第3話 君の笑顔が忘れられない。

『加奈、ごめんね――』


夢の中か、分からないけど、大好きな彼の声を聞いた。

それでうっすら目を開けると、やがて見えてくる、清潔そうな真っ白な壁と、天井。

首を横に向けると、ピンクのカーテンがゆらゆらと揺れていた。


ピッピッピッという規則正しい電子音を聞き、やっとここが病院だということを確認した。

自分の腕には大きな包帯がまかれていて、少し血がついていた。


――生きてる。


身体はちょっとだるいけど、それは事故のショックによるものだろう。


でも、やっぱり前にも、こんなふうに思ったことが、あった、ような……。


あっ、親には連絡いってるのかな。


美桜ちゃんも晶さんも大丈夫かな。


ぼんやりとそう考えていた時だった。


どこか安心する、独り言のような彼の声が響いたのは。



「俺、また助けられなかった。……っ、ホントに、ごめん」



っ⁉


あわてて声がした方に目をやれば、そこにいたのは私のベットの横に座っている、涼の姿があった。

涼……??

わざわざ、来てくれたの……?

私の、ために……?


「りょ、う……?」


思わず声を出すと、思ってたより声がかすれていて自分でもびっくりする。

その声を聴いた彼は、びくりと体を揺らした。

そして、ハッとこっちを見ると、私の目をまっすぐに見つめてきた。


「か、な……?加奈、加奈……!」

「涼……。ごめ、んね」

「加奈はあやまるな……!俺こそごめん……。また、守れなかったっ……」


私の髪をすくって、悔しそうに顔をゆがめる涼。


「あのさ、お母さんたちは……?」

「さっきまでいたんだけど、呼ばれてどっか行った」

「そうなんだ……」


あとで来るかな。

私は大丈夫。


「ホント、心配した……」

「っ、え……??」


ホッと、吐き出すようにそう言った彼は、切なそうに私を見る。


心配してくれたの?

嬉しい。


胸がきゅうっとなって、胸に手をやる。


しばらく静かな時間が続いて、天井を見上げながら確信する。


――やっぱり、そうなんだね。


『また』守れなかった。


「涼、あのさ……。今、こんなこと聞くのもなんだけど……」

「何……?」




「私、前にも事故に遭ってる……?」



私がそう尋ねるのと、涼が息をのむのはほぼ同時だった。


「思い出したのか……?」


恐る恐る、という感じで聞いてくる涼に、私は小さくうんと答える。


「さっき。……でも、まだ完全に思い出したわけじゃないから、聞きたい」


そう言うと、涼が私に背を向けた。


「……先に言わせて」

「何?」


私が先をうながすと、彼はためらいながら口を開いた。


「……ごめん」


そうして彼は語ってくれた。


私たちが再会する、2年前、中学2年生の時の話を。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈涼side〉


あの日は雨が降っていて、曇り空だった。

久しぶりに午後の活動がなくて二人で帰ろうということになり、少し寄り道をしたりして楽しい放課後を送っていた。


そして、その時の風が強く、加奈の傘が壊れてしまい、俺が一緒にいれてやった。

車が走ったことによる水飛沫が加奈にかかるのを防ぐため、俺が道路側を歩いていた。


幼馴染のはずなのに、それ以上の感情なんてないはずなのに、よけいに意識してしまって、浮かれていたからだろうか。


ブウウンン、と大きな音を立てた車が、止まることを知らないかのように俺たちに向かって突っ込んできた。


傘をさしていることによって、後ろから車が来ているなんて見えていなかったし、さしていなくても後ろからなんてわかるはずがない。

ましてや、こっちに突っ込んでくることなんて。


なのに、なんでその時、なんで俺がケガ一つせずに生きていたか。


それは――。



『涼っ!!』


隣にいた加奈が、ドンッと俺を突き飛ばしたからだ。

俺は傘を持っていたので何が起きていたかはわからなかったため、今の状況が呑み込めていなかった。


瞬きをすると同時に、キイッと急ブレーキをかけた黒い車が、俺のすぐそばで止まる。


あ、ぶな……。


心臓が止まりかけた。


なんで、とか、雑な運転するなよ、とか、そんなことより先に、恐怖が芽生えた。

もし、俺がさっき突き飛ばされていなかったら、当たっていたのか。


ん……?


ハッ!!


『加奈っ⁉』


擦れたことによる痛みも忘れ、俺はあわてて加奈がいたはずの場所を見る。



『は…………?』



頭から血を流した、加奈。




――『か、な……。なんで……⁉なんで、加奈が……!』

――『ふふ、涼は心配しすぎ……私は大丈夫だよ……』

――『加奈、加奈……なんでだよっ……』




加奈の、大丈夫、ほど信じられないものはなかった。

平気じゃないときも、必ず返ってくるのは『大丈夫』。


それが毎回悔しかった。

いつになったら弱さを見せてくれるのかなって。

頼ってほしかった。


だから、俺が加奈のそばにいられたら、守ってやれる、って思ったのに。


ザーザーと降る雨の中で、ここだけが異様な空気を漂わせていた。


しゃがんで、加奈の顔に手を当てる。

冷たい。


静かに、焦点の合わない目が、俺のあたりをさまよう。

やがて、ふっと笑みを残して、目を閉じた。



「加奈ーーっ!」




生きてて、生きてて。

俺のせいで、加奈がっ……!!


ごめん、ごめん、ごめん。

ごめん、ごめんごめんごめん。

守れなくて、ごめん。


信じられなかった。


まさか、こんなことになるなんて。



信じたくなかった。


自分が、加奈を守れなかったなんて。



そして、記憶喪失という診断が、下された――。




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君と過ごした時間は嘘じゃない。(仮) ほしレモン @hoshi_lemon

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