第5話 ドレットノート・レース
犯行が予告された日の当日は、ララが作成したドレットノートの予告状によって、王都は大騒ぎとなっていた。
「すごい騒ぎですね、みんな予告状の噂をしてます」
「なにせ5年ぶりのドレットノートの予告状だからニャ、そりゃ大騒ぎになるニャ」
予告状に記載された犯行時刻の少し前、ノートンはサーシャを連れて、大騒ぎになっている王都の人々を尻目に、ニーアが停泊しているホテルへと向かっていた。ニーアが止まっているのはホテルグラディウス。没落した貴族の館を買い取ったとされるそのホテルは、王都一の高級ホテルだった。
「すごいホテルですね〜こんなホテルを借り切っちゃうなんて、ニーアさんすごい」
「まあ〝招き猫〟のおかげで、お金はあるみたいだニャ」
高級ホテルを借りるようにアドバイスしたのは、他ならぬノートンだった。
表向きは、東洋から来たご令嬢が持つ秘宝を怪盗が狙うという筋書きだ。そのため、普通のホテルより高級ホテルに滞在した方が信憑性が増す。高級ホテルなら保険もかけているだろうから、多少暴れても大丈夫だ。
「しかしよくみんな予告状を本物だと信じましたね。本当はララさんが作った偽物なのに」
「あれは間違いなく本物の精度だニャ。疑う奴の方が節穴だにゃ」
ララが出した予告状はすぐさま複数のアイテム商たちによって鑑定がなされたが、誰も偽物だとは断言できず、〝本物の可能性が高い〟との評価を下していた。
「さすがララさん、すごいです。魔法具をたくさんコレクションしてるだけありますね」
そんな話をしながら、ノートン達は物々しい警護で固められたホテルの中にはいる。ニーアのお宝を護衛しているのは、彼女が雇った警備団だった。王都警察からの警備の申し出もあったそうだが、ニーアが断ったらしい。あくまでも盗まれるための自演なのだから、警察を動員するのは良心が痛んだのだろう。
「こんばんは、ノートンさん、サーシャさん」
貴賓室に入ったところでニーアが出迎えてくれる。宿泊中の異国のご令嬢という設定のためか、〝キモノ〟と呼ばれる東洋の豪華なドレスを着ていた。頭の猫耳は豪華な髪飾りで、巧妙に隠している。
「ニーアさん、きれいです」
サーシャの言う通り、優雅な装いはとても似合っていた。実際、招き猫で財を成した彼女の実家は裕福だろうから、高価な衣装も着慣れているのだろう。
「お宝はどこに保管しているんだニャ?」
「こちらです」
ニーアが指差したのは貴賓室の中央、豪華な台座の上に黄金に輝くコバンが安置されている。
「コバンをこんなに堂々と安置してて大丈夫なんでしょうか?」
「おそらく、台座周辺はトラップの山だろうニャ。発動したら面倒だから、サーシャはコバンには近づくなニャ」
あえて全員の目が届くところに安置し、大量のトラップを仕掛けて待つ。怪盗対策としてはありふれた手だった。
それよりもノートンが気になったのが、コバンを警備している警備員だった。コバンの四方を取り囲むように警備している警備員は全員女性、というか、この部屋にいる警備員は全員女性のようだ。
「この部屋に男性は入らないでください」
ノートンに声をかけてきたのは、赤髪の女性。年齢はサーシャやニーアよりいくつか年上か、紺色の制服を着こなした彼女からは、凛とした雰囲気が漂っている。
「オレは猫人だからいいニャ」
「レベッカさん、この方は私のお客さまです」
ぶっきらぼうに答えたノートンを、慌てたニーアがとりなす。
「……失礼いたしました。私は警備団の団長、レベッカ・フローレンスです」
「どうして警備員は女性ばかりなのかニャ?」
「依頼主のニーア様は女性ですし、男性の怪盗が変装して紛れ込むのを防ぐためです」
「なるほど、そういう理由かニャ」
レベッカの言うことも一理あった。これだけの警備を突破するには、警備員に扮して紛れ込むのが一番はやい。全員女性で固めてしまえば、少なくとも男性の怪盗の侵入は防げる。
「とにかく、部屋の隅でおとなしくしててください」
レベッカの口調がどことなく厳しい。まあ男性の格好をしていて、しかも猫人のノートンは、どう考えてもこの部屋で一番怪しい人物なのだから、仕方ない。
ノートンはサーシャはと二人で部屋の隅で時間をつぶす。なおニーアは女性警備員に護衛されながら、部屋の最奥で待機していた。
「……後10分です。ねえマスター、怪盗さんは本当に現れるでしょうか?」
「きっと来るニャ」
王国で怪盗ドレットノートの後継を競う争いを繰り広げている怪盗は10名弱。予告状の公開から二日後と言う短期間だったが、それでも王都にいる怪盗の数名が、名をあげるチャンスとばかりにこの機会を利用するはずだ。
「もし怪盗さん同士が鉢合わせちゃったらどうします?」
「怪盗達の中で、一番優れた奴が奪うだけだニャ。我々が心配すべきことは、別にあるニャ」
「それって、どんな事ですか?」
「怪盗が呪いごとコバンを盗み出してくれるかどうかだニャ。一流の怪盗が来て呪いごと盗み出してくれる場合は、我々は怪盗を放置すればいい。必死で警備している警備団には申し訳ないが、それが我々の目的だニャ。ニーアはコバンの恩恵を失う代わりに、猫の魔獣の呪いから解放される。問題は二流の怪盗が来て、コバンの現物だけを盗もうとする場合だニャ」
「コバンだけ盗まれちゃったら、ニーアさんは呪いから解放されない!?」
その場合、コバンの恩恵ももちろん呪いも、ニーアについたまま。ただ現物の管理が、怪盗に移るだけだった。
「その事態を回避するため、我々がここにいるニャ」
怪盗が恩恵と呪いの両方ごとコバンを盗むなら、スルーする。現物だけ盗もうとするなら、捕えるか追い払う。
難しく思えるが、ノートンには勝算があった。二流の怪盗ではこの警備は突破できない。万が一突破されても、ノートン達には切り札がある。
「切り札って、ララさんの宝物庫にあったこれですか? ガラクタばかりに見えますが……」
サーシャは持ってきていたバッグを覗き込む。バッグの中には、ララから買い取った魔法具がぎっしり詰まっている。
「ガラクタかどうかは使い方次第だニャ」
ノートンは猫のように目を細め、ニヤリと微笑む。サーシャにはガラクタにしか見えない魔法具でも、ノートンには自信があった。
「後3分……そもそも、これだけの警備を突破して、時刻通りに盗み出すなんて可能なんですか?」
「厳重な警備を突破するのはいくつか方法があるが、最も効果的なのは、陽動のために何らかの騒ぎを起こすことだニャ。火事や暴動などで人々の注意を引き付けたその隙に、まるで手品のように盗み出す。それが一流の怪盗のやり方だニャ。正面突破するバカはいないはず──」
そう話した瞬間、部屋のステンドグラスを大きな影が横切ったかと思うと──
響き渡る轟音と共に、巨大な人影が飛び込んできた。
「正面突破、マジか!?」
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