X線透視(全3話)

X線透視①

AM 10:46

ヒョウモンダコ大学付属病院 診察室

長い黒髪をオールバックにした白衣姿の女性医師・透野とうの。椅子に座り、患者である初老男性の話を聞きながら、机に向かって診断書カルテを書いている。



男性「一昨日から頭痛と腹痛と股間のかゆみが止まらないんです!先生、あっしの体に何が起きているのでしょうか!?」



Dr.透野は椅子を回転させ、男性患者のほうを向く。そして顔を見つめ、視線をつま先まで動かし、再び診断書を書き始めた。



Dr.透野「頭痛と腹痛は一時的なものです。おうちで安静にしていれば良くなりますよ。股間は蒸れて汗疹あせもができているようですね」


男性「特に股間のかゆみがひどいんです!かゆくてかゆくて、血が出るほどかきむしってしまうんです!」


Dr.透野「デリケートな部分ですから、かゆくても爪を立ててはダメですよ。指先でつまむように刺激すると、皮膚を傷つけずに済みます。あとはお風呂でよく洗って、乾燥させてください」


男性「そんなこととっくに試しました!でもダメなんですよ!」


Dr.透野「……とても不安なようですね。脳の扁桃体へんとうたいの活動がやや過剰になっている。たしかに、このまま放っておくと心拍数と血圧の上昇が起き、体にさらなる影響が出るかもしれません」


男性「そうでしょう!?だから薬を出してください!何でもいいから薬!薬を!」


Dr.透野「では、あらゆる心身の不良に効果のある薬を出しましょう」


男性「ありがとうございますぅ!……ってそんな万能薬があるんですか?」



Dr.透野は白衣の右ポケットから取り出したメスで男性の胸を突き刺す。



Dr.透野「ありますよ。それは『死』です」



メスを引き抜くDr.透野。男性は前屈みに椅子から倒れ落ちる。その体から抜け出た男性の霊体の首を目がけて、Dr.透野はメスを振る。メスの刃が男性の首を左から右へ通過すると、その体は塵のように消えていった。



Dr.透野「もう大丈夫です。死は全てを解決してくれる」



直後、診察室の扉が開く。入って来たのは向風むかいかぜ避山ひやま



避山「あーあ、診察室でっちまって。霊体は霧散しても死体は残るんだぜ?」


Dr.透野「心配ご無用です。ここは私の処刑場しごとば。死体を処理するギミックも用意してありますので」


向風「ならば安心だ。それにしてもDr.透野、外で聞いていたが見事な診察だった。今日ここに来たのは、キミの仕事ぶりを見るためと、その素晴らしい観察眼で私の体をてほしいからなんだよ」



足下に横たわる男性の亡骸を蹴り飛ばし、丸椅子に腰掛ける向風。Dr.透野は男性にやったように、向風の頭からつま先まで視線を動かす。



Dr.透野「異常は微塵もありません」


向風「良かった。健康にはいつも気を遣っているんだ。飲み物も全て青汁にしてるくらい」


避山「幽霊に健康もクソもないと思いますけどね」


Dr.透野「ただ……向風さん、少しイライラされているようですね。脳の大脳辺縁系だいのうへんえんけいが活性化しています」


向風「ああ。思ったようにクライアントが集まらないのと、商談をするたびにシゲミ一家の名前が出るのでつい……なぜ私の感情がわかった?」


避山「Dr.透野が幽霊になって目覚めた特殊な力、『X線透視Xレイビジョン』のおかげですよ。人体を透視できる能力。この力で脳の活性化している部位を判別し、感情を推測した」


Dr.透野「そのとおり。私は他人の感情をある程度読むことができます。他にも怪我をしている体の部位や病巣を見つけることも可能。普段は後者の使い方でターゲットの致命傷になる部位をあばき出しています」


向風「まさに医者としても殺し屋としてもピッタリの力だ。ではよろしく頼むよ、撃山 九連うちやま くれんの暗殺を」


Dr.透野「撃山は午後に来院予定です。彼に関する情報を調べ上げ、診断書にまとめてあります。この情報を使って感情を揺さぶり隙を作りだし、必ずや仕留めてみせましょう」

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