解放②

顔も見えない、名前も知らない。声から男性ということだけがわかる向かいの独房の住人と、服来ふくらいは会話を続ける。



服来「死んで幽霊になって拘置所を出る……?すぐに捕まるのが落ちですよ」


???「幽霊になることは否定しないんだね」


服来「……ええ。ボクはその幽霊に操られてここにいますから。ポコポコっていう悪霊にね」


???「ポコポコ……知っているよ。あれは悪霊というより邪神だ。あんなのに取り憑かれて何ともないキミは、やはり特別な人間だよ」


服来「何ともないって、ボクは左腕を失いました。それを聞いても何ともないと思えます?」


???「そういうことを言ってるんじゃない。キミ自身の自我を今も保てていることが驚異的なんだ。ますます私に付いてきてほしくなった」



服来は扉の小窓から顔を離し、扉に背中をくっつけてしゃがみ込む。男の話に呆れてしまったのだ。



服来「ここを出たいのは確かですが、脱獄する気はありませんよ。ボクはで出ます」


???「私も絞首刑で死に幽霊になって正規の方法で出ようと思っていたんだよ。でも2週間経っても何の進展もないじゃないか。死にたくなるくらい退屈してしまった」


服来「な、何を言ってるんですか?」


???「200人も殺した人間をこんなところに閉じ込めて、何をチンタラやってるんだろうね?さっさと死刑にすればいいのに」


服来「200人……?」


???「手順を間違えた。だったよ。今からその方法に切り替えようと思う」



男の声が止まり、ゴキリという鈍い音が鳴った。異様に感じ、再び立ち上がって扉の小窓から向かいの独房を覗く服来。


扉をすり抜けるように、男が現れた。服来が着ているものと似た灰色のスウェットに、肩まで伸びた長い髪、細身だが身長190cmは超えているであろう大男。年齢は50歳手前といったところ。


服来は扉から顔を離し、腰を抜かす。男は服来の独房の扉をすり抜けて、中に入って来た。



???「正直、幽霊になれるかは一か八かだったが、上手くいったね」



尻餅をついたまま、後ずさりする服来。



???「成功事例を見て、キミもやってみたくなったんじゃないか?簡単だよ。自分の首をへし折ればいい」


服来「そんな……そんなこと恐くてできない……」


???「私も拘置所に来るまで死ぬのは恐かった。でも死んだほうがマシなくらい退屈だったから、すんなりとできたよ。キミも私と同じ心境のはずだ。だからできるさ」


服来「……」


???「今すぐにでなくてもいい。気が向いたら試してみたまえ」



男は振り返り、独房の扉をすり抜け外へ出て行った。



−−−−−−−−−−



翌日 PM 11:55

東京都 新宿区 歌舞伎町

BAR ヤリーカ

カウンターの中にいる男性マスターが「いらっしゃい」と低い声で一言。入店してきたのは、長い髪を後ろで一つにくくった、上下灰色のスウェットを着た男。最奥のカウンター席に座る常連客・避山ひやまの隣の席に腰掛ける。



避山「ようやく決心しましたか。だいぶ時間かかりましたね」


???「誰しもお前みたいに、幽霊になる機会に偶然巡り会えるわけじゃないんだ。自分で死を選ぶのは勇気がいる」


避山「よく言いますね、他人はポンポン殺すくせに。それから服装、バーに来るファッションじゃないっすよ」


???「昨日まで拘置所にいた一文無しにオシャレを求めるな。それにスウェットは動きやすくて良い」


避山「で、収穫はありました?」


???「拘置所の人間を何人かスカウトしてみたが、一人として誘いに乗ってこなかった。もしかして私、人望ないのかな?」


避山「ありませんよ。向風むかいかぜは大学時代から嫌われ者ですから。何考えてるかわからなくて、いつも血の匂いと殺気を漂わせている。そんな先輩はほとんどの人類にとって……不気味なんすよ」


向風「殺し屋としてはそれが正解なんだ。でもスカウトマンとしてはダメみたいだね」


避山「じゃあ引き続き、俺が人数を集めます。まぁ俺も根暗なんで、あまり期待しないでくださいよ。はぁー、上が無能だと困るねぇー」



避山はウイスキーグラスに入った牛乳を一気飲みする。



向風「組織には優れたナンバーツーが必要なんだ。つまり避山、お前のような存在が。さぁ、共に作ろうじゃないか。幽霊だけの殺し屋集団を」



メニュー表を持ったマスターが向風に近づく。



マスター「ご注文は?」


向風「青汁をストレートで」


マスター「お前も酒飲めねぇのかよ」

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