第2話 君との知らない記憶。

雨が降って、ぽつぽつと窓に打ち付ける音が響く。


「いやー楽しかった~。加奈ちゃん、映画面白かった?」

「うん!今日はさそってくれて本当にありがとう!」

「あはあ、いいのいいの」


傘をひょい、と持ち上げて聞いてくる美桜ちゃんに、私はペコっと頭を下げる。


「こっちも急に誘ってごめんね」

「いえ、嬉しかったです……!!」


すると、つぎは、私の1歩後ろを歩く、北山あきらさんから声をかけられた。


今日はこの3人で、ある映画を見に来た。

最初は私抜きだったんだけど、チケットが余ってるから誘われたのだ。


晶さんは、中学校の頃からクラスが一緒で、確か涼とも仲がいい。

私も一緒に遊んでいたことがあるし。


「雨になっちゃったし、せっかくだから収まるの待とうか、どこかで」

「うん、そうだね。あ、わたし行きたいところあるんだった!」

「そうなの?じゃあ行こうか。あ、加奈ちゃんもそれでいい?」

「あ、はい!」


ぼーっと、楽しそうに話す二人を見ると、この二人が結ばれるのはあと少しだな、と感じた。

美桜ちゃんも、ずっと好きらしいし、やっぱり応援したくなる。


楽しそうだなあ……。

私も、涼といろいろなところ、行きたいなあ……。



ん?



わ、私、何考えてんの!


あわててその考えを振り払う。

私、涼と、なんて……!

バカバカバカっ。

今はこんななんだし、そんなことできるわけないじゃん!


ギュッと傘の柄を握りしめて、下を向く。


……それでも、いつか映画とか一緒に見たいな、という思いは消えなかった。



そして。

……予想外の事故が起きたのは、そこに行くまでのバスで起きた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

それは突然のことだった。

私はその時窓側に座っていて、隣に美桜ちゃん、横に晶さんが立っているという状況だった。


ドオオオンッ!

ガッガガガガガッ!

ガシャンッ!!


大きな音とともに、直後、大きく車内が揺れた。


なに⁉


「きゃああああっ⁉」

「なに⁉」

「うわああっ⁉」

「なんかぶつかった音したぞ……?」

「え、まって、火、出てるって!!」

「逃げろー!!」


大きな揺れに逆らうように、反射的に近くの手すりをつかむ。




悲鳴。

赤ちゃんの泣き声。

窓から見える灰色の煙に紛れて、真っ赤な炎が顔をのぞかせた。


火⁉


何があったかは、はっきりわからないけど、次々にバスを出ようと走っている人がいて、私たちもそれにつられて出ようとした。


でも、乗っていたのは後ろ側。

前の人が私が、私がというように、争うようにしてドアから出ている。

避難用の出口も後ろにあったけど、人がいてとてもそっちにも行けそうになかった。


混乱する車内を鎮めようと、誰かが叫ぶ声がする。

そして、救急車を呼ぶ声も。


窓が黒くなって、火が広がってきているのがわかった。


「二人とも、しっかり!俺は後で行くから、先に行って!」

「え、でも!」

「いいから!加奈ちゃん、美桜のことは頼んだ」

「⁉待って、待って――‼」


トン、と軽く押されて、私たちは人ごみに紛れるようにしてドアまで行く。

その途中、またドオオン、と大きくバスが傾き、割れたガラスがあたりに飛び散った。


雨。

曇り空。

真っ暗な、午前。


ハッと、何かが頭の中にフラッシュバックした。


――『か、な……。なんで……⁉なんで、加奈が……!』

――『ふふ、涼は心配しすぎ……わたしは大丈夫だよ……』

――『加奈、加奈……なんでだよっ……』


こ、れは……?

一瞬の間の記憶には、幼馴染である、涼がいた。


ただ、いつもと違うのは。


私が、はじめて見る、焦ったような顔をしていること。

心なしか目が潤んでいて、私をまっすぐに見つめてくる、あの目。


「早く避難しろ!」


外から聞こえてくる大声に、意識が急に現実に戻ってくる。


あわてる人たちの腕が当たり、バランスを崩して転んでしまう。


いった……。


その時に腕に割れたガラスが刺さったけど、今はそんなこと感じていられない。


私たちの背中を押してくれた人がいる。

私たちのことを大事に思ってくれた人が、いる。

守りたい人がいる。



ぐっと、腕に力を込めて立ち上がろうとするけれど、思ったように力が入らず、また倒れてしまう。


もうバスの中には人がいなくて、ごうごうと燃える炎と、灰色の煙が車内に入ってきた。


晶さん、私のことわからなかった?

うしろのドアから出たから分からなかったのかな。

私、死んじゃう?


ゴホゴホとむせながら、それでも片方の手で立ち上がって、ふらふらのままバスを降りる。

そこには救急車も止まっていて、次々に人が運ばれていくのが見えた。


朦朧もうろうとする頭で見たのは、雨が降るなかで、ガードレールに突っ込んで前方をぐにゃりと形を変え、真っ赤な炎が出ている、バスだった。


生きてる、私?

みんな、ケガしてない?


美桜ちゃんや晶さんのことを確認する間もなく、私の体はばたりと倒れた。


頭の中に、大好きな人の声を響かせて。


『加奈、ごめんね――』

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