自然発火②

PM 13:16

東京湾からほど近い結婚式場にやって来たトモミ。紺色のドレスを着ている。高校時代の同級生から結婚式の案内が届き、参加することにしたのだ。当時のクラスメイトも数名参加予定で、同窓会を兼ねている。


受付で出席の手続きを済ませたトモミ。式の開始までロビーで待機しているよう言われ、空いているベンチに腰掛けて読書を始める。10分ほど経ったころ、トモミの左隣に誰かが座った。トモミは視線を本からその人物に移す。淡い緑色のドレスを着た同級生のヒロコだった。ヒロコもトモミと同じ招待客の一人。



ヒロコ「トモミでしょー?めっちゃ面影あるー!久しぶりー!私のこと、覚えてるー?」


トモミ「ヒロコちゃんですよね?高校を卒業して以来だから、7851日ぶりですね」


ヒロコ「数えないでよ気持ち悪いなー!それにしても突然でビックリしたよねー!しかも結婚するのが、あの『てんがいくん』だなんて」


トモミ「たしかに、驚きですよね」



てんがいくんとは、トモミとヒロコの同級生で今回の結婚式の新郎のあだ名。高校時代、「俺は死ぬまで誰とも付き合わないし結婚もしない」と硬派なことを豪語していたことから、クラスメイトたちの間で『天涯孤独のてんがいくん』と呼ばれていた。卒業後も孤独を貫き続けていた彼が結婚するというのは、トモミたちにとって寝耳に水だった。


式の開催時刻になり、スタッフの案内でチャペルに入るトモミとヒロコ。新郎側の最後尾の椅子に座る。参加者は100人近いが、新郎側が圧倒的に多く、新婦側の参加者とは9:1くらいの差があった。


15分後、白いタキシードを着たてんがいくんが入場。続いて、輝かしいほど真っ白なウエディングドレスに身を包む新婦が、父親と思しき男性と並んでバージンロードを歩く。てんがいくんより10歳以上若く、純白のドレスに不釣り合いな金髪ツインテールという見た目の新婦を目にし、トモミとヒロコは祝福より先に驚嘆の感情が生まれた。


チャペルでの式を終え、参加者が披露宴会場へと移動する。天井に巨大なシャンデリアがいくつも吊るされ、複数の丸テーブルが並ぶ広い会場。てんがいくんの気合いの入り具合を物語っていた。


トモミとヒロコは新郎側の同級生の席に座る。スタッフの手で、各テーブルの上には豪華な料理やお酒が並べられた。


再び新郎新婦が入場。全員が会場に揃ったところで、てんがいくんがマイクを持ちウェルカムスピーチを始める。



てんがい「みなさま、本日は僕たちの結婚式ならびに披露宴にご参加いただき、ありがとうございます。感謝の気持ちとして、ささやかではありますが、この席を用意しました。どうぞ楽しいひとときをお過ごしください。それでは僭越ながら、乾杯のあいさつをさせていただきます。みなさま、グラスをお持ちください」



参加者全員がシャンパンの入ったワイングラスを持つ。トモミもグラスを持つが違和感を覚え、テーブルの上に戻し手を離した。



てんがい「では、乾杯!」



てんがいくんのかけ声とともに、グラスを持っていた参加者の手が青い炎に包まれた。炎は一瞬で全身に引火。参加者たちは床にのたうち回った。


グラスを持たなかったトモミは無事だったが、右隣の席に座っていたヒロコは火だるまになっていた。乾杯の音頭を取ったてんがいくん自身も体が燃え上がっている。トモミの他に炎に包まれていないのは新婦一人だけ。


新婦のヨーコ・フレイムフォックスは、トモミに笑顔を向ける。



ヨーコ「やるなぁ、トモミ。アタシがグラスに仕掛けた罠を察知したか」


トモミ「わずかに邪気を感じたので。しかし、アナタが幽霊だとは見抜けなかった。上手く邪気を抑えてましたね。しかも特殊な力に目覚めているようだ」


ヨーコ「アタシの力は自然発火キツネビ。手で触れたものを燃やすことができる。披露宴が始まる前にグラスに触れておいた」


トモミ「時間差でも着火できるのですね」


ヨーコ「そういうこと。罠にかかってくれるのがベストだったけど、そう易々とはいかないか。避山ひやまの言ったとおり、油断できないね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る