第4話 魔法と呪い

「ノートンさん、サーシャさん、お昼ご飯をお持ちしました」


 ドアの方から声がする。ニーアがお昼ご飯を持ってきてくれたようだ。あれからニーアはララの家で寝泊まりしていた。おそらくララとの取引の一つなのだろう。


「ララさんお手製のサンドイッチです」


「わ〜、美味しそう。ありがとうございます、おなかすいてたんです」


 サーシャはランチパックから、サンドイッチを嬉しそうに取り出す。


「これは全部魔法具……すごい、たくさんありますね」


 コバン以外の魔法具を初めてみたのだろう。サンドイッチを取り分けながら、ニーアは思わず声を漏らした。


「ああ、鑑定には午前中いっぱいかかったニャ」


「……あの、基本的な話なんですが、魔法具の呪いってそもそも何なのでしょうか?」


 ニーアがやや遠慮がちに述べた疑問は、ノートンにも理解できるものだった。誰だって自分についている呪いの正体を知りたいだろう。


「ふむ、良い質問だニャ、じゃあ特別に、魔法と呪いについてレクチャーしてあげよう。これを見てみるニャ」


 ノートンは懐からガラス製のフラスコを取り出した。中には銀色の液体が入っており、日の光に照らされて怪しく光っている。


「これって水銀ですか?」


「そうだニャ。水銀は最も魔力に影響されやすい物質だが、これは特別に生成された水銀で、魔力の検査に使うものだにゃ」


 そう言うと、ノートンは水銀をテーブルの上に垂らす。

 普通の水銀と違い粘りが強く流れ出したりせず、水餅のように机上にまとまる。ちなみに触れても人体に害もない。


「サーシャ、この水銀に魔力を込めてみてくれ」


「は〜い、わかりました」


 サーシャは水銀の塊を両手でおおい、


「えい!」


 っと魔力をこめる。

 水銀の塊は瞬く間に姿を変え、手のひらサイズながらも、勇壮な馬の姿になった。


「綺麗!」


 その場に出現した銀色の駿馬の姿に、ニーアは思わず声をあげる。


「魔力によって世界の形を変える力。これが魔法だニャ。魔法とは、術者の精神の現実世界への投影であるとされる。そのため魔力の量は、術者の精神力に比例する。信念や使命、怒り、慈愛、誇り、幸福や執念といったあらゆる精神性が魔力量を決定する要因となる。そして何を要因にするかは人それぞれによって異なるニャ」


「呪いというのは、何なのでしょう?」


「簡単に言うと、魔力量以上の対価を得たことに対する反動だニャ」


「反動ですか」


「まず魔法の原則として、単純で簡単な魔法ほど、より少ない魔力で大きな成果を得ることができる。皿を壊れなくしたり、ナイフの切れ味を増したりすることは、比較的少ない魔力で大きな成果を得ることができるニャ。逆に複雑な魔法ほど、威力は弱くなり、制御に多くの魔法が必要となる。

 サーシャ、この馬を走らせてみるニャ」


「走らせるんですね……やってみます。えい!!」


 サーシャが気合をこめると同時に、水銀の馬がまるで生き物のように足を動かして駆け出す。

 机上を走る水銀の駿馬、その姿はまるでおとぎ話の中の奇跡の様だった。


「このように、強い魔力を込めれば、さまざまなことができるニャ、しかし──」


 駆け回る水銀の馬の立髪が、サーシャの左腕に触れた瞬間、


──バチ・バチバチ──


「ひゃあ! バチっと来ました〜!!」


 水銀の馬から電流が流れたのか、サーシャが火花によって目を白黒させる。


「これが呪い、術者の投入した魔力以上の利益を得たことに対する反動だニャ」


「きゃあ、こないで!」


 感電を嫌がって、サーシャは逃げようとするが、水銀の馬はサーシャを追いかけてくる。


「そして呪いのダメージは原則として術者にもどる。これが呪いの特徴の一つだニャ」


「言ってないで助けてくださいよ!」


「助ける、つまり呪いを解く方法は色々とある。ひとつは呪いを全部受けて消化してしまう方法だニャ」


「ビリビリはいや〜!」


「残る方法で、一番手っ取り早い方法は──」


 ノートンは自身のレイピアを抜くと、鋭い一撃で水銀の馬を貫いた。


「えっ!?」


 ノートンの行動によほど驚いたのか、ニーアは目を見開いたまま顔を硬直させている。

 串刺しになった水銀の馬は、力尽きたように動きを止めた。


「この様に、呪いを殺してしまう方法だニャ」


 目を細め、ニーアに対して微笑むノートン。

 ニーアを安心させるための作り笑顔だったが、彼女は瞳を大きく見開いたまま、陽の光を浴びて光るレイピアの剣先に釘付けとなっていた。


「このレイピアもとある魔法具のレプリカでね、呪いを殺すことができるニャ」


 ニーアはそのノートンの説明にも、しばらく呆気にとられていたが、


「……じゃあ、その方法でコバンの呪いを解くことはできないのですか?」


 そうだ、呪いを殺すことができるなら、手間をかけて怪盗に盗ませる必要はない。そう彼女が考えたのも無理からぬことだった。


「無理だニャ」


 だがノートンはその考えをあっさり否定する。


「考えてもみるニャ。サーシャがかけたしょぼい魔法の呪いでも、解くのはそれなりに大変だニャ。コバンのレベルの呪いの場合、魔法具から呪いの本体を出さないといけないが、出した本体を倒すのは、このレイピアでもむつかしいだろうニャ」


「しょぼいは余計です!」


「そうですか……」


 ノートンの答えに、ニーアは残念そうに肩を落とす。


「でも、怪盗さんに盗んでいただいた場合、その怪盗さんが呪われてしまうのでは、ないですか?」


「怪盗は呪いのプロでもあるニャ、それなりの対策は持っているだろうニャ」


 そして再び猫の様に目を細めながら、


「加えて怪盗は人のものを盗む悪人だニャ、君は悪人の心配をしてあげる余裕があるのかニャ?」


 ノートンは優しいがわずかに凄みを含めた声で、そう囁いた。

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