負けを覚悟のカチコミ(全3話)

負けを覚悟のカチコミ①

PM 8:12

山梨県のとある山中にある、出汁素だしもとの古民家レストラン。出汁素はキリミとサシミとの戦闘で成仏したため、このレストランを切り盛りするオーナーはこの世にいない。


店内の4人掛けの席の1つに座る避山ひやま。向かいの席に横並びで向風むかいかぜと、はかま姿の老爺・昌爺まさじいが座る。避山はカップ焼きそばを食べ、向風は机に突っ伏し号泣。昌爺は今にも眠りそうにうつらうつらとしている。



避山「出汁素の人肉料理がどれほど絶品か知りませんけど、俺の口に合うのはやっぱり庶民の味っすね。焼きそばうめぇ〜」


向風「出汁素ぉぉぉまた私はぁぁぁ私は仲間を失ったぁぁぁもうこんな思いしたくないのにぃぃぃ」


避山「また集めましょうや、向風先輩。幽霊なんてこの世にいるんですから」



上半身を起こす向風。その瞳はカラカラに乾いている。



向風「そうだな。失った者に固執しても仕方がない。大切なのはその事実を踏まえて、次に何をするかだ」


避山「その意気です」



寝ぼけまなこの昌爺が小さく口を開く。



昌爺「あのぁ、拙者がここに呼ばれた理由は何でしょう?遠方は老体にこたえますわ」



避山はカップ焼きそばを食べる手を止めた。



避山「理由は2つある。新しいアジトを紹介したかったのと、報酬の上乗せだ。幹部の半数が消え、アンタに始末してもらいたい怪異暗殺者の数が増えるんでな」


昌爺「そうですか。お金さえもらえれば、拙者は誰でも斬りますよ」



向風が足下に置いていた銀色のアタッシェケースを机の上で開き、中身を昌爺に見せる。1万円札の束がぎっしり詰まっていた。



向風「ここにある8000万円を前金として渡します。これで、あらかじめ昌爺さんにお願いしていた荒川あらかわ ナガンの暗殺に加え、シゲミ一家の片付けもお願いしたい」



今にも眠りそうだった昌爺の表情が満面の笑みに切り替わる。



昌爺「ええ、やりましょう。拙者はね、向風さん、アナタのような金払いの良い人の頼みは絶対に聞くと決めておるのです」



向風はアタッシェケースを閉じ、昌爺に手渡した。昌爺は膝の上にアタッシェケースを乗せると、右頬を何度もこすりつける。



避山「現金なヤツだ。殺しに対価を求めるのは俺も同意だが、限度があるだろ。俺らが請け負う幽霊暗殺の単価、10万ぽっちだぜ?」


向風「今は我々にとって有事の自体であり、この状況になったのは避山、お前の見積もりの甘さが大きな要因。違うか?」


避山「……まぁ、そうっすね」


向風「ならば昌爺さんのやる気を削ぐようなことを言うんじゃない。すでに隠居状態だったご老人がお金だけで働いてくれると言うんだ。むしろ感謝するべきだよ」


避山「……はいはいすみませんでした。お願いしますよ、昌爺様」


昌爺「お金をもらった分は、しっかり働きますよ。お任せくださいな」



店外で銃声が響く。音の大きさから避山は、発砲した者が店から数十メートル以内の距離にいることを察した。



避山「獲物がかかりましたね」


向風「……お前が拷問したっていうチンピラの仲間たちか」


避山「尾行しやすいようあえて身を隠さないで行動し、釣っていました。都心から離れた山奥まで俺らを追跡するような連中となると……間違いなくヤクザでしょう」



店外で「出てこいコラァ!」「アソコ吹き飛ばしたらぁ!」というドスの利いた男の声がいくつも発せられる。けたたましいクラクションの音も響いた。



避山「ここは人気が無いから、いくらドンパチやっても見つかることはありませんし、死体は埋めてちまえばまず発見されないでしょう」


向風「いいね。社会のゴミ掃除をして、死体を山の木々の養分にする。まさに、企業に求められる環境改善のエコ活動そのものだ。社会を構成する組織として、私たちもエコ活動に取り組もうじゃないか」

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