第15話初恋
少年の目に最後に映ったのは少女の笑顔だった。
額から血が流れていてもとても穏やかで、その笑顔を目に焼き付けるようにして少年はそっと目を閉じた。
中一の二学期に転校してきたその少女のことが、少年はずっと気になっていた。
はにかんだ表情で、いつもいとこの後ろに隠れている。
そんな彼女が自分の図書委員の仕事の代役を引き受けたいと自ら手を上げてくれた時はとても驚いたが、嬉しい気持ちにもなった。
ずっとお礼が言いたかったが、口数が少なくいとこ以外と話すことが殆どない少女にわざわざ近づいて話しかける勇気が出なくて、遠くからその様子を眺めているだけだった。
部室棟から引き上げる時に偶然当番終わりで帰っていく少女といとこを見かけたときは、チャンスだと思って次の機会に用のない昇降口にわざわざ行った。
「やぁ、君らも今帰り? 良かったら帰り道同じだし、一緒に帰らない?」
何度も練習したはずなのに、口から出た声は少し震えていた。
親しくなって気付いたのは、少女が一番幸せそうな顔を見せるのはいとこと似ていると言われたとき。
それに気づく前に少年は、彼女といとこの似ていない部分をあげて少女を褒めた。
「陽が当たるとお前の髪ってきらきら透けて、まるで金の糸みたいだな」
「そうなのーこの色綺麗だよね。私は真っ黒でしょ、だから羨ましくて」
少年といとこの言葉に少女の表情は一瞬固まり、ぎこちない笑顔を見せた。
(あぁ、少女はいとこと違うと言われることが、何よりも嫌なんだ。)
そう気づいた少年は少女のはにかんだ笑顔を見るために、彼女に幸せな気持ちになってもらうために、似ている部分を毎日毎日彼女に告げた。
けれど、そうすればするほど少年の目は少女といとこの違いを探し続けた。
それが密かな楽しみになっていたのだ。
本人は気づいていない、でも彼女の耳の裏には小さな星型の黒子があって、それはいとこにはない。
いとこに合わせて恋愛小説や映画が好きだと言っているけど、図書委員の仕事の時にこっそり探偵小説を読んで真剣そうに頷いて夢中になっている。
笑うときに一瞬口をすぼめる。
いとこより笑い声がほんの少しだけ低い、でもそれが少年の耳には心地よい。
少年が少女のことが気になり始めたきっかけである右手の甲にある薄い火傷の痕。
これも大きな違いであるが、この違いは少年にとって喜ばしい違いではない。
その傷跡を押さえて、悲しそうに目を伏せているところを何度も見たから。
三人でいるとき、少年といとこが笑い合い楽しげな様子を見せると少女もまた幸せそうに笑ってくれた。
だから少年は、いとこのことを大切にした。
少女に笑ってもらうために。
「心臓をあげたいの」
少女がそう告げたとき、少年は首を振りたかった。
でも出来なかった。
いとこがいなくなったら、少女の笑顔は消えてしまう。
彼女の世界が終わってしまう。
そのことを誰よりも知っていたから。
だから協力した。
少女に笑ってもらうために。
終わりに向かっているというのに、決意を固めた少女の表情は明るく幸せそうだった。
二人で自転車に乗って、坂道で転ぶシミュレーションを何度もした。
背中にしがみつく少女の手にドキドキして、悟られないように声にならなう叫びを風に乗せる。
楽しかった。
こんな日がずっと続けばいいのにとさえ思った。
けれど、少女はそれを望まない。
「いい? この急カーブに来たら私は体を振って手を放す。そうしたらちょうどガードレールに頭がぶつかるの。なるべくスピードを出してね。そして足を踏ん張って。君まで怪我してしまったらあの子を励ましてあげる人が誰もいないもの。後は全部任せるから、よろしくね。重荷を背負わせて悪いと思ってる。でも、二人が幸せになることを願ってるから」
覚悟はしていたつもりだった。
けれど、いよいよ決行するとなった時、やはり少女に生きて欲しい、そう思ってしまった。
「待っていれば他のチャンスがあるかもしれない。だから」
「もう時間がないの!」
日に日に容体が悪化するいとこを見て、少女は切羽詰まっていた。
「自転車が嫌ならここで私の頭を木にぶつけて! ねぇ、方法は何だっていいの。心臓さえ無事なら、動いていればそれでいいんだから!」
少女の目には、今まで見たことも無いくらい激しく強い決意の炎が燃え盛っていた。
「どうして、どうして」
何度も何度も、少女の頭を木に打ち付けながら少年は嗚咽した。
(俺は君に生きて欲しい。あの子の命のことよりも、君のことがずっと大事なんだ。一緒に生きていきたいんだ。)
胸の内のその叫びは、決して口にすることは出来ない。
それを聞いたら少女が苦しむことが、分かりきっていたから。
決行日前日、自転車のタイヤをすり減って古びたものに替えた。
少女の一番の望みは叶える。
けれど、その他は無理だ。
少女のいない世界は少年にとって意味がない
光の消えた世界だ。そんな暗闇で、幸せに笑うことなど二度と出来ない。
だからせめて一緒に……
それは少年の唯一の我がままだった。
(あぁ、とても幸せそうだ。良かった。本当に良かった)
薄れゆく意識の中、少女の笑顔を見つめながら少年は最後の力で口を動かし、空気交じりの言葉にならない音を出す。
「君のことが好きです」
誰そ彼に春雷 くーくー @mimimi0120
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