マッチポンプ和尚(全3話)
マッチポンプ和尚①
栃木県某所にある
PM 7:25
社務所に設置された窓口の前で繰り返し頭を下げる黒いスーツの男・
裏皮「お願いします!墓地で撮影させてください!お宅の墓地は幽霊が出るとネットで有名でして、ぜひ当社の所属アイドル・
炎水「だからダメだと言っておるでしょう!ただでさえ変なウワサを流されているのに、肝試しの撮影なんて許したらもっと悪評が広まる!」
裏皮「そこを何とか……ある程度のお金は用意してますので」
炎水「たとえ1億円積まれてもダメなものはダメです!お帰りください!」
裏皮は「すみませんでした」と小声で言い残し、とぼとぼと寺の敷地外へ立ち去る。裏皮が去ったのを見て、社務所を出た炎水。暗い足下を懐中電灯で照らしながら、墓地へと向かう。
水桶が置かれている棚の前に、ピンクのワイシャツに青いジーンズ姿の男・
炎水「……キミも何か用かね?避山くん」
避山「炎水和尚のやってることは、俺たちがやりたいことと近くてね。ロールモデルとして、いろいろ話を聞きたいんすよ」
炎水「キミが生きていたら、さっきの男と一緒に追い払っていたよ」
炎水は避山の横を通り抜け、墓地へと歩みを進める。その後ろをついて行く避山。
避山「あの男のオファーは断って正解ですぜ。ヤツがマネジメントしてるアイドルの広背 モモは、叫び声だけで除霊する天性の怪異暗殺者だ。アンタのビジネスを崩壊させかねない危険人物」
炎水「何者だとしても、夜間にウチの墓地には立ち入らせんよ」
1分足らずで墓地に到着した炎水と避山。そこには墓石の上に腰掛けたり、地面に寝転がったりしながらお供え物の酒を飲み、お菓子をつまみにしている老若男女が100人近く。彼らは全員、すでに死を迎えた幽霊たち。墓地はガヤガヤと賑わい宴会場と化している。
避山「仏様が見たらブチギレそうな光景っすね」
炎水「幽霊たちが死後最も困るのは居場所だ。生前暮らしていた場所には新しい人間が住み、居られなくなってしまう。そんな行き場のない哀れな幽霊たちにこの墓地を貸し与えているのだ。仏様はむしろ高く評価してくださるだろう」
避山「とか言いながら、この幽霊どもに近隣住民を取り殺させて、檀家が途絶えないようにしてるんでしょ?神職者がやることですかねぇ?」
炎水「場所を貸しているのだから、相応の働きをしてもらうのは同然だ」
避山「しかも幽霊なら殺しの痕跡がほぼ残らない。生きている人間を使うよりはるかにローリスクときたもんだ……いわばコイツらは、アンタが作った実体の無い殺し屋集団」
炎水「たしかに。だが彼らに殺し屋という自覚はないだろう。新しい仲間を増やしている程度の感覚しかないはずだ。宴会がマンネリ化しないよう新人の幽霊を生み出して招き入れる。そしてこの辺りで死者が出れば私が儲かり、寺と墓地を存続させられ、彼らの居場所も残り続ける……そういうシステムだ」
避山「マッチポンプってやつっすね」
炎水「時代が進むごとに人々から信仰心が失われていて、廃業する寺も少なくない。神域とされる寺社仏閣でさえ、稼げるときに稼がなければ生き残れないのだよ」
避山「死者を弔う寺が生に執着するってのは皮肉だなぁ」
炎水「きれい事ばかり言ってられんのだ。ときに避山くん。キミも彼らの仲間になってくれんかね?キミのようなプロが入ってくれると、ウチのシステムをより効率化できるのだが」
避山「お断りします。俺は大勢の飲み会が苦手でね。こんなウェーイ系の連中に混ざって毎晩酒盛りなんて死んでも御免ですわ」
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間八寺から500mほど離れた道の路肩に駐車された黒いワンボックスカー。運転席には裏皮が、助手席にはアイドル・広背 モモが座っている。
モモ「裏皮さ〜ん、もう帰りましょうよ〜。撮影許可、出なかったんですよね〜?」
裏皮「こんな田舎まで時間と金をかけてきたのに、とんぼ返りなんかしてたまるか!それに今回の撮影はあの
後部座席でスマートフォンをいじる10代後半の華奢な女性。暗い社内でも水色のロングヘアが目立っている。彼女は卒塔婆 シリコという心霊系XYZtuber。サブカル系女子といった見た目からは想像できないほど冷静に周囲を分析しながら心霊スポットに単身で凸する動画が人気を博している。心霊系の女性XYZtuberとして、現在モモと人気を二分する存在だ。
シリコ「無許可でもいいんじゃねっすか?墓荒らしするわけじゃないんだし、パッと撮ってパッと帰ればバレないっしょ?」
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