼンラを含む、その場の全員が息を飲む。 


「あれは、〝火トカゲ(サラマンダー)のランプ〟!?」


 右手に握られていたのは、油好きの火トカゲを封じ込めたというランプ。レベッカ隊長はそれを躊躇なく、マゼンラに向かって放り投げる。


「ちょっ!!」


 初めて狼狽の色をみせるマゼンラ。当然だ、彼の全身にはオイルが塗りたくっているのだから──


「NOOOOOOOOOO!!」


 ランプがマゼンラの腕で砕けるとほぼ同時に、マゼンラが炎に包まれる。さっきまで勝ち誇っていたほぼ全裸の怪盗は、奇声をあげつつ、炎に包まれながら転がりまわる。


「……さすがにちょっと、やりすぎでは? お前たちは怪盗の逮捕が仕事だろうニャ」


「気にすることは無いわ。貴重な魔法具を汚したバツよ。それに──」


 そういうとレベッカは、水が満載のバケツを、転がりまわっているマゼンラにかける。

 異臭のする煙を巻き上げながら、火は瞬く間に消える。その場には黒焦げになっているマゼンラの体が横たわっていた。黒焦げの筋肉がピクピク動いていることからして、生きてはいるのだろう。頑丈な奴だ。


「金は炎では簡単にとけない。コバンは無事よ」


 レベッカは(心底嫌そうな顔をしながら)マゼンラのパンツに手を突っ込み、そこから魔法具を取り出す。


「よくそんなところに手を突っ込めるニャ」


「うるさい、これも仕事よ! すべて貧乏が悪いの!」


 ノートンのツッコミに、レベッカはマジギレで返してきた。どうも、踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。

 とはいえ、これで怪盗に盗ませるというノートンの計画は失敗に終わってしまった。


「どうするんですか、マスター?」


「う~む」


 想定外の事態に腕組みをして考え込むノートン。


「大変です!!」


 直後、ドアの外から警備団員が血相を変えて飛び込んでくる。


「こ、この部屋に怪盗が侵入しています!」


「大丈夫だ、安心するニャ。怪盗はすでに逮捕したニャ」


「そ、それが……」


 ノートンの言葉にも、警備団員の悲痛な顔色は変わらない。一呼吸遅れて、別の警備団員の一団が飛び込んでくる。


「!?」


 驚くべきことに、警備団員の中心にいたのは、手首を縛られたレベッカ団長だった。レベッカ団長が二人、予想外の事態にその場の全員が凍り付く。


「そいつは私の偽物だ!!」


 手首を縛られたままのレベッカ団長は、コバンを手に持っているレベッカ団長に向けて、そう叫んだ。

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