第3話 ララの呪いの魔法具

 翌朝、ノートンはサーシャを連れて、ララの宝物庫に来ていた。ララ自身は料理の仕込みと、予告状の作成に忙しいため、ここには来ていない。

 街からやや離れた小さな小屋、ララはそこを買い取って宝物庫にしていた。


「ララさんの宝物庫、どんな珍しいアイテムがあるか、すごく楽しみです!」


「別に遊びに来たわけじゃないニャ。うまくすれば呪いに対抗できるアイテムがあるかもしれないニャ」


「いいアイテムがきっとありますよ」


 期待に胸を膨らませた表情で、楽観的な意見を述べるサーシャ、しかし彼女の表情は、次第に引きつき、まるで〝ガラクタの山〟を見るかの様なものに変わっていった。


「マスター、これはなんですか?」


 サーシャが七色に輝く水差しをについて尋ねる。


「ああ、それは〝ルルルの水差し〟と言って、あらゆる万病を改善するという水が出る水差しだニャ」


「ええ、すごい!」


「だがこれは贋作、偽物だニャ。病気は改善する気になるだけで、治癒する力は無いニャ」


「う~ん、それでも病気が改善する気になるだけでも、無いよりはいいかも……」


「ちなみにおしっこが止まらなくなる呪いがつくニャ」


「う〜、効果に割に呪いが地味に嫌な気がします」


「まあ偽物の魔法具なんてそんなもんだニャ」


「こっちの杯はなんですか?」


「それは〝バッカスの杯〟と言って、液体を入れておくと極上の酒ができる。その酔いはあらゆる悩みを忘れさせ、最高の気分にしてくれるという。こいつは本物の様だニャ」


「ヘ〜、おいしそう。私はまだお酒飲めないけど」


「それだけでなく、魔物の能力を引き継いだ酒を造ることができるニャ。例えば、毒蛇の血を使って酒を造れば毒耐性のある酒を造れるし、サキュパスの愛液を原料にすれば、魅惑の酒ができる。あるいはオークの……」


「なんか魔物のお酒の話は気持ち悪くてもういいです。バッカスの杯にはどんな呪いがかかっているんですか?」


「飲みすぎると、しばらく手足の震えが止まらなくなるニャ」


「それってアル中じゃないですか! いや〜!!」


「まあ既にアル中のお金持ちになら、いい値段で売れそうだがニャ。元から四六時中、手が震えている連中だし」


「う~ん、いいのかなそれ。

 こっちの腹帯は何ですか?」


「それは〝子宝の腹帯〟と言って、お腹に巻いているだけで無意識のうちに一番近くの男性を誘惑し、その子供を身籠るという腹帯だ」


「……無意識に誘惑して、あ、赤ちゃん!? す、すごいですね」


「某王室の秘宝級のお宝だが、これは贋作、偽物っぽいな」


「偽物だとどうなるんですか?(ドキドキ)」


「お腹が大きくなるだけだニャ(生命はいない)」


 ノートンがおなかを妊婦の様にさすりながら、そう答える。


「それってただの脂肪じゃないですか! やだ〜!!」


 サーシャはさも嫌そうに腹帯を放り投げた。


「おいおい、商品を投げるニャ」


「だって〜、そのそもこんな商品は売れませんよ!」


「妊婦さん体型が好きな変態紳士がいるかもしれないニャ」


「そんな変態の客さんはいません!」


「……まあ、さすがにこの腹帯は売れないかもだニャ」


 ノートンは、腹帯をつまみながら嘆息する。


「あ、このピアス可愛い。私のものに似てるかも」


 サーシャが手に取ったのは、黄色い宝石がはめられたシンプルなデザインのピアスだった。


「それは〝見守りのピアス〟だニャ。対になる地図を用いることにより、所有者の場所と状態がわかるピアス。壊さないと外すことはできないが、魔法の効果により汚れることはないニャ」


「ふ~ん、迷子になりやすいお子さんとかにつけるといいかもですね」


「まあこいつは呪い付きだけどニャ」


「どんな呪いがついているんですか?」


「ピアスから〝ハアハア〟と声がするニャ」


「それってストーカーじゃないですか! やだー!!」


「これなんかも面白いニャ」


 ノートンが取り出したのは、ピンク色の綺麗なシュシュだった。


「可愛いシュシュですね。これはどんな効果があるんですか?」


「これは〝アフロディーネのシュシュ〟といって、女神の加護を受けたシュシュで、本物ならはめた者に圧倒的な美を付与すると言われている」


「圧倒的な美!? なんかよくわからないけど、すごい!」


「本物かどうかは、はめてみなければわからないが……

 サーシャ、試してみるかニャ?」


「いいんですか? ドキドキ……」


 ノートンに言われるがままに、サーシャの髪に、アフロディーネのシュシュがはめられる。

 ピンク色に輝く魔力が、サーシャの髪を優しく包み──

 突如サーシャの髪は、巨大なブロッコリーの様なアフロヘアーとなった。


「きゃああああああああああ!!」


 予想外の事に、サーシャは悲鳴をあげる。


「ちなみに偽物だとアフロヘアーになる。やっぱり贋作だったかニャ。まあ本物ならララさんが手放すはずがないニャ」


「わかってたなら私で試さないでくださいよ~!」


 サーシャがシュシュを外すと、髪は元に戻る。


「あー、もう、ろくなお宝がないですね」


「まあララさんが処分しようとしているお宝だからニャ」


 一見してゴミの山に見えるんのは仕方ない。


「こっちの化粧ポーチはどうですか?」


「美魔女ヴィラの美容グッズか、流石はララさん、なかなかの業物を持ってるニャ」


「ヴィラって、誰ですか? そんなにすごい人なんですか?」


「うん。約50年前に王都の社交界で活躍し、突然姿を消した美魔女ヴィラ。幼少の頃より天才と言われ、長ずれば天に届くとさえ言われた伝説の女魔術師だニャ」


「天に届く……レオニード王太子と同格の天位魔術師!?」


「だが彼女は道を踏み外し、その才能を人々のために生かす道を選ばず──」


「選ばず……!?」


「自らの〝美の追求〟のために注ぎ込んだ」


「ええ〜!?」


 盛大にずっこけるサーシャ。


「その結果が美の魔女こと〝美魔女〟の称号だニャ。彼女が開発した美容グッズの数々は、貴族のご婦人たちの間で高値で取引されているそうだニャ」


「じゃあこのドロップはどんな効果があるんですか? マスター」


 サーシャも人並みに美容に関心があるのだろう。ドロップを興味深そうにつまみながら尋ねてくる。


「それは〝美魔女のドロップ〟と言ってね、20個入りのドロップなんだが、一粒食べると一歳若返ることができるニャ」


「それはすごいです!」


「ただし、一つだけ呪いがかかったドロップが混ざっていて、それを食べると30歳、年をとるニャ」


「ひゃあ、怖い! 危うくつまみ食いするとこでした!」


「商品を勝手に食べようとするニャ」


「……ひいふうみい……マスター、このドロップって14個しか入っていませんよ」


「そりゃ前の所有者が6個食べたからだニャ」


「前の所有者って……ララさんですか! ララさんは密かに6歳も若返ってたんだ、なんかずるい。そもそもララさんって、おいくつなんですか?」


「知らないニャ、本人に聞いてみると良いニャ」


「え〜、ララさんはあんまり自分のことを話してくれないしな〜。ひょっとしたら、美魔女ヴィラの正体がララさんだったりして!?」


「美魔女ヴィラはいまだに消息不明だから、可能性はゼロじゃないニャ。ただその場合、ララさんは70歳くらいということになるニャ。本人が聞いたら怒りそうだニャ」


「ひゃ~、今のなしです。黙ってください!


 それはそうと、他にもっといい美魔女グッズはありませんか?」 


「別に美魔女グッズを買いに来たわけじゃニャいんだが、これはどうだニャ」


「これは何ですか?」


「〝美魔女のパック〟というアイテムだニャ。パックすることによって顔の形状を記憶することができる。例えば、若い頃のパックを保存しておけば、いつでもその頃の顔に戻れるニャ」


「……何年もまえのパックをつけるんですか、顔に?」


 サーシャは嫌そうな顔をしながら、そう答えた。


「他にも他人の顔の情報をコピーし、なりたい人間の顔になることもできるニャ」


「……他人のつけたパックをつけるんですか、顔に?」


 サーシャはやっぱり嫌そうな顔をしている。


「これなんかどうだニャ? 〝美魔女のダイエットドロップ〟一粒飲めば10キロ軽くなる」


「10キロはすごい!」


「ただし軽くなるだけで外見は変わらないニャ」


「え~、それ意味がないんじゃ……」


「呪いとして、効果が切れると一粒につき0.2キロ体重が増えるニャ」


「しかも呪いがキツイ!! ちゃんと外見が変わるものはないんですか?」


「そうだニャ。これなんかどうかニャ?」


「これはコルセットですか?」


「ああ、〝美魔女のコルセット〟といって、はめれば思い描いたウエストサイズになれるニャ」


「へー、それならいいかも」


「ただし、締め付けがとても痛いニャ」


「え~、痛いのは嫌だなぁ」


「美の道は我慢というニャ」


「それ、意味が違う気が……なんか一癖ある魔法具ばっかりですね」


「まあヴィラの美容魔法具はそんなものだニャ」


 ヴィラの化粧ポーチの中身を確認し終わったノートンは、別に置いてあった小瓶を手に取る。


「ではこれはどうかニャ? 〝ビンの魔人〟」


「すごい。小瓶の中に魔人が入っている」


「蓋を開けてみるニャ」


「開けていいんですか?」


 サーシャは言われるがままに、ビンの蓋を開ける。


『お呼びでございますか? ご主人様』


 煙と共にターバンに雄々しい髭を生やした南方風のいでたちの大男が出現し、胸に手を当てながら恭しく南方風の敬礼をする。雄祐とした肉体に圧するような魔力は、この魔人がかなり上位のものであることを示していた。


「この魔人は主人のいう事を、なんでも聞いてくれるニャ」


「すごい!! これです、こういうのを待っていたんです!!」


「何か命令してみるニャ」


「では魔人さん、ランド亭のアップルパイを持ってきなさい!」


『かしこまりました。ご主人様』


 再び恭しく敬礼する魔人。

 だがサーシャの期待に反し、魔人はいつまで待っても動こうとはしない。


「……あれ、魔人さん動かないですよ?」


「こいつは贋作だからニャ。〝いう事を聞いてくれる〟が、実行はしてくれないニャ」


「それって、聞くだけじゃないですか、やだ~!」


 嘆くサーシャをしり目に、目的は果たしたとばかりに魔人はビンの中に消える。


「何もしないまま消えちゃった! なんか期待した分、余計におなかすいたし、もうお昼ですよ、マスター」


 サーシャの言う通り、もうお昼だった。


「今、買い取り金額の算出が終わったニャ」


「え!! あんなゴミみたいな魔法具を全部買い取るんですか!? しかも私のお給料の何十倍もする値段で!?」


「ゴミかどうかは使い方次第だニャ」


 目を丸くするサーシャに対し、ノートンは意味深にほほ笑んだ。


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