動物対話②
担任の男性教師を先頭に、4年2組の児童31名は2列に並んで『シャークエリア』を歩いていた。広い空間に縦20m、横30mほどの巨大水槽が3つ。それぞれの中で多種多様なサメが泳いでいる。
列の最後尾にはシゲミの妹・サシミ。その隣を歩く、4年1組のキリミ。
サシミ「お姉ちゃん、1組に戻りなよ」
キリミ「だってアタシ、キリミ以外に話せるヤツいねぇんだもん。独り水族館なんて小学生にはハードル高いって」
サシミ「ぼっちになるのが嫌なら、いつもみたいにサボれば良かったじゃん」
キリミ「タダで水族館行けるのにサボるとかアホだろ。しかも『シーソルトエンパイア』は休日だと入場まで2時間待ち。空いている平日の昼間に行けるのは超チャンスだ。ということでキリミ、遠足が終わるまでアタシに付き添え」
サシミ「世話が焼けるなぁ」
列の先頭から順に次のエリアへと足を踏み入れる。前を行く児童たちに続くサシミとキリミ。ふと2人の視界の隅に、異様な光景が映った。
右斜め25mほど前方、白い帽子を被り、調理白衣を着た寿司職人風の筋肉モリモリマッチョマンが、水槽の目の前に木製のカウンター席を出している。サシミとキリミは立ち止まり、マッチョマンを呆然と眺める。マッチョマンは2人に向かって手招きをした。
キリミ「水族館でやってる寿司屋か。なかなか強気な場所選びだな」
サシミ「明らかにおかしいでしょ。もしかしたらあの筋肉ゴリラ男、生きてる人間じゃないかも。無視しようよ」
キリミ「いや、行ってみようぜ。面白そうだ」
サシミ「でも、みんなとはぐれちゃうし、もし幽霊だったら」
キリミ「大丈夫だって。迷子になったら水族館の入口まで戻れば良いし、アイツが幽霊なら消せば良いだけだ」
列から外れ、マッチョマンのほうへ歩き出すキリミ。その後をサシミが追う。カウンターに近づく2人の鼻の奥を、お酢の匂いが刺激した。
カウンターの前まで着くと、マッチョマンは「どうぞ座ってくださいねぇ!」と大声で言い放ち、4つある椅子の真ん中2つに座るよう促す。床に足が着かないくらい高い椅子に腰掛けるキリミとサシミ。マッチョマン・
出汁素「私の『出張カウンター寿司』に気付くとはぁ!キミたちは相当お目が高いキッズですよぉ!」
キリミ「おっさん、幽霊だろ?」
出汁素「いかにもぉ!私は数年前に死んで幽霊になりましたぁ!しかしぃ、幽霊が料理を振る舞ってはいけないという決まりはありませんよねぇ!?」
サシミ「でもTPOは守るべきだと思う。生きている魚を鑑賞する水族館で、生魚をさばく寿司屋って」
出汁素「こんなに立派な生け簀を前にして魚料理を作れないなんて料理人として屈辱ですよぉ!」
キリミ「水槽のこと生け簀って言うな」
出汁素はカウンターの下から生きたトラフグの尻尾を掴んで取り出し、木製のまな板に叩きつけた。そしてまな板のすぐ右隣に置いていたフグ引き包丁を握る。
出汁素「まずはフグ刺しを召し上がっていただきましょうかぁ!別エリアの生け簀でさっきまで元気に泳いでいたフグですぅ!獲れたてですよぉ!」
キリミ「いきなりフグって。普通もっとオーソドックスなマグロとかイカとかからじゃねーの?」
サシミ「お姉ちゃん、まさか食べようとしてる?」
キリミ「そこまで油断してねぇよ。毒を持つフグを食わそうとしてくるなんてイヤでも警戒するわ」
サシミ「そもそも水族館の魚食べちゃダメだから」
出汁素「はっはっはぁっ!だいぶ怪しまれてますねぇ、私!純粋にキミたちに料理を振る舞いたいだけなのですがぁ!」
キリミのシャツの裾を引っ張るサシミ。
サシミ「もういいでしょ?早くみんなのところに戻ろうよ」
キリミ「んだよ、真面目ちゃんが。悪いなおっさん。優等生の妹は、魚を目の前でさばかれるのは刺激が強くて見てられないらしい。アタシら帰るわ」
サシミ「そんなこと言ってないでしょ」
フグに向けて包丁を振り下ろしかけていた出汁素は、フグの身に刃が入る寸前でその手をピタリと止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます